第44話 カリスマ主夫大公に邂逅し、伝説の武器を手に入れる②
居間に入ると、烈は昨夜使った棍を持ってこさせた。
武人の嗜みとして、自ら棍の手入れをした。
美玲と戦うために無我夢中で掴んだ長棍だったが、明るい日の下で改めて見ると、朱色の棒に銀砂を散りばめた優美なものだった。
槍と同じくらいの太さで、両端の打撃部は金属製の筒が填められており、六角形の平たい先端は金で覆われている。金の表面には登竜門、鯉の滝のぼりの模様が彫られていた。
美玲と百合以上打ち合ったにも関わらず、傷一つついていない。
烈は布で棍を丁寧に拭き、汚れを落とした。
手入れが終わると持って立ち上がり、はっと一声、背中に回して構えてみた。軽くはないが重くもなく、ぴったりと手に馴染んだ。
「いいね、これ。使いやすい」
思わず感嘆すると、栄春が言った。
「それは宝物の寿楽棍ですね。かつての持ち主の名前が冠された名品だそうですよ」
「へ~寿楽棍っていうんだ」
烈は棍をまじまじと見つめた。
「崑崙山の頂きに住まう仙人が、万年に一度花が咲く神木から作ったという伝説の主夫棍だとか」
「主夫棍?」
「武器以外にも用途がある、家庭用の万能棍と聞いています」
「家庭用……。昨夜は武器としてしか使えなかったけどな。必殺技とかあるのかな?」
烈は寿楽棍をぐるりと回してみた。
美術品といっても差し支えのない美しい棍だが、武器としては特に変哲のないものに見える。
栄春は顔を引いて、棍の全体を眺めながら言った。
「どうでしょうね。伝説の武器は使い手を選ぶといいます。何か制限があるのかもしれません」
「選ばれなかった場合は、ただの棍ってわけね」
寿楽棍の真なる力が気になるが、現時点では引き出せそうにない。烈は、寿楽棍を壁の元あった場所に戻した。
またカチコミが来たら、これを使って撃退しようと思った。
――数日後。
王美玲が正式に入宮した。
彼女は着替えの衣類すら持たず、愛用の棍一本だけを背負って宮城へやってきた。
決定から入宮まで異例の早さであるが、無職になった上に家族の生活がかかっているため、悠長にしていられる余裕はなかった。
入宮を許されたあと、美玲は方々を駆けずり回った。
内廷部に頼みこんで入宮支度金を借り、生活能力がまるでない母のために使用人を雇い、家を借りて貧民街から治安のよいところへ引っ越しさせた。
親兄弟を新たな家に移してなんとか生活を整えたところで、支度金は尽きてしまった。
仕方ないので、自分のことは何も準備できないまま、後宮という新たな世界に飛び込んだのだった。
カチコミに行った日同様、美玲の覚悟は決まっていた。
内廷部からもらった「入宮のしおり~妃嬪の心得について~」を熟読し、後宮の厳しい規則についても理解していた。
入宮すると、皇帝の許しがない限り、後宮からは出られない。家族・親族が訪ねてくれば会うことはできるが、宿泊などの日をまたいだ滞在や家族との同居、里帰りはいかなる場合であっても許されない。
実情はどうであれ、異国の皇女・王女が人質の性質をもって嫁いでくるのである。下位の妃に自由があるはずもなかった。
一度後宮に入ってしまえば、親の死に目にも会えないというのが、妃嬪の宿命であった。
――だが、それでいいと美玲は思った。
父が罪を犯したことは世間に知れ渡っている。市井で暮らしたところで、罪人の娘というレッテルは一生ついて回る。
改名して引っ越そうが、地方へ出ようが、暁に暮らしている限りは素性はバレる。バレたときに、家族が受ける差別や迫害を思うと背筋が凍る。
もうまともな仕事にはつけないだろうし、結婚もできないだろう。妻妾にしてくれる男がいたとしても、婚家では見下されて粗略な扱いを受けるのは目に見えている。
そんな惨めな思いをするくらいなら、世間から隔絶された後宮に入って裸一貫、死んだつもりで生きる方がいい。
美玲は「芸は身を助く」という格言どおりに、棍一本で皇帝の妃という定職を得た。
生き残れればという前提ではあるが、衣食住は保障されているし、一応終身雇用も約束されている。寡婦になっても老後の心配はいらない。歳をとっても家族の世話にならずに済むのはありがたい。
位階によって待遇は異なるが、毎月「虹龍の血涙」という名のお小遣いも貰えるという。前借り金という借金を背負ってしまった以上、これはお小遣いから返済しなくてはならなかった。踏み倒せば父の二の舞である。
こうなったら後宮で生きるほかない、どんなに辛い目に遭ったとしてもここで踏ん張るしかない……と美玲は自身に強く言い聞かせた。
鬼が出ようが蛇が出ようが、自分には相棒の棍がある。
どんな困難も、これ一本で乗り越えてみせると意気込んでやってきたのだが……。




