第32話 烈女、健全な後宮運営のため、バトルコロシアムを開設する②
涼鴛は烈の前に卓を置いた。
栄春は前に回り込んで、卓に後宮の位階表を広げた。
烈は位階表をざっと眺めた。
栄春は、上から順番に位階の説明を始めた。
まず霓龍という文字を指し示した。
「後宮のトップは言わずもがなの皇后、つまり霓龍です。皇帝は虹龍で雄、つがいの雌は霓龍なのでそう呼ばれます。皇后は後宮に住まう女性ならば、誰でもなるチャンスがあります。皇后が正室で、それ以下はすべて側室です」
栄春はその下の位階を指差した。
「次が四夫人と呼ばれる、最上位の妃である四豪妃です。上から順に、鯉妃、攘妃、虎妃、搏妃です。皇后は皇帝のお気持ち次第で誰でもなれますが、四豪妃は王や首長、猊下など、国の宗主の一親等にあたる女性しかなれません」
「一親等?」
「娘や養女ですね。皇女、王女の中でも特に地位の高い方に与えられる位階です。鯉妃は側室の第一位で特別な位です。霓龍と同じく龍と見なされますので、皇后とほぼ同じ力を持ちます」
烈は鯉妃の字をなぞり、感慨深げに言った。
「そういえば、私は舜に鯉妃にするって言われたよ。これかあ……」
「皇后さまは垂逸の王太女ですから、四豪妃以上は確定です。後宮の妃は、最初は全員が側室スタートです。皇后が冊立されるのは、早くても後宮が開かれてから三年後です。入宮と同時に皇后に冊立されたのは暁国史上初ですよ」
「そうなんだ。オラついてよかった~」
烈の場合、暁の後宮の位階制度を知らなかったことが、結果的に幸いしたのだった。
「その次が八武嬪です。上から順に、富人、貴人、栄人、華人、勇人、猛人、果人、敢人です。これは皇女、王女、上級貴族出身の身分の高い女性に与えられます。さらに、十六悍婦、三十二女丈夫、六十四激娘子と続きます。側室といっても、専用の御殿でリッチ生活ができるのは十六悍婦くらいまでですね。三十二女丈夫以下は一夜のお相手要員といいますか、待遇は上級女官と変わりません。主上の子を産めば一気に出世できますが、そんなことは滅多に起きませんし」
「一回寝たくらいで子供ができるなら、誰も苦労しないよね」
妃は位階が高ければ高いほど、皇帝の傍に侍ることができる。
懐妊するチャンスも増え、子供を産めばさらに出世する、これが後宮の仕組みである。
「以上、皇后から始まる后妃嬪の百二十五人が、主上の妃とされ、後宮の主要な構成員となります」
ひととおり説明が終わると、烈は大きく息を吐いた。
「百二十五人……これだけでも多すぎ」
「建前上は、後宮にいる女性すべてが主上のものですから。百人どころか数千人の妻がいることになりますね。お目見え以下の婢や下女、奴隷であっても主上のお手がつけば、大抵は位階が与えられます。位階が得られずとも個室や使用人を持ち、妾……つまり愛人の待遇となります」
「……」
それは断固として阻止せねばと、烈は心に決めた。
正規のルート、つまり自分が許可した入宮以外で妃嬪にすることは認めないし、舜にも手は出させない。
筋を通さず旦那に近づこうとする女には、お仕置きも辞さない構えである。女たちの統制と管理はしっかり行わないといけない。
烈は位階表を見ながら思わず苦笑した。
「にしても猛々しいね。下位でも女丈夫に激娘子……」
栄春は涼やかに、しかし声にどこか達観のようなものを滲ませながら言った。
「後宮もまた人生の激戦場ということではありませんか? 妃たちの権力闘争は熾烈を極めますから」
「だろうね。皇帝は一人なんだし。一人に対して嫁が数千人なんて狂気の沙汰だよ」
「女帝が立っても同じですよ。女帝の場合、当然のことながら後宮は男女逆転して、周辺諸国から皇子や王子が婿入りします。位階は上から皇配、四天王、八武将、十六豪傑、三十二丈夫、六十四強雄になります。男同士はもっと遠慮がないです。徒党を組んで私刑に拉致監禁に闇討ち、なんでもござれの殺し合いです」
「ただの抗争!」
「美的宦官も側室候補になりますから、武芸に磨きをかけないと生き残れません。過去にも後宮は八回ほど爆発炎上、建物倒壊で焼け野原になってそのたびに再建されています」
「もはや戦争!」
烈は居間の壁に隙間なく飾られた、武器や防具のたぐいを見渡した。
剣に矛に戟……この数々の得物は、血みどろの抗争を勝ち抜き、後宮の頂点に立った皇后・皇配の歴戦の相棒だったのだ。そりゃ誇らしげに飾りたくもなるだろう。
飛天霓龍殿は、絶対無敵の勝者、女も男も猛者中の猛者しか住まうことが許されない最強の御殿であった。
烈は身を乗り出すようにして、勢いよく尋ねた。
「これから後宮をモリモリ形成するとしてさ、どのあたりまで頭数が必要?」
栄春は首をかしげ、しばらく考えてから言った。
「そうですねえ……下位の妃はいてもいなくてもさして問題はないでしょうが。体面上、四豪妃や八武嬪まで揃えた方が後宮らしいですかね」
「あと十二人か」
あくまでも入宮条件をクリアしたらという前提ではあるが、八武嬪くらいまでは入宮を許可すべきか。それで荒ぶる官僚たちを抑えることができるなら……。
烈は、沸々と闘志が湧いてくるのを感じた。
「……おっしゃ! 頑張る」
両手のこぶしを握りしめて再度気合を入れる。
何にせよ、絶対に負けられない戦いがある。




