第34話 烈女、健全な後宮運営のため、バトルコロシアムを開設する④
聞き終わると、幸子は意外なことを言い出した。
「そらあんた、官僚が怒るのは当然やわ。外戚になれるかもっちゅう餌をぶら下げられて、何十年も馬車馬のように働かされるんやで。官僚は国家公務員つう名の現代の奴隷や。その生き甲斐を奪ったらアカンやろ」
と、官僚の方を擁護した。
烈は頬をぷうと膨らませた。
「でもさ~新しい女が入宮してきて妃ヅラされんのは嫌だよ。舜は私のものなのに」
「しゃーないやん。あんたのムカつく気持ちもわかるけど、後宮に入った女の宿命やで。次々に乗り込んでくる有象無象の女たちをさばいて、バトって、後宮を運営していくのが皇后の仕事や。諦めや」
「諦め……られない!」
烈は嫌々する子供のように首を振り、杯に残っていた酒を一気に干した。
幸子は真剣な面持ちで、だが瞳の奥では烈の反応を面白がっている。
「だったらどっかで妥協して折り合いつけや。女の方だって、別に好きで入宮してくるわけでもないしな。あんたみたいに政略結婚で嫁いでくる王女はどうするんや。これは結婚以前の外交やで」
「確かに」
異国から嫁いでくる王女や首長の娘を、こちらの勝手な都合で入宮させなかったら大問題になる。
「あとウチからアドバイスできるとしたら、一日でも早くボンの子を産んで地位を固めることやな。他の妃に先を越されると面倒なことになるで。いずれ立太子の問題で揉めて、下手すりゃお家騒動で内乱や」
「だよね。それもわかってるんだけど」
烈としても早く懐妊したい気持ちはある。
が、子供は一朝一夕で産まれてくるものではない。
他の女が入宮してくるとしても、なるべく時間を稼いで遅らせなくてはならない。
不意に、背後からカサカサと音がした。
烈がハッとして振り返ると、ニャアンと媚びるような鳴き声がした。
居間に滑り込んできたのは、三毛猫の犬ちゃんだった。
昼間にたっぷり寝ているので、みなが寝静まった深夜も殿舎内を自由に歩き回って遊んでいる。
どうやら居間に漂う干物の匂いを嗅ぎつけたらしい。
烈の傍までくると、身体をすりつけてねだってくる。
「だめだよ。舜にオラついてごはん貰ったでしょ。ほんと底なしの胃袋なんだから」と烈は叱った。
幸子は早くも二本目のバナナをかじり始めた。
「ま、あんたはどうなってもええけど、ボンがあんたの強情のせいでいじめられんのは看過できんわ。すっかりやつれてるやん。ボンのためにも、はよ皇后としての覚悟を決めや」
「……うん」
烈は素直に頷いた。
前皇后として後宮に君臨してきた姑の言うことには一理あると思った。
幸子は、今度は犬ちゃんをぎろりと睨みつけた。
「かわい子ぶっても、ウチの目は誤魔化せへんで。あんた、ボンに舐めた態度とってるやろ。ボンが許してもウチは許さへんからな。ボンはビビリーで頼りないけど、この国でいっちゃん偉い皇帝なんや。ボンを舐めプしてると、骨ごとミンチにしてネズミの餌にするで」
幸子の発する瘴気がさわさわと忍び寄り、何十もの手の形をとった。
黒い羽虫を何万と寄せ集めたようなおぞましい手が、犬ちゃんの身体をなぶるように這った。
「フギャ!」
幸子に恫喝された犬ちゃんは、またもや畜生の本能で悟った。
こ、こいつにも勝てねえ……。
こうして、舜を威嚇して調子こいていたデブ猫は、霓龍殿の裏ボス・陰幸子に屈したのだった。
犬ちゃんが幸子に追いかけられて逃げ惑う中、烈は入宮条件に関する草案を真剣に考え始めた。
官僚を納得させ、自分のプライドも守り、かつ新たな妃の入宮を遅らせるためにはどうしたらいいのか。
健全な後宮を運営するためには、どうすればいいのか。
数日後、烈は皇后の名で新たな布令を出した。
同時に宮城内に「入宮選抜婚活闘技場」を開設する旨の命令も出した。
布令は、市井では「入宮選抜挑戦者募集のお知らせ」と題されて札が立ったり、官が民衆の前で読みあげたりした。
布令の内容は、おおまかに以下の通りである。
一、後宮へ入り、皇帝の妃にならんと欲す者は皇后の面接試験を受け、その武勇を誇るべし。
二、挑戦者は、一騎打ち(タイマン)で皇后に勝つことができれば入宮が許され、褒美として妃の地位が与えられる。
三、挑戦者は、十五歳以上六十歳以下の独身女性に限る。婚歴は不問。性別等、申請に偽りがあった場合は厳罰に処す。
四、挑戦者の身分および出身地は不問。ただし入宮後に与えられる位階においては考慮されるものとする。
五、武器使用可。ただし殺傷力の高い刃物、弓矢等は厳禁。長物は木刀、竹刀、棍などを使用すること。
六、代理決闘可。ただし決闘代理人も必ず女性であること。
七、皇后に敗れても後宮での就職活動可。他の職種で採用される場合がある。
八、その他、規約を破った者は問答無用でブッ飛ばされるものとする。
入宮条件については、烈はかなり妥協した。
特に代理決闘を可としたのは、官僚に対しての最大限の譲歩である。
左右丞相は草案を舐めるように読んだが、「娘が直接戦わなくてもいいなら……」としぶしぶ受け入れるしかなかった。
金を積んで腕の立つ女武者だか女道士を雇い、皇后に勝利さえすれば娘は晴れて入宮し、妃になることができる。
本音を言えば、烈は専門外である道術・幻術・妖術の使用は一律禁止にしたかった。
当初は草案にも入れたのだが、それでは物理戦闘の覇者である皇后が有利すぎるという総ツッコミを受けて断念し、削除せざるをえなかった。
とにもかくにも、内外に向けて堂々と宣戦布告はした。
あとは挑戦者を待つばかりである。




