第26話 烈女、外戚の脅威が迫りくるなか、キモ官僚を粛清する②
喧々諤々(けんけんがくがく)に詰め寄られて、舜も閉口した。
官僚にストを起こされると政務が滞ってしまうし、様々な方面に支障をきたす。
楊源には「臣下の娘を娶るのも皇帝の大事な務めですぞ」と懇々と諭される。
あまりのしつこさに、とうとうヤケを起こして言った。
「わかった。では皇后に裁可を仰ぐがよい。裁可が降り次第、入宮すればよい」
新たな妃が入宮する場合は、正妻である皇后の許可が必要だった。
一応にも面接試験があり、夫の妃にふさわしいかどうか皇后自ら判断する……ことになっているが、歴代の皇后や皇配が側室の入宮を拒否した例はない。
面接も裁可も、皇后の権威と立場を重んじるためのデモンストレーションにすぎなかった。
「え――っ、面接あるんすか……」
皇帝から入宮の許可は取り付けたものの、官僚たちは内心舌打ちを禁じえなかった。
うわ、めんどくせえ……というのが本音である。
皇后が冊立されていなければ、面倒な手続きを経ずそのまま入宮できたのに。
もしや、これも政略結婚をゴリ押ししてきた垂逸側の策略なのか。
彼らの前には、新皇后の烈が立ちふさがっている。
だが、烈本人がどうこうというよりかは、彼女のバックについている垂逸国と蛮族の王・阿羅裸汗の方が脅威であると感じていた。
暁出身の王妃とナンバー2らしい上級大将もなかなかのやり手と聞く。油断はできない。
……そう、このときまでは、官僚たちも烈を侮っていたのである。
舜が外戚候補に押しまくられている頃――。
烈は霓龍殿の庭先で、カツオの解体ショーを楽しんでいた。
庭には急遽、特設のステージが建てられた。
魚料理専門の料理人が、まな板の上に置かれた巨大なカツオを手際よくさばいていく。骨から鮮やかな赤身が切り離されるたび、拍手と歓声が起こる。
カツオは酢醤油やごま油、生姜やネギなどの薬味に漬けられ、新鮮な膾となって供された。烈はカツオの膾を、従僕たちにも大盤振る舞いした。
左右に栄春と涼鴛を侍らせながら、烈も膾を賞味した。
「魚を生で食べるのは初めてだけど、なかなかイケるね」
相伴する栄春が言った。
「カツオ自体食べるのは初めてです。このような珍味をご下賜くださるとは、前皇后さまも粋なことをなさる。皇后さまのことがよほど気に入られたのですね」
「まーね」
と、烈は自慢げに胸を反らした。
「姑には、字だかあだ名で呼ぶことを許されちゃったし。嫁と認めたからこそカツオをくれたわけだしさ」
旦那は毎晩通ってくるし、姑ともうまくいっている……。
嫁としては百点満点ではないかと思えば、烈は鼻が高かった。
三毛猫の犬ちゃんもやってきて、当然のようにカツオの頭に食らいついている。
これは元から肥えていたのが、後宮へ来てからは毎日上等な餌を与え続けられて、さらに太ってしまっていた。
蓬莱にいた頃よりもはるかに贅沢な暮らしを送っており、三毛猫王の野良の威厳もどこへやらである。
「あ、舜の分を残しておかなきゃ。全部食べたら、さっちゃんにしばかれちゃう」
給仕係に旦那の分のカツオの取り分けを命じたところで、烈は気がついた。
衣装係の一人である若い侍女が、ぼろぼろと泣きながら膾を食べている。
折角の楽しいイベントなのに泣くなんて……何かあったのだろうか。
なんとはなしに、烈は尋ねた。
「あんた、どしたの? 膾が苦手なら無理に食べなくていいよ」
「違うのです、皇后さま。膾は大変おいしゅうございます。でも、もうこの霓龍殿の楽しい日々も終わりかと思うと辛くて辛くて……。来月には寿退職しなくてはいけないと思うと泣けて仕方ないのです」
「結婚するんなら、おめでたいことでしょ」
「それが、相手が最悪なのです……。私は、イケおじと勘違いしているキモメンの、十八番目の妻にならなくてはいけないのです。ああ、嫌……キモおじは嫌です。栄春さまレベルとはまではいかなくても、結婚するなら若いイケメンでなければ嫌でございます」
「十七人も嫁がいるのに、さらに若い女と結婚しようとしてんの? うわ、キモ……」
想像だけで烈は鳥肌が立ちそうになった。
侍女はよほど辛いのか、その場に倒れ伏すと人目も憚らずわんわん泣き始めた。
「外廷にいたころも、キモメンに言い寄られてセクハラされ……やっとのことで後宮に異動できたのです。それなのにキモメンは諦めず、今度はストーカーと化し……毎日のように脅迫状が。私が拒み続けていると、とうとう家族が標的に。父はキモメンに騙されて借金漬けにされ、私が結婚に応じないなら家屋敷等の全財産を取り上げると。妻になったあかつきには、仕事も辞めるように言われ……」
「ひどいね」
聞いているうちに、烈は腹が立ってきた。
大事な舎弟がキモおじに結婚を強要され、仕事も辞めさせられそうになっているとあっては、到底看過できない。
侍女は泣きながら叫んだ。
「もうこうなっては、キモメンを鈍器で殴って刺し違えるしか……!」
下僕の悲しみを汲みとった烈は、決意を込めて静かに言った。
「……わかった。私がキモメンに話をつけるよ。あんたが結婚しないで済むようにするから」
烈は兄貴分の務めとして、窮地にある侍女を助けることにした。
「ちょっと正宮に行ってくる」
背後に向かって言い放つと、霓龍殿の門に向かって早足で歩き出した。思い立ったら即行動、これが烈の信条である。
「お、お待ちくださいませ」
事態を知ったお局が、必死の形相で駆け寄って来た。
「皇后さま、なりません。いくら皇后さまといえども、主上のお許しなく後宮を出ることはできません」
「なんで? 正宮には何度も行ってるよ」
「ですから、それは都度主上のお許しが出ているのです」
「じゃあ、あとで許可をもらうよ」
烈は追いかけてくる従僕たちを引き離すように、一気に走り出した。
足にまとわりつくスカートを両手で巻き上げ、跳ぶように走る。食後の腹ごなしにはちょうどいい。
庭を駆け抜けて霓龍殿を飛び出すと、まっすぐ内廷門に向かう。
「皇后さまァ――っ!」
侍女や宦官たちの慌てふためく声が、だんだん遠ざかっていく。




