第48話 カリスマ主夫大公に邂逅し、伝説の武器を手に入れる⑥
美玲が烈と親交を深めたり、怨霊の幸子にビビったりしているころ、正宮の朝見の間では、ちょっとした騒ぎが起きていた。
なんと美玲の弟である王椋が召し出され「名前を言えればいい」という雑すぎる面接を経て、皇帝直属の「厠のお香係」に任命されたのである。
厠のお香係は、舜が皇帝専用の厠に行く際に、消臭用の香り袋をもってついていくのが仕事だった。いわゆる「臭い仲」であるので、当然お目見え以上である。側仕えの一人で、外廷では常に皇帝の傍に侍る。
この衝撃の展開に、官僚たちは騒然となった。
暁では、毎年採用される官だけでも数万人いるが、大半は地方を転々とし、中央に戻れずに終わる。運よく中央へ戻れても、皇帝へのお目見えが許されるのはごく一部である。
日々、厳しすぎる出世競争に苦労しているのに、姉が皇帝の妃になったというだけで、科挙に通ったわけでもない就活百連敗中のチンケな無職が、突然皇帝の側近に抜擢されたのである。
トイレの消臭係であっても破格の出世であり、外戚パワー恐るべしな事案であった。
左右丞相は部下たちの抗議を受け、舜に詰め寄った。
甘糖林が、憤懣やるかたない表情で言った。
「主上、王氏は先帝の御世を乱し、謀反人の烙印を押された一族です。それなのに王椋の殿上を許し、官職までお与えになるとは……。安易に家の再興を許しては、罰を与えた意味がありません。官民に示しがつきませんし、主上はチョロすぎるチョロ皇帝と侮られてしまいますぞ」
官僚たちの抗議は予想できたことである。
舜は懸命に弁明した。
「仕方あるまい。王氏は余の妃、王椋は義弟となったのだ。身内には手厚くするのが暁の慣例である。余も先例に倣ったまでのこと。お前たちも娘を入宮させれば、外戚として厚遇される」
「それはそうですが……」
そんな簡単に入宮できるなら誰も苦労はせんわ、と糖林は心中で吐き捨てた。
蛮勇皇后が行く手を阻んでいるため、娘の入宮はかなわないままである。そればかりか、没落して消えたと思っていた王氏に先を越されるとは……。
バトルコロシアムの対策にかまけている間に、とるに足らない下っ端に出し抜かれたと思うと、悔しくてたまらない。
後宮に新たな妃が入った以上「皇后は条件をクリアしても難癖をつけて誰も入宮させないに違いない」という主張もできなくなった。
向病絶も、嫌味を言わずにはいられなかった。
「新たに入宮された妃は、八武嬪に叙せられたとか。これも破格すぎる待遇。いやはや、ここまで主上のお気に召すとは、王貴人さまはさぞかし優れた美貌と巨乳の持ち主でいらっしゃるのでしょうなあ。わしは羨望と嫉妬とで憤死しそうですわい」
皇后はともかく、側室である妃嬪が外廷に出てくることはまずない。彼女たちは、後宮の人員の中でも特にミステリアスな存在だった。
官僚たちも、ダークホースすぎる王美玲に関しては詳しい情報を得ていなかった。
舜は憮然として答えた。
「位階も皇后が決めたのだ。余はそれを承認しただけである。王貴人ともまだ会っておらぬから何もわからぬ」
舜は美玲の容姿を知っている。彼女の容貌はそこそこであるし、巨乳でもない。
が、舜は貴人の振る舞いとして、美玲とは一言も言葉を交わさず、表面上は無視していた。
皇帝の認知とは、基本的にお目見え以上の者の紹介を受け、皇帝の方から声をかけることで初めて成立する。
その場にいて視界に入っていても、正式な手順を踏まない限りは存在しない者の扱いだった。
妃にはしたが、烈に側室として紹介されるまでは、王美玲は後宮にいるだけの見知らぬ女であった。
「と、とにかくだ。余も皇后も新たな妃を迎え入れたのだ。お前たちにもチャンスはある。娘ともども精進するがよい」
となんとか場を収めたところで、舜は妙な息苦しさを覚えた。
なぜか……室内が異様に暑いような気がする。
周囲を見渡すと、いつも通りに文武百官の男たちは大勢詰めているが、なぜか女官の姿は一人も見えなかった。
傍にいるはずの皇帝付きの侍女たちもいない。
彼女たちは、日々紛糾する政治の場における一服の清涼剤のようなもの。
女は、ただそこにいるだけで男たちの心を和ませる。
用事や会話がなくとも、優しくなよやかな姿態を目にするだけで舜はホッし、密かに癒されていたのだが……。
舜は、背後にいる楊源に振り返って尋ねた。
「爺、女たちが見えぬがどうしたのだ?」
「はあ……」
楊源はどう答えたものかと迷ったが、やがて重い口を開いた。
「はて、どうしてでございましょうか。爺にもよくわからないのでございます」
「永の暇を取らせたのか?」
「とんでもございません。いくら主上の信頼厚い爺でも、そんな勝手なことはできませぬ。みなきちんと出勤はしておる模様です」
「ではなぜ姿を見せぬのだ」
「どうも女官たちは皇后さまに遠慮して、自主的に下がっている……というような噂があるようですが」
「皇后に遠慮? あれが何か言ったのか?」
舜は怪訝そうに眉を顰めた。
烈は正宮の女官たちを、密かにいびっているのだろうか。
性格はアレでも、陰険なことをするような女には見えないが……。
「いえ、皇后さまが何かされたわけでもないようで」
楊源の説明は歯切れが悪い。
彼も実際、何が起きているのかよくわからなかった。
宮城内を歩いていると、女官たちは普通に見かける。
大抵は数人で行動し、アハハウフフと笑いざわめき、仕事に精を出している。
ところが、彼女たちは舜の姿を見るやいなや、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまうのだった。舜が去ると、またそろそろと表に出てくる。
とにかく、皇帝の目に触れないように逃げ隠れしているようだった。
こうなってしまった原因は、元をたどれば烈にあった。
先日、烈は旗茂泯の妻たちに「舜は私のものだから。いてこまさないでね」と冗談交じりに言ったのだが、この一言がデマの起爆剤になった。
後宮、そして外廷にもあっという間に広まり、過激な尾ひれがつきまくってしまったのである。
今では幸子に関する後宮怪奇譚と混ざり合ってしまい、
「皇帝陛下の視界に入った女、同じ空気を吸った女は皇后の前に引き出され『超激辛塩対応の刑』に処される。凍ったバナナで撲殺され、凶器は食べて証拠隠滅。死体もミンチ肉にされて樽に塩漬けされ、猫の餌にされてしまう。当然ながら家族や近隣の住民も連帯責任。故郷は焼かれ、農地には塩が撒かれて不毛の地となり、一族郎党は奴隷にされて北へ連行される」
という恐怖の都市伝説になっていた。




