第49話 カリスマ主夫大公に邂逅し、伝説の武器を手に入れる⑦
噂には一応信憑性があった。
入宮に関してこれだけ揉めている以上、皇后の皇帝に対する執着と愛情は人一倍どころか千倍万倍である。
ツンデレでもヤンデレでもクーデレでもないが、溺愛していることは間違いない。
「皇帝をいてこますな」とは、すなわち「旦那に近づく女は問答無用でブッ殺す」という独占欲と激重感情と殺意の証であり、牽制を越えた恫喝に違いない。
外廷であっても、皇帝陛下と不用意に接触すれば、嫉妬で怒り狂った皇后にお仕置きされてしまう……と女官たちは怯えた。
粛清を恐れるあまり、忖度と自粛を貫徹し、皇帝の半径十メートル以内には近づかないようになった。
そのため、戦地で軍隊を指揮しているわけでもないのに、皇帝の周囲は女人が皆無という謎すぎる環境になってしまった。
何もしていないのに女に避けられてしまうとは、蛮勇皇后の恐妻の呪いとでも言うべき災難である。
外廷では、どこへ行っても何をしていても官僚と宦官、男の側仕えしかいないため、むさ苦しくて仕方ない。
暑いと言うと、宦官が扇を持ってあおぐ。
茶を所望しても、いそいそと宦官が持ってくる。
食事をしても、更衣をしても、手伝う係は全員男である。
酒を飲もうとすると、美形の侍童が出てきて酌をする。
余興を所望すると、男の歌い手や踊り子が登場する。
なんでこんなことに……と思いながら舜は叫んだ。
「わけがわからぬ。どこを見ても男……男しかおらぬではないか!」
それからハッとした。心の底に、恐ろしい疑念が頭をもたげた。
「も、もしや余は……女人に嫌われておるのか?」
舜の的外れな推測を、揚源はやんわりと否定した。
「そんなことはありえませぬ。天下を統べる皇帝であらせられる主上を敬わない女人がどこにおりましょうか」
なんといっても皇帝はまだ十代、ガラスのハートを持つ繊細なお年頃である。些細なことでも傷ついてしまうため、人格を否定するようなことは決して言わない。
舜は不安そうに楊源を見上げた。
「だが、近づいてくるのは男ばかりではないか」
「大方、主上の立派な男ぶりに当てられ、恥ずかしがっているのでございましょう。表に出てこないのは、奥ゆかしく慎み深い暁の女の美徳でございます」
「気づかぬだけで、加齢臭などがしているのではあるまいか」
「そんなお歳でもないでしょう」
「畜生には好かれておるのだぞ。ヤンキーな三毛猫犬とも時間をかけて相互理解を深めたのだ。今では毎晩のように出迎え、すり寄ってくるというのに……」
「それは餌が欲しいだけでは?」
世間知らずの深窓の令息らしいといえばそれらしい、嫌われてはいないがモテるわけでもない、どこかズレた主である。
夕刻になった。
烈が霓龍殿の居室でくつろいでいると、三毛猫の犬ちゃんが部屋にすべりこんできた。その口には、なぜかバナナの皮を咥えていた。
犬ちゃんは、バナナの皮を烈の前に置いた。
烈を見上げると合図のようにニャーと鳴いた。
「どうしたの?」
烈はバナナの皮を見た。
高価なバナナは厳重に管理させており、猫が勝手に入って取ったりはできないようになっている。
美玲に土産として渡したものでもなさそうだ。
とすると……?
「もしかして……さっちゃんが呼んでる?」
と尋ねると、犬ちゃんは再びニャーと鳴いた。
どうやら当たりのようである。犬ちゃんは幸子の下僕、パシリとして使われているようだった。
「何の用だろう?」
烈は首を傾げた。
定期的にバナナを貢いではいるが、幸子の方からコンタクトをとってくるのは初めてである。
霓龍殿で起きていることは大体把握しているようなので、先日のカチコミや新しい妃を入れたことについてだろうか。
「わかった。今夜行くから」
と言うと犬ちゃんは、用は済んだとばかりにプイと顔を背け、そそくさと部屋を出ていった。




