第45話 カリスマ主夫大公に邂逅し、伝説の武器を手に入れる③
「す、すごーい……」
案内されて衝天八武殿に入った美玲は、あまりの豪華な作りに口をあんぐり開けた。
御殿の贅沢な仕様にひたすら圧倒される。
天井や欄間の飾り、漏窓の透かし彫り一つとっても精緻な文様が刻まれ、芸術的な美しさである。
室内に設えられた家具や調度品も上等で、触れるのも躊躇うくらいピカピカに磨きこまれている。
美玲は半ば茫然としながら、各部屋や庭をふらふらと歩き回った。
嬉しいというよりは、これまでの貧乏生活との落差に思考が追いつかない。これは夢ではないか、何かの間違いではないかという気がしてならない。
まさか八武嬪になれるとは思わなかった。
本来は皇女・王女クラスの姫たちが叙される位階である。
妃になれたといっても自分は身分が低いし、皇帝に気に入られて召し出されたわけでもない。せいぜい個室が持てる程度で、女官たちと雑居なのだろうと考えていた。
「もしかしてドッキリ? 騙されている?」
何かの罠ではないのか……と疑ってしまったくらいだった。
八武殿は広大な敷地内に、最多で八人の嬪が同居するが、庭園を囲むようにして建つ殿舎は独立しており、入り口も異なっている。
庭や談話室など共用スペースもあるが、他の妃に気兼ねせずに生活できるよう設計されていた。
美玲は八武嬪の一人目なので、八武殿内の施設はどこも貸し切り、独占状態であった。
専属の侍女や宦官たちがいてまめまめしく仕える。
彼らに逐一しきたりを教わりながら、美玲は後宮での生活を始めた。
さすがに着古したボロボロの麻の服を着て過ごすのは恥ずかしい。お小遣いを貰ったら新しい服を作ることにし、取り急ぎ侍女に服や装飾品を借りて身につけた。
ひびやあかぎれで荒れた手は、薬が塗られ包帯が巻かれた。過酷な労働や家事から解放され、今後はしなくていいことに美玲はホッとした。
豪華な食事に感激し、すべすべした絹の布団にくるまって寝んだ。
素寒貧で入宮した美玲は、翌日になると、もうすることがなくなってしまった。荷ほどきする荷物もない。何か没頭できる趣味があるわけでもない。
早朝、宦官相手に棍の練習を終えると、どうにも手持ち無沙汰になってしまった。
夢見たセレブ生活を送れること自体は嬉しい。
しかし、八年間も食うや食わずで働きづめだった上、家事をこなし、家族の面倒も見てきた美玲は貧乏性が染みついていた。
何かしていないとどうにも落ち着かないのだが、急に自由な時間を与えられても、何をすればいいのかわからない。
まだ十八なのに、定年退職後に時間を持て余し、一日中窓からボーと外を眺める中高年のような無気力な状態に陥りかけてしまった。
公務や後宮の運営で何かと忙しい皇后とは違い、側室に仕事らしきものはない。家族以外の人間とは縁が切れているため、来客もない。
入宮して側室になっても、すぐに皇帝と会えるわけではない。
まずは占いで吉日をいくつか選び、皇后の許可が下りると決められた日に霓龍殿へ召し出される。
皇后が主催するサロンに侍っていると、皇帝が偶然を装って霓龍殿にやってくる。
そこで、皇后から紹介されて初めてお目見えがかなうという、しち面倒くさい段取りを踏まねばならなかった。
房事に関しても、まずは皇后に対してお伺いが立てられ、許可が下りると皇帝が通ってくる。
後宮では、一事が万事この調子のようだった。
恐ろしく暇なので、美玲は古参の侍女に側室がやるべきことはないのか聞いてみた。
侍女は答えた。
「日々のお務めは特にありませんが、あえていうなら皇后さまへのご挨拶がお仕事かと。今はそうでもありませんが、昔は一日一回必ず挨拶に行かねばならなかったと聞きます」
「挨拶か……。そうだね、上司だものね」
侍女は遠慮がちに続けた。
「後宮では何をするにも、皇后さまのお気持ち次第です。皇后さまのご信頼を得れば、後宮での行事の差配などをお任せくださるかもしれません。ただ出しゃばりすぎてもご不興を買うかも……」
「気に入られないと干されるわけ? じゃあ、とにかく挨拶に行くわ。八武嬪にしてもらったお礼も言わなくちゃいけないもの」
美玲は側室の務めとして、まずは烈に挨拶に行くことにした。
手土産一つ持っていけないのは恥ずかしいが、ない袖は振れない。
カチコミしたときと同様に、開き直って霓龍殿へ出かけていった。




