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蛮勇皇后烈女伝 ~後宮はバトルコロシアム~  作者: kiyoaki
後宮激闘篇

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第36話 没落貴族の王氏、お家再興とセレブ生活のため後宮に殴りこむ②

 愛用の棍を、職場に持っていくことはできない。

 帰ったらまた型を復習しようと思い、美玲は未練を振りきるようにして外へ飛び出した。

 貧民街は、落ちぶれた者や犯罪予備軍、浮浪児など行き場のない者の吹き溜まりである。

 ゴミやガラクタであふれ、世紀末都市のような退廃的な空気が漂っていた。

 朝なのに、路上のところかしこにアル中やヤク中の男女が行き倒れて不気味な呻き声をあげている。

 今にも死にそう……というかすでに半分死んでいて、死後硬直からキョンシーになりかけている者もいる。

 美玲はゾッとしながらも、魔物のたぐいはなるべく見ないようにした。

 朝一番のカモとばかりに、物乞いたちが寄ってくる。

 自分たちだって、こんな貧民窟に息を潜めるようにして暮らしているのだ。元から施せるものなど何もない。


 美玲は小走りになりながら、都のはずれにある水産加工工場へ向かった。

 工場には前夜や早朝に獲れて、水揚げされたエビやカニ、貝類が大量に運ばれてくる。

 食材となる甲殻類や貝の殻を剥くのが、彼女の仕事だった。

 何の知識も資格もいらない分、給料も激安という最底辺の女工である。

 ひたすら殻を剥き続ける単純作業であり、実働十時間という過酷な立ち仕事だった。


 貧民街を抜けると、開けた通りに出る。

 美玲は、旗茂氏の豪勢な屋敷の前を通った。

 正門は固く閉ざされ、中は静まり返ってひと気がない。

 先日、旗茂家の当主は皇后の逆鱗に触れ、粛清されてしまったという。

 家人も連座してことごとく宮城へ連行され、秘密裏に処刑された。当主が飼っていたマリモも見せしめで火あぶりの刑となり、焼きマリモになったと聞く。


 美玲は水仕事で、ひびとあかぎれだらけの両手のひらを見つめ、大きくため息をついた。

 旗茂氏は暁の名族で、先代も先々代も高い官職についていた。

 使用人も大勢おり、当主には妻だか妾だかが十七人もいたという。

 それが今ではこの惨状である。

 常時賑わっていた屋敷は、わずか数日で人っ子一人いなくなった。

 代々権勢を誇った名家であっても、終わるときは実に呆気ない。どれほどの功労があろうとも、権力者のそのときの気分次第で、無慈悲に潰されてしまう。

 かつての自分たちと同じように……。

 世のならいとはいえ、なんと虚しいものだろうか。


 辻に出ると、立札が立ち、大勢の人が群がっていた。

 数日前に出た「入宮選抜挑戦者募集のお知らせ」だった。

 読み書きができない者にもわかるように、担当官が朝夕、辻に立って簡単な説明会を開いていた。

「皇后さまに挑戦したい者は、宮城の人事局内廷部入宮婚活希望係まで本人が直接申し込みに来るように。代理申請は不可、受付は平日の朝九時から夕方五時まで。時間外の申請およびカチコミは、一切認めないため注意せよ――」

 美玲は担当官の説明を聞き流しながら、立札の前で足を止めた。

 どうやら宮城では、新たな女官を募集しているらしい。


 女官になって、宮城に勤められたらどんなにいいだろうと彼女は思った。

 給料はぐんと増えるだろう。ディストピアを越えて魔界のような貧民街を出て、もっと治安のいいところへ引っ越すこともできる。家族にも楽をさせてやれる。

 それから、現在の境遇に気づいて気落ちした。

 貴族の出とはいえ、家は取り潰されてしまった。

 自分は没落した貴族、庶人も同然の身分なのだ。女官になんて採用されるはずもない。

 しかし、お知らせは思っていた女官募集とは違った。

 立札にびっしりと書かれた文字を読み進めるうちに、美玲は徐々に前のめりになっていった。

 皇后と戦って勝ちさえすれば……入宮できる?

 褒美は妃の位で、身分は不問……?

 だったら、罪人の娘である自分でもいけるのか……?


 美玲の後ろにいる女たちが、大声で話している。

「か~皇后さまに勝って入宮できりゃ、天子さまの側室になれるってわけ? こりゃたいしたもんだね。三食昼寝おやつ付きお小遣い付きで一生安泰じゃないか。側室は仕事なんてないだろうしさ、毎日贅沢三昧して遊び放題だよ」

「でも、あんた。セレブ生活ができても、皇帝陛下とチョメチョメして子供を産まなくちゃ負け組確定なんだろ。最後は皇后さまにしばかれて、拷問で四肢切断されて、厠に放り込まれて人豚呼ばわりされるんだろ?」

「馬鹿だね。いつの時代の話をしてんのさ。人権尊重が叫ばれる現代でそんなことしたら世論は大炎上で、宮城が燃えちまうよ。皇后さまだって、露骨な側室いじめはできないよ。あと天子さまとチョメチョメしなくても大丈夫らしいよ。妃になりさえすれば、国が一生面倒見てくれるんだから。死ぬまで年金も貰えて、老後も安泰なんだから」

「は~すごいねえ。まさに玉の輿だね。武芸の才があればねえ……!」

 女たちの会話に、美玲は聞き耳を立てた。

 皇帝の妃になれば、側室でも三食昼寝付きのセレブ生活が送れて、老後も安泰……! 

 セレブ、もうこの響きだけでたまらない気持ちになる。

 なんという魅惑的な言葉なのか。

 後宮とはそんな夢のような世界なのか……。


 女たちの遠慮のない会話は続く。

「皇后さまはバナナがお好きで、最近はバナナを買い占めてるらしいよ。絹のお召し物は一度袖を通したものは二度と着なくて、全部家来に下げ渡されるんだって。仕事も楽だし、賄いも豪華だし。後宮は福利厚生がよすぎて、宮城の人気職場ランキングの第一位だって」

「は~王太女さまともなると気前がいいね。国一番のセレブは違うわ。貴族に生まれてりゃ、頑張って女官を目指したのになあ……!」

 皇后がバナナを買い占めているらしい噂は、美玲も知っていた。

 バナナはひと房が庶民の一ヶ月分の給料に相当する高級品だが、最近は買い占めからさらに高騰している。

 皇后は将軍の位を持っているため、今では民衆から「明朗快傑野猿バナナ大好き常備将軍」と呼ばれていた。


 元から庶民の口に入るものではない。

 美玲は、バナナ自体はどうでもよかったが、高級品を常食でき、高価な絹の衣類を使い捨てにできる財力と豪奢な生活に憧れた。

 もうなんでもいい。

 下位の側室でもいいから、入宮して皇帝の妃になりたいと思った。

 旦那になるらしき皇帝に興味はなかった。

 チョメチョメだろうが、ニャンニャンだろうが、男女の関係はあってもなくてもいい。

 とにかくお金が欲しい。着替えの衣服も欲しい。

 お腹いっぱいごはんが食べたいし、共同じゃないお風呂に入りたい。

 美玲はただひたすら金銭的に、そして物質的に豊かになりたかった。

 貧苦にあえぐ今の生活から逃れたかった。


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