第47話 カリスマ主夫大公に邂逅し、伝説の武器を手に入れる⑤
美玲の貧乏性がうずいた。恐る恐る彼女は言った。
「このお肉の残りとか……桃まんを貰っていってもいい? 残すのは勿体ない気がして。夜にでも食べるから」
ところが、烈は難色を示した。
「うーん、残り物は舎弟たちのごはんになるんだよね。舜もそうしてるんだけど、食べ残しを与えるのも福利厚生らしくて。これを楽しみに働いてる子も多いし」
「そ、そうなんだ……」
「残り物はあげられないけど、お土産を持たせるよ。バナナでいい?」
「……バナナ? あの高級品のバナナ? あんたが大好きで買い占めていて、目下高騰しているというバナナをくれるの?」
美玲は驚愕した。まさか惜しげもなくバナナを下賜されるとは思わなかった。
烈は困ったような顔をし、愚痴めいたことを言った。
「別に好きで買い占めてるわけじゃないよ」
「だったらなんで?」
「バナナはここに棲んでる自称怨霊の義母の好物でさ、鎮めるのに必要だから常備しているだけ。最恐すぎて、怒らせたら大変なことになるから、定期的に貢いでるんだよね」
「義母って前皇后のこと? 今は怨霊でバナナが好きなの? ちょっと情報量が多すぎて何がなんだか……」
聞いている美玲は軽く混乱した。
「トメは、ちょっと荒ぶっただけで地震を起こせるんだよ。もう人類がどうにかできる相手じゃない。本気を出したらここは壊滅するし、私らはミンチにされちゃう。舜はビビりすぎてノータッチだし。後宮の平和は、バナナと私の立ち回りにかかってるんだよね……。バナナで救われる命があるなら安いもんだよ」
「こわっ! キョンシーより前皇后の方がよっぽど怖っ!」
できれば知りたくなかった後宮バナナの怪奇譚に、美玲は青ざめた。
驚きのあまり、のけ反りすぎて、うっかり椅子から落ちそうになった。
烈は欲望のままにバナナを買い漁る「明朗快傑野猿バナナ大好き常備将軍」ではなかった。
姑に仕えつつ、密かに祈祷師だか、霊媒師だか、荒ぶる神を鎮める巫女だかの役割をこなしていたのである。
「皇后って……大変なんだね」
気楽な側室でよかった……と思いながら、美玲は呆れ半分、尊敬半分のまなざしで烈を見つめた。
今度は烈が、美玲をしげしげと眺めた。
「いちゃもんつけるわけじゃないけどさ。あんたはちょっと地味すぎるんじゃない? もっと妃らしい格好をした方がいいよ」
「そ、そう?」
美玲は、胸元や袖の先を注意深く見つめた。
侍女から借りた服ではあるが、よれたりほつれたりしているところはない。洗濯されて清潔であるし、身綺麗にしているつもりだった。
「私が側室に侍女の格好をさせていじめてる、みたいな噂が立っても困るしさ」
烈は手を叩いて侍女を呼んだ。衣装部屋にある衣類や装身具を持ってくるよう命じた。
しばらくすると、侍女たちは大量の女物の衣装、垂玉や鈴のついた美しい歩揺、簪、翡翠でできた櫛などの髪飾りを持って戻ってきた。
烈は美玲に鷹揚に言った。
「どれも新品だよ。私の好みじゃないから、今後着ることもないし。好きなだけ持っていっていいから」
衣装は烈が買い求めたものではない。
わざわざ購入せずとも豪華な衣装は腐るほど持っていた。
大半が、地方から贈られてきた反物や糸を使って専属の職人たちが仕立てたものだった。豪商たちが宣伝のために献上してくる富裕層向け高級仕立服の新作もある。
一度でも烈が身につければ「皇后陛下御用達の愛用のお品」ということになって皇室ファンにバカ売れするため、ことあるごとに贈ってくるのだった。
烈は万事派手好みのため、淡い色合いのものや古風な刺繍を施した衣装に袖を通すことはなかった。
美玲は、おっかなびっくりしながら衣類を何枚か広げてみた。
どれも正絹の生地に花や植物、鳥といった緻密な刺繍が施されている。襟には、銀糸で小さな真珠がびっしり縫いつけてある。
肩から腕にかける薄物の領巾一つとっても、宝石が散りばめてあってずしりと重たい。
髪飾りも殆どが銀製や金製で、どれも一品ものだった。
美玲は贅沢な品々を眺めながら、信じられない気持ちでいた。
「本当に貰ってもいいの?」
念を押したが、烈に物品を惜しむ様子はない。生まれながらにして持つ者の余裕があった。
「いいよ~。舎弟にあげると奪い合いになって場が荒れちゃうし。妃のあんたが持ってる方が安心だから」
「ありがとう。大事に着るね……」
感激よりは畏怖に近いものを覚えながら、美玲の声は震えた。
嬉しいけど、烈とは住む世界が全然違う……と思った。
自分はどんなにセレブぶったとしても、こんな気前のよいことはできない。
小一時間後、美玲は絹に包まれたお土産のバナナを持って霓龍殿をあとにした。
宦官たちが、貰った衣装や髪飾りを詰め込んだ大きな長持ちを持ってついてくる。
桃まんも新しく作り直して、八武殿まで届けてくれるという。
いたせり尽くせりの厚遇に戸惑いながら、美玲は途中で足を止めた。烈が住まう霓龍殿の方を振り返った。
そして、やや茫然とした面持ちで呟いた。
「後宮って……よくわかんないな」




