第50話 カリスマ主夫大公に邂逅し、伝説の武器を手に入れる⑧
――深夜。
烈はいつものようにバナナを携えると、居間へ行った。
高座の前に座って「さっちゃあああーん!」と幸子を呼ぶ。
来るのを待っていたのか、すぐに一陣の風が巻き起こり幸子が顕現した。
彼女は初めて会ったときのように、黒髪を結いあげ豪奢な着物をまとっていた。贅沢なものだが、中年女性が着るような落ち着いた色合いだった。
少女が無理して母親の服を着たような違和感があった。
「あれ? 今夜はおとなしめだね。登場演出もないし」
派手なコスプレを期待していた烈は拍子抜けした。
幸子はつまらなそうに言った。
「客がおるからな。デーハーでいきたいとこやけど、ウチもTPOはわきまえとるんや」
「客?」
「潘大公があんたに会いたいんやって」
「……だれ?」と烈は反射的に尋ねた。
「あんたが知らんだけで、実はもう会うとるけどな。ウチにわざわざ筋を通すところは、礼儀正しいあの人らしいわ。元はここの主なんやから、気にせんでもええのに。大公、来てもええで~」
幸子が虚空に向かって呼びかけると、彼女の隣りに一陣の風が巻き起こった。
風が消えると、高座には爽やかで人懐っこい顔立ちをした半透明の青年が座っていた。
彼は烈を見ると、にっこりと笑った。
「紹介を受けて馳せ参じた。今をときめく那侘弟鼓呼氏の皇后よ、この姿ではお初にお目にかかる。わしは第八代皇帝・宣晃帝の皇配で潘寿楽と申す。諡号は、南西渡暁大皇子内助絶大功良夫賢父遇聖大公である」
「は、初めまして……。ここには皇配もいるんだ」
烈が驚いていると、幸子が呆れたように言った。
「当たり前やろ。歴代皇帝の連れ合いやで? みんな死んでも霓龍殿での栄光の日々は忘れられへんのや。そんな簡単に成仏なんてできへんわ」
どうやら霓龍殿には、幸子以外にも歴代の皇后・皇配が棲んでいるらしい。
烈が入宮する前から、心霊スポットと呼ばれるだけのことはある。
烈は寿楽の顔をじっと見た。
目元がどことなく舜に似ているような気がする。彼の先祖であることは間違いないようだ。
居間に飾ってある寿楽棍のことを思い出した。
「もしかして、大公が寿楽棍の持ち主?」
寿楽は鷹揚に頷いた。
「さよう、神仙武器である寿楽棍はわしの生涯の相棒であった。生前はこれを振り回して、ありとあらゆる困難に立ち向かったものよ。死んだあとも離れがたくてな、魂魄ごと寿楽棍に憑いてしまった。そのままゆるゆると眠っておったのだが、先日のカチコミでそなたに起こされてしまってな」
「起こしちゃってごめんね~。一応緊急事態だったからさ」
「よい。爆発炎上とカチコミは後宮の華である。そなたが、即座に迎撃態勢に入れる武の者で安心したくらいだ。暁の皇后たるもの、刺客の百人や二百人退けられなくては話にならぬ」
「そこは任せてよ。私は北の王太女だし、将軍でもあるし。戦うのも好きだしさ」
烈は胸をどんと叩いた。
美玲は刺客ではなかったが、彼女の襲撃によって烈の闘争本能に火がついた。
強い者と戦っているときの高揚感、命の取り合いをする際の、胸が焦げつくようなスリル感は何ものにも代えがたい。
寿楽はほうっと呟き、感心したようだった。
「頼もしいことよ。陰皇后に頼んでまでそなたに会う気になったのは、その働きが素晴らしかったからだ。特に戦いながらも皇帝のことを慮り、配下に指示して逃がしたのは見事であった。皇帝への深い愛と献身にあふれておった。わしは正直感動した」
「そんなたいしたことじゃないよ。舜は猫より弱いけど旦那だから」
烈が照れると、寿楽は少し寂しそうな表情を浮かべた。
「現皇帝はわしの昆孫であるが……残念ながら武芸の才はからきしない。戦うそなたの動きすら追えないのだ。もどかしいが、襲撃されたら逃げの一手を打つほかない。皇帝を守るのも配偶者たる皇后の務め。どうか今後も孫を、皇帝を守ってやって欲しい」
そう言うと、寿楽は烈に向かって深々と頭を下げた。
潘寿楽は、聖大公と謚されるだけあって謙虚で誠実な人柄だった。死んだあとも、子々孫々を想う慈愛の心にあふれていた。
幸子も追随するように言った。
「ウチからも頼むわ。ボンは一般人やし、歴代の皇帝の中でも最弱部門でぶっちぎりの優勝やから。プロの殺し屋でも来たら秒で殺られてまう。あんたが守ってやってや」
「うん、わかった。私が舜を守るよ」
ぐっとこぶしを握り締めながら、烈は決意した。
「まあ……鬼強いさっちゃんが舜を守ってもいいんだけどね」
「ウチは、怨霊ライフをエンジョイするのに忙しいんや。近いうちに、大宇宙鏖殺諸法無我共栄圏に旅行に行く予定やし。今はシーズンオフでセールしとるから狙い目や」
「旅行先が大宇宙なんだ……。充実したセカンドライフだな~」
「それにウチが出張ったら、ボンはマザコンや思われるやん。ただでさえひ弱やのに、マザコン皇帝と呼ばれるんは可哀想や。嫁のあんたが気張って働きや」
「息子の世話を押しつけたいだけか!」
烈がつっこむと、幸子は急に真面目な顔になった。
ハアと大仰にため息をつきながら言った。
「ウチも本当はわかってるんや。ボンは皇帝になれる器やなかった……。あの子は、成山の王として地方でのんびり暮らす方がよほど幸せやったんや」
寿楽は事情を知っているのか、沈む幸子に同情するように言った。
「陰皇后は、生前も死後も悩みが尽きぬな。夫の浮気に苦しめられ、後継の問題にも振り回され……。息女が即位しておれば、何も不足はなかったであろうに。子供のことだけはどうにもならぬものよ」
「……!」
幸子は顔を上げると、寿楽をキッと睨みつけた。
「潘大公、それ以上は言うたらアカン。ウチには娘なんておらんのや。ウチの子は……今も昔もボンだけや」
「あいすまぬ。つい口が滑ってしまった。そなたを傷つけるつもりはなかった。どうか許せよ」
寿楽は恐縮し、丁重に詫びた。
「ええんや。愚痴ってしまったんはこちらやし、気にせんといて。潘大公はホンマ聞き上手やからな。女帝もあんたを愛するわけや」
幸子はどこか羨ましそうに言い、寿楽を許した。
幽霊二人の会話を聞きながら、烈は思った。
幸子には息子の舜だけでなく、娘もいるようだ。舜に兄がいたのは知っているが、姉もいたとは……。
幸子の娘、舜の姉は今も生きているのだろうか、それとも兄たち同様に故人なのか。
気になったが、嫁ごときは口を挟めない剣呑な空気が漂っている。




