第27話 烈女、外戚の脅威が迫りくるなか、キモ官僚を粛清する③
――それから一時間後。
外戚宣誓から解放された舜は、正宮の居室で遅い昼餐をとっていた。
そこに官の一人が飛び込んできた。
「しゅ、主上! 大変です。中書侍郎の旗茂泯が皇后さまの逆鱗に触れ、粛清されました!」
「な、なんだって?」
舜は仰天し、椅子から勢いよく立ち上がった。
「……なぜ旗茂泯が? いや、その前に皇后はどうやって正宮に入ったのだ。内廷門の門番は何をしておった」
内廷門の門番は大柄で武芸に秀でた宦官が務めており、許可がなければ后妃や女官は後宮の外に出ることができない……はずだった。
「門番たちは皇后さまを止めようとして門の前に立ちふさがり……全員ブッ飛ばされた模様。その間、わずか十秒の二十人抜きです。前皇后さまのブッパ記録を抜いた国内新記録です」
官は謎の感動に包まれ、頬を紅潮させている。
「そんな記録を更新してどうする。旗茂泯はどうなったのだ。死んだのか?」
「皇后さまの一撃で天井に激突しましたが、四肢損壊と内臓破裂程度で全治半月の重軽症です」
「……重軽症? 情報が錯綜しすぎであろう。皇后は?」
「すでに後宮にお戻りかと」
舜は茫然とし、それから大きくため息をついた。
官の粛清……烈はなぜこんな面倒ごとを起こしたのか。
考えるだけで頭が痛いが、ここは皇帝として彼女を問いたださなくてはならない。
ひと仕事終えた烈は霓龍殿に戻り、まったりと茶を喫していた。
そこに、楊源らを従えた舜が勢いよく駆けこんできた。
烈は旦那を視認すると、のんびりと言った。
「あ、お帰り~。今日は早かったね。カツオの膾があるから食べれば?」
舜は息せき切って言った。
「カオスなナマズ? そんなあやしげなものを食している場合ではない。烈女よ、なぜ旗茂泯を粛清したのだ。官に理由なく暴行を加えるなど、許されることではないぞ」
旗茂泯は私生活のキモさはともかく、官僚としてはそこそこに優秀であった。
即位して日の浅い舜は、政務については彼に習うところがあった。
烈は眉をつり上げ、怒ったように言った。
「違うよ。私もセクハラについて話をつけにいっただけで、ブッ飛ばすつもりはなかったよ。なのに、旗茂泯は開き直ってさ『それがしの結婚について、皇后さまにお口出しされるいわれはなし。公私混同でござる』とか言うから腹立って。思わずやっちゃった」
「正論ではないか」
「正論でもキモかったらアウトだよ」
「キモがる意味がわからん。旗茂氏は、大丞相や皇后を輩出したこともある名門であるぞ。その一門をブッ飛ばすとは何ごとだ」
「そうなの? 北から来たんでわかんないや」
「皇后ならば暁の上級貴族の一覧くらい覚えよ!」
舜は思わず声を荒げてしまった。
そこに「すわ鎌倉!」とばかりに三毛猫の犬ちゃんが飛び込んできた。
烈を庇うように立ち、舜に向かってフシャアアア――ッと吠える。
犬も食わない夫婦喧嘩に猫は参戦してくる。
――我にカツオを与えし主へのDⅤは許さぬ!
デブ猫の金色の目はそう雄弁に語っていた。
舜は猫の威嚇にショックを受けた。
「なぜに三毛猫犬までが、わしを責めるのだ。これではわしが理不尽な暴力夫のようではないか。わしは……わしは皇帝ぞ」
たじろぐ舜に、烈も吠えた。
「キモメンでも皇帝でも、私の後宮を荒らすやつは許せないよ」
「旗茂泯は後宮を荒らしてはおらぬではないか。そなたにも立てついておらぬ」
「舎弟を侮辱するなら同じだよ。私のメンツを潰すのは許せないから」
「何を申すか。勝手なことばかりしおって。そもそも、わしの許しなく後宮を出るとはどういう了見か。わしのメンツはどうなるのだ」
二人が言い争っていると、三毛猫を押しのけるようにして、衣装係の女官が飛び込んできた。
彼女はすがりつくようにして舜の前に平伏した。
「主上、お許しくださいませ。皇后さまは後宮の規則を破ってまでも、哀れなる下僕をセクハラからお救いくださったのです。私も、こんなキモい結婚は嫌すぎて無理でございます。キモすぎるキモメンの妻になるくらいなら、ここで主上にお手討ちにされた方がマシです。皇后さまをお責めになるなら、どうか私に罰を」
「う、うーむ」
予想だにしない展開に、舜は唸るしかない。
烈は思い出したように栄春の方を向いた。
「栄春もそう思うでしょ? 私は間違ってないって」
突然水を向けられた栄春だったが、ここで返答を間違えれば皇帝と皇后どちらの不興も買いかねない。
彼は考えをめぐらせ、落ち着き払って答えた。
「確かにお仕置きがすぎる面はあったかもしれませんが、起きてしまったことは仕方ないでしょう。旗茂中書官のセクハラは外廷でも問題になっていましたし……。考えようによっては、皇后さまのご成敗により不幸になる女人が一人減ったのです。長い目で見れば喜ばしいことでは」
楊源もひょいと顔を出して同調した。
「そうですぞ、主上。本来、後宮にいる女官はすべて主上のもの。形式的なこととはいえ、結婚の際はお上の許可が必要なのです。皇后さまの下僕に勝手に手を出すなど言語道断。旗茂泯は主上の寵愛をいいことに調子に乗りすぎたのです。いずれ懲罰をくらうのは必定でございました」
朝廷は、常に権力闘争の嵐が吹き荒れる激戦地。
栄春も揚源も、旗茂泯の粛清に関しては「ライバルが一人減ってラッキー」くらいにしか思っていない。
猫にまで叱られた上に、下僕たちの相次ぐ擁護があっては、舜も振り上げたこぶしを降ろさざるをえなかった。
納得がいかない顔をしつつも、しぶしぶ言った。
「仕方あるまい……。セクハラ被害者の救済のためにも今回の件は許す。皇后も以後は気をつけよ。軽率に官をしばくでないぞ」
「うん、これからはどつく際も手加減するよ」
舜は、はあと大きくため息をつき、肩を落とした。
「それでも旗茂泯が抜けた穴を思うと頭が痛い……」
「だったら、旗茂泯が復帰するまで私が朝議に出るよ」
と、烈はぬけぬけと言った。
「そなたが朝議に出たところでどうにもならぬわ」
舜は呑気すぎる申し出に呆れ果てたが、烈は意に介さなかった。
「政治のことはわかんないけどさ。とりあえず、プロレスやってるヤカラは全員シメるよ。あいつらうるさいんだもん」
烈は有言実行で、翌日から朝議に出た。
そして朝見時に暴れるプロレス官僚たちを全体重肘うち、飛龍殺法、暗黒脳天墓石落とし、暴虐ラクダ固めなどのプロレス技で次々とマット……ではなく木床に沈めていった。というか、床も壊れたので修理代がかさむことになった。
敵もさるもので、プロレスの華である場外乱闘に持ち込まれることもあったが、烈は動じることなく、最上段飛び圧殺、電撃腹部跳び式、鉄筒椅子蛸殴打、巨乳圧迫悶絶締めなどの技を連続でキメて拍手喝采を浴びた。
官をしばきまくったが、皇帝に彼女を止める力はなかった。止めようとすれば、自分が投げられるだけである。
「巨乳圧迫悶絶締め」に至っては、若干ご褒美のきらいもあり、争乱を見守る舜の胸はざわつかないこともなかった。
毎晩、閨房でくらって悶絶しているにもかかわらず、自分以外の男に施されるのは微妙な気分になる。複雑な男心があった。
こうしてヤカラ官僚を全員シメて屈服させたため、朝議は平和な議場となった。
皇后の不興を買えば問答無用でブッ飛ばされるとあっては、官僚たちも横暴な振る舞いを慎まざるをえない。外廷でのセクハラも激減した。
何かやらかしたわけでもないのに粛清された旗茂泯については、あっという間に都じゅうに噂が広まった。
旗茂泯は言うに及ばず、彼の妻子や一族郎党、旗茂家の使用人、隣近所の住民、旗茂泯が飼っていたマリモまでが連座して処刑されたという話を聞いて、人々は震えあがった。
暁の名族である旗茂氏は、よくわからん理由で皇后の怒りを買い、族滅されてしまった。
これはもしや恐怖政治の始まりなのか……?
いたいけな庶民は、皇后の蛮勇にビビり散らかし、恐れおののいたのだった。もうキョンシーなんてメじゃないホラーである。




