第46話 カリスマ主夫大公に邂逅し、伝説の武器を手に入れる④
烈は昼近くになって、外廷から後宮へ戻ってきた。
昼餐の準備を命じていると、侍女の一人がやってきた。
八武殿から使いが来て、王貴人が挨拶に参るという。
「えっ、今から?」
烈が驚いていると、外から先触れの朗々たる声が聞こえてきた。
「主上および皇后さまに仕えし後宮の百花繚乱、序列第七位にして八武嬪が一強、王貴人さまのお成り~」
「はやっ!」
烈が様子を見に玄関に出ると、ちょうど美玲が入ってくるところだった。
先触れの使い方もイマイチわからず、そのままついてきてしまったのである。
正式な訪問どころか、貴人の邸宅を訪ねること自体初めてだった。勢いだけで霓龍殿にやって来たものの、訪問時の礼儀作法はよくわからない。
実家の凋落により、貴族の婦女子らしい交流は一度も経験しないまま入宮してしまったのだった。
美玲の顔は、緊張でガチガチに強張っていた。
烈を見ると、肩をいからせて言った。
「た、頼もう!」
烈は、目を細めていぶかしんだ。
「何よあんた。道場破りにでも来たの?」
「ち、違うわよ。今日は挨拶に来たの。皇后へ挨拶するのが務めって聞いたから」
美玲は頬を赤らめ、慌てて言い訳をした。どうやら挨拶としては不適切だったようだ。
「ふーん、まあいいけどさ。あんたも入宮したんだし、無駄にイキらなくていいよ。これからごはんだけど一緒に食べる?」
「……うん、食べる」
ちょっと落ち込みはしたものの、美玲の声は弾んだ。
烈の気さくなもの言いや、食事に誘ってもらえたことが嬉しかった。
烈は美玲を豪華な客間に案内し、そこに昼餐を運ばせた。
大きな円卓は、あっという間に料理の皿で埋め尽くされた。
美玲は、霓龍殿の目も眩むような壮麗さに息を呑んだ。
八武殿も贅を凝らした作りだが、霓龍殿はそのはるか上をいく豪華さである。国宝か重要無形文化財レベルの家具や骨董品が、そこかしこにあふれている。
従僕の数も段違いで、食事の係だけでも専門員が数名おり、料理の皿ごとに違う者が出てきて、そつなく給仕をこなした。
部屋の外には、何をするでもない十数名の侍女や宦官がじっと控えている。庭ではアルパカが悠々と闊歩し、のんびりと草を食んでいる。
美玲は人の多さに落ち着かず、つい辺りをきょろきょろと見回してしまった。
烈はというと常にどっしりと構えており、貫禄十分である。
髪型も衣装も奇抜ではあるが、皇后としての威厳、品高さが感じられた。
やっぱり王太女は違うなあ……と美玲は感心した。
感動のため息をつきながら、彼女は言った。
「すごいね、ここは。御殿そのものが大きな宝物みたい。夜に来たときはわからなかったな」
烈も、美玲がカチコミに来たときのことを思い出した
「あんたもよく一人で後宮まで入ってこれたよね。宮城の一番奥なのに」
「入るのは簡単だったよ。警備兵はみんなやる気がなくて寝ていたし。後宮への入り口の門は壊れていて、門番もいなかった。灯りがついていたここを目指しただけ」
「ああっ……! しまった!」
烈は思わず叫び、悩ましげに額に手を当てた。
旗茂泯に抗議に行く際に、内廷門を強行突破してしまったが、そのツケがここでくるとは……。
門は壊れ、門番たちはブッ飛ばされてしまい、現在も復帰していない。その結果、美玲の夜間侵入を許してしまったのだった。もし侵入者が刺客だったら、大変なことになっていたかもしれない。
「ヤバ。マジで気をつけなきゃ……」
自戒の念を込めて、烈はひっそりと呟いた。
美玲は急にかしこまった。背筋をぴんと伸ばすと言った。
「あの、皇后さま」
「烈でいいよ」
烈は美玲の力を認めているからこそ、タメ口を許している。
美玲の口もとは自然と緩んだ。
「烈、あたしを八武嬪にしてくれてありがとうね。六十四激娘子の一人になれたら万々歳と思っていたから、本当に驚いた」
烈はあっけらかんと答えた。
「舜も激娘子あたりが妥当だと言ってたよ。でもこっちにも事情があってさ、下っ端よりは高位の妃を置きたいんだよね。あんたの棍術はたいしたもんだし、これは認めなくちゃいけないと思って」
「支度金も借りることができて、家族は貧民街から出られた。あそこは行き倒れも多くて、キョンシー発生スポットになっていたから。引っ越せて本当によかった」
「あ、やっぱりキョンシーいるんだ……」
烈は真顔になった。
宮城内では見かけないだけで、市井には普通にキョンシーがいるようである。
キョンシーに襲われた場合は、市民も武器を持って戦わなければならなかった。暁の市場で、野菜や燃料などに混じって桃木剣や呪札が売られているのも当然であった。
美玲は拝むようにして言った。
「弟にも仕事の世話をしてくれるみたいだし、本当に感謝している。借りたお金は返すし、主上やあんたに迷惑はかけない。だから……末長くここに置いて欲しい」
「そこまで気負わなくていいけどね。あんたも妃になったんだから、のんびり暮らせば? 初夜はだめだけど、舜と婚儀は挙げてもいいよ」
烈は寛容な心で挙式を許したが、美玲は首を横に振った。
「ううん、やめとく。お金もないし、式に来てくれる親戚や友達もいないから」
皇女や王女は国の威信がかかっているため、当然のように皇帝と婚儀を挙げるが、それも先立つものがあってのこと。相手が皇帝ともなれば、かかる費用も桁違いであった。
現実問題として、太い実家のバックアップがあり、莫大な持参金を持つ妃しか式を挙げることはできなかった。
美玲は身の程をわきまえていた。
着の身着のままで入宮したのに、生まれも育ちも上流の妃たちと張り合おうなんて愚の骨頂である。
少し寂しい気もするが、これ以上借金を重ねるわけにはいかない。後宮でも堅実に生きようと心に決めた。
「でさ……」
とそこで、美玲は卓上の料理を慎重に眺めた。
目の前には、冷菜を始めとして、温かい肉料理や魚料理が所せましと並び、色とりどりの点心が入ったせいろが積み重ねられ、高級な酒も茶もふんだんに供されている。
デザートには大好物の桃まんも出てきたが、すでにお腹いっぱいで入らない。二人分にしては、あまりにも量が多すぎる。どう見ても四、五人前はある。




