第31話 烈女、健全な後宮運営のため、バトルコロシアムを開設する①
「ただいま~」
烈が激闘の朝議から霓龍殿に戻ってくると、いつも通りに栄春や涼鴛、侍女たちが出迎えた。
彼らの顔を見ると、烈はホッとした。
居間へ行くと、供される茶や菓子、軽食を楽しみ、涼鴛に肩を揉ませる。
下僕たちの奉仕を受けながら、烈はひとりごちた。
「あ~疲れた……」
栄春がさりげなく尋ねてくる。
「今日も左右丞相に絞られたのですか」
「うん。なんか外戚保険の掛け金がどうとか、補填がどうとかでうるさいのなんのって」
烈が愚痴ると、栄春は優しく微笑んだ。
「外戚保険は国保ではなく、民間の保険であって官の加入は任意です。保険販売員の色恋営業に乗せられて入る者は多いようですが、いくら金を掛けようと皇后さまには関係のないことですし、補填になど応じる必要はありません。話を巧みにすり替えて、皇后さまの責任にしようとしているだけです」
「そうなの? どのみち難しくて全然わからないし、聞き流しているからいいんだけどさ」
それにしても面倒くさい……と烈はあくびをしながら思った。
先日、烈は「自分に勝てたら可」という条件で他の女人の入宮を認めたものの、左右丞相や官僚が納得するはずもなかった。今度は条件の緩和を要求し、連日のようにガン詰めされている。
自分たちの娘が、大の男たちを次々ブッ飛ばす蛮勇皇后に勝てるはずもない。別の方法で面接するか、面接そのものを撤廃するよう迫ってきた。
烈は要求には一切応じず、小難しい話は全部スルーしている。議論にもならないまま、両者は不毛な平行線をたどっていた。
秋霜宮の女たちも、皇后の出した入宮条件を知って怒りを爆発させた。
クレームの投げ文が、次々と後宮に……送ると皇后がお礼参りに来そうで怖いため、正宮に届いている。
「何が再チャレンジだ、再入宮する前に皇后に殺されるやんけ」と大騒ぎし、「人生再チャレンジキャンペーン事務局」には苦情が殺到しているらしい。
烈は栄春の整った横顔を眺めた。
自分のゴージャスライフは大勢の官の奉仕によって成り立っている。そのことはわかっている。
もし官僚のボスで人事権を持つ左右丞相がブチ切れて、霓龍殿に勤める者たちの引き上げを命じたら……栄春とも離れ離れになってしまう。
浮気をする気はないが……それはそれ、これはこれ。
烈は、この美しすぎる男を手放したくはなかった。
いつ見ても完璧な面貌に見惚れながら、烈は言った。
「栄春はえらいよね。何もしなくたって一生女が養ってくれるのに、ちゃんと美的宦官として働いてるんだもの」
「……よくわからないお褒めの言葉ですが、ありがとうございます。一時期、プロのヒモを目指そうと思ったこともあったのですが、大の男が無職というのはどうにも抵抗がありまして」
「わかる~。無職はキツイよね。職業欄に『無職』と書く瞬間を思うだけで辛くてさ。北で将軍やってたのも、無職の王太女にならないためだったし」
「王太女はそれだけで職業だと思いますけどね。暁にいらしてからも、皇后として働いていらっしゃる。ご立派です」
「本当は働きたくないんだけどね」
このままでいいんだけどなあ……と烈はぼんやり思う。
舜とは一夫一妻のまま、皇后としてパートタイムで働いて、あとは好きに遊んで暮らして、子供ができたら産む。
暁の乗っ取り云々はともかくとして、育児は乳母や使用人に任せておけばいいし、子供はいずれ皇太子になるだろう。そうなれば、烈は皇后としての務めを完遂する。
垂逸の王太女として生まれ、暁の皇后になり、いずれは国母となる。
元ヤンの過去は封印したし、カタギにもなった。
何の瑕疵もない順風満帆な人生……を突き進んでいるはずなのに、結婚早々に横槍が入るとは。
外戚の座を狙う官僚、彼らの後ろ盾を持つ新たな妃、側室の座を狙う有象無象の女たち。
彼ら、彼女らとどうやって渡りあうべきか……。
心のどこかではわかっている。
今のところは一歩も引いていないが、入宮に関しては、いずれ妥協しなくてはいけない日が来るだろう。
狡猾な左右丞相は日々ガン詰めしたり、脅したり、なだめたりして、烈が疲れて諦めるのをじっと待っているのだ。
彼らの思惑通りになるのは癪だが、政権を運営しているのは官僚たち。
無闇にブッ飛ばしたり罷免したりしても、絞まるのは自分の首。迂闊なことはできない。
烈は茶碗を持ち、冷めた茶を一気に飲み干した。
喉を潤すと、よしっと気合を入れる。休憩は終わりだ。
「栄春」
と、烈は傍らの男に呼びかけた。
「ここの位階のことや、運営のコツとかを教えてよ」
主の予期せぬ所望に、栄春は驚いたようだった。
「突然どうされたのです」
「働きたくないんだけど、皇后になってしまったからには責任があるし。ここは私の後宮だから。運営するならするで、もっと色んなことを知っておかなくちゃと思ってさ」
烈はつまらなそうに言ったが、栄春は反対に相好を崩した。
「なんだかんだで皇后さまは働き者ですね。では、後宮について私が知る限りのことをお伝えします。……涼鴛、卓と後宮の位階表を」
はい、と涼鴛は返事をして立ち上がった。
少しして、長卓と巻物を持って戻ってきた。




