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蛮勇皇后烈女伝 ~後宮はバトルコロシアム~  作者: kiyoaki
後宮激闘篇

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第35話 没落貴族の王氏、お家再興とセレブ生活のため後宮に殴りこむ①

 暁の都・獅庭の一角、うらぶれた貧民街に王美玲(おうみれい)の家はあった。

 朝、美玲はいつものように、わら布団を敷いた粗末な寝床で目を覚ました。

 何かとてもよい夢を見ていたような気がする。

 大きく息を吸い、気を落ち着かせた。

 少し前まで浸っていた世界を思い出した。


 夢の中では、父は生きていた。

 自分は、生まれ育った大きな屋敷に暮らしていた。

 いつも婆やと使用人がついていて、面倒なことは全部彼らがやってくれた。

 毎日おいしいものがたらふく食べられたし、きれいな着物も着ることができた……。

 ものごころがついた頃から、家庭教師がついたし、道場に通った。休日は家族で繁華街に繰り出して、食べ歩きや買い物をして……ああ、あれは本当に楽しかったな。

 あの日々が当たり前だと、永遠に続くものと思っていたのに……。


 蜘蛛が巣を張った汚れた天井を見上げながら、美玲は夢の世界にずっといたかったな……と思った。

 睡眠という、現実逃避の時間は終わってしまった。

 目覚めてしまったからには、今日も仕事へ行かなくてはならない。


 すでに起きていた母が、音もなく部屋に入ってきた。

 昔は美貌を褒めそやされたという面立ちは、今は見る影もない。ここ数年の貧困でやつれきっている。

 衣服もあちこちが擦り切れて破れているが、家事能力がないため自分で繕うことすらできない。

 何不自由なく育った貴族の令嬢で結婚後も奥さま暮らしだった母は、いまだに現実が受け入れられないようだ。

 朝、美玲を送り出すと、日がな一日、何をするでもなくボーとして過ごしているらしい。


 美玲は落ちぶれた母を見ていられず、目を逸らした。

「美玲、起きたのかい。早く支度をおし。遅刻したら班長に怒られてしまうよ。その分お給金が引かれてしまうよ」

「はい、母さま」

 美玲は力なく答え、諦めて身を起こした。


 この狭い家では、寝台も一人で使うことはできない。

 隣りには上の弟が寝ていた。台所も風呂も厠も共同で、二間しかないボロボロの借家に、母と弟二人、妹の五人でひしめきあうようにして暮らしている。

 手に職どころか家事すらろくにできない母に、勤め口などあるはずもなかった。上の弟は就活に百連敗している。下の弟と妹はまだ働ける歳ではない。

 家族は家屋敷や財産を失ってから、美玲の稼ぎだけを頼りに暮らしていた。


 美玲は髪を結い、着替えをした。……といっても今は麻の古びた着物しか持ってないため、着たきりすずめの普段着に母と兼用の薄い上着を羽織っただけだった。

 部屋から出るとき、美玲は立ちどまった。

 壁に立てかけてある愛用の(こん)をじっと見た。

 美玲の身長と同じくらいの長い棍は、町の道場に通い始めた六歳のときからの大事な相棒だった。


 暁の貴族の子弟は、男子は科挙に受かるために私塾へ通い、女子は道場に通うのが一般的だった。

 道場では、貴族階級の女子しか受けつけない「入宮花嫁コース」に入門し、武芸の鍛錬を積むのである。

 官僚の娘に生まれたからには、いずれは後宮へ入り、皇帝の妃になるのが常道。

 皇帝を色香でたぶらかすか、力づくでいてこまして勝ち上がり、一門の出世を助けるのが務めである。


 中堅貴族の王氏に生まれた瞬間、美玲の運命は決まった。

 父は美玲が生まれたとき「娘が来た! 未来の皇后が来た!」と言って万歳諸手で大喜びした。

 ことあるごとに美玲に、

「お前はいずれ後宮へ入り、ライバルを蹴散らして無双するのだ。父を外戚にして楽をさせておくれ」

 と言って、進むべき道を示した。

 六歳になると近所の道場へ連れて行き、すべての武術の基本である棍術やサバイバル術を習わせたのだった。


 家格や後ろ盾に左右される面もあるが、暁の後宮は基本的に物理優先の実力社会である。

 錦や(ぎょく)で着飾った宮女がアハハウフフと笑いざわめき、楽士が優雅な音楽を奏で、花見や舟遊びなどの四季折々のイベントや祭事を楽しみながら、華やかで贅沢三昧の日々を送り……晴れときどき爆発炎上するのが後宮というものだった。

 バトル後宮では、いつ仁義なき抗争が起きても対処できるように、日頃から情報収集と用心を重ねる必要があり、いざというときは、自ら武器を持って戦い抜かなくてはならなかった。

 皇女・王女クラスであれば、女将軍や女細作(しのび)など屈強な護衛を引き連れて入宮し、さらに武闘派の宦官を雇って守りを固めることができるが、中堅以下の貴族はそうもいかない。

 後宮では自分の身は自分で守り、生き残れるようにと男親は娘に護身術や武芸を習わせるのだった。


 美玲には、恐るべき武芸の才能があった。

 棍術を習い始めて三年後には、兄弟子や師匠を引き分けか打ち負かすようになり、既存の技に加えて自分でも新たな技を編み出すほどになった。

 師匠は美玲のたぐいまれな才能を褒めたたえた。

「お嬢さまは、いずれ棍一本で後宮の覇者になりますぞ。いや、棍でなくとも棒状のものさえあれば無双できます」

 それを聞いて父は大喜びしたし、美玲も鼻が高かった……のだが。


 父や美玲の願いは虚しく、その後の王氏は惨憺たる運命をたどった。

 父が罪を犯したとして逮捕され、家が取り潰されたのは八年前……美玲が十歳のときだった。

 お上に逆らった罰として財産没収の憂き目にも遭った。

 押しかけてきた徴収官が家財をあらいざらい持っていく中、資産価値がないと判断されて美玲の手元に残ったのはこの棍だけだった。

 父は禁固三十年の判決を言い渡され、失意のうちに獄死した。

 美玲たちは罪人の身内ということで世間から後ろ指を指され、差別と迫害を受けることになった。

 親戚にはことごとく絶縁され、一家は食べるものにも事欠くほど困窮した。

 母はあまりのことに放心状態、弟妹は幼く狂ったように泣きわめくばかりだった。


 美玲は毎日、ほうぼうの伝手を頼って貴族の家を回った。

 下女でも下働きでもなんでもするから雇ってくれるよう頼んだが、家主に会うことすらできず門前払いを食らわされた。

 月謝も払えなくなったので、道場も辞めざるを得なかった。師匠は終始よそよそしく、挨拶に来た美玲を引き止めも見送りもしなかった。

 女の弟子は、当然のことながら入宮を目指す貴族の娘ばかり。

 罪を犯して取り潰された家やその家族などに関わっては、父兄に何を言われるかわからない。

 美玲は棍を抱きしめ、こみあげてくる涙を必死にこらえながら家路をたどるしかなかった。


 足が棒になるほど歩き回って、場末の工場になんとか職を得たあとも、美玲は棍の鍛錬は止めなかった。

 仕事から帰った深夜に、こっそり外へ出ると共同の庭で棍を振り回した。

 手合わせする相手はおらず、いつも一人ぼっちだった。

 夜の闇に響くのは、シュッシュッという棍が風を切る音と美玲自身のかすかな息遣いのみ。

 武芸に励んでいるとき、美玲は誇り高い暁の貴族の娘に戻ることができた。

 かなうはずがないのに、かつて父が望んだ「後宮に入って皇帝の妃になる。身分が高くなくとも、棍一本で成り上がって無双する」という儚い夢にひたっていられた。


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