第53話 烈女、ポポンヨーと都の観光スポット・覇喇呪区へ繰り出して無双する②
烈は、亭の入り口に控えた侍女たちに振り返った。
「あんたたちも知ってる?」
話しかけられた侍女たちは、パッと顔を輝かせた。
「はい、皇后さま。覇喇呪区はイケイケなヤングたちの遊び場です。常に最先端のものであふれていて。都の流行は覇喇呪区から生まれるんですよ」
「ご当地のゆるキャラ、波浪基地威のグッズは覇喇呪区でしか買えないんです。限定品なんか出た日には、早朝から徹夜組の転売ヤーと殺し合いです」
「もうめっちゃかわいいんですよ波浪基地威! クスリがガンギマったサイケデリックな表情が最高で。胸がキュンキュンします」
「私も先日家族に買ってきてもらいました。覇喇呪区以外で買うとパチモンを掴まされるので」
と、口々に覇喇呪区について熱く語った。
どうやら暁の若者の間では、波浪基地威というヤク中で気の狂ったゆるキャラが大人気らしい。
烈は、覇喇呪区に興味を覚えた。
皇后たるもの、暁の最新の流行は押さえておかなくてはならない。ここは覇喇呪区へ遊びに行って、波浪基地威のグッズなども手に入れたい。
「ふーん、私も覇喇呪区へ行ってみたいな。今度、遊びに行こうかな。美玲も一緒に行こうよ」
と笑いながら言うと、美玲はギョッとした。
しまったと思った。烈の質問に答えただけだが、もしかしたら余計なことを言ってしまったかもしれない。
美玲は慌てて言った。
「だ、だめだよ烈。ここの外へ出たいだなんて」
「なんで?」
「なんでって……あたしたちは人妻なんだし。もう子供じゃないんだから」
「人妻だから何なのよ」
「いやいや、だめだって。結婚しているんだよ? 宮城の外に出るなんて、皇后が遊び歩くなんて……いけないことだよ」
美玲は、烈の腕を取るようにして諫めた。
実家は凋落し、何年も貧しい女工をしていたとはいえ、貴族としての教育を受けている。美玲の常識では、烈の希望や誘いはありえないことだった。
暁では、庶民はともかくとして、上流階級の既婚女性が外を出歩くことは殆どない。屋敷からは出ず、外向きの用事はすべて使用人にまかせて奥さま暮らしをするのが貴族女性の特権だった。
外出するにしても、親戚の家を訪ねるとか、同じ階級の令夫人に招待されて屋敷間を行き来する程度である。
ましてや、ここは皇帝の家庭たる後宮である。
烈は納得できずに言った。
「何がいけないの。北では結婚してもしてなくても、みんな好きに外を出歩いてるよ」
北では、女たちは未婚既婚にかかわらず馬に乗ってどこにでも出かけていくし、外出する際に父や兄弟、夫の許しは必要なかった。
むしろ、そんなものを求める男の方が狭量とされ、束縛の激しい粘着野郎、キモメン呼ばわりされてしまう。
北は暁よりもはるかに物騒だが、何ごとも自己責任である。もし外で暴漢が襲ってきたら戦って倒すか、全力で逃げるしかない。武芸や体力に自信のない女は、外出時も必ず集団で行動する。
烈はそれを当たり前として育ったので、暁の貴族の価値観は理解できないところがある。
事態を察した侍女たちの顔も青ざめている。
「お、王貴人さま……」
すがるように美玲を見、その名を呼んだ。外に出ようとする主人を止めてくれ、という声なき声が聞こえる。
美玲は内心困りつつ、なおも懸命に言った。
「北ではそうかもしれないけど、ここは暁なんだし。それに主上のお許しがないと、後宮からは出られないんだよ。入宮のしおりにも書いてあったんだから」
「あ~そういえばそうだった」
舜に無断で外に出ると、彼の面目は丸つぶれになる。
妻の一人も御せない軟弱な皇帝だとヒソヒソされて恥をかかせてしまう。
美玲としても、烈の勝手に巻き込まれてはたまらない。
「主上に、あたしがあんたを唆したと思われても困るし。波浪基地威のグッズが欲しいなら、人をやって買ってこさせればいいよ。……ね? そうしなよ」
「それじゃあ、つまんないよ」
烈は卓に頬杖をつき、不満げに呟いた。
外出するにしても、逐一旦那の許しが必要なんて面倒極まりない。
しかし、皇后が率先して後宮の規則を破っていては他の者に示しがつかない。勝手に飛び出したりすれば、残された舎弟たちが咎められ処罰される恐れもある。
遊びに行くにしても、舜にはあらかじめ話して了解を得た方がよさそうだ。
亭での休憩を終えた烈と美玲は、霓龍殿に隣接する大膳房を見学しに行った。
ここでは日夜、後宮に暮らす者たちの食事や軽食、菓子などが作られている。
宮城の料理人には国家資格による厳格なランク付けがあり、皇帝と皇后の食事は特級料理人、高位の妃嬪たちは一級料理人が担当する。
正宮の皇帝付きの料理人は男性のみ、後宮の料理人はすべて女官か宦官で構成されている。
妃の位階が下になるにつれて二級、三級と料理人のランクも下がり、下っ端の官の賄いになると弟子や見習い、パートの主婦、料理教室に通い始めた素人などが担当するため、味も見た目も素材のレベルもどんどん落ちていく。
最下級の婢や宦官になると食事を作ってはもらえず、余った雑穀や野菜のクズをもらって自炊しなくてはならない。
下僕たちが食べ残しであっても、皇帝たちの食事を欲しがって奪い合いになるのは、それが抜群に美味であり栄養価が高いからだった。
二人は大膳房を歩いて回り、料理人の巧みな包丁さばきを眺めたり、菓子職人が作った揚げたての饅頭をつまんだりした。




