第24話 烈女、バナナの怪でキョンハラしつつ、家憑きの義母と同居を始める③
――数分後。
烈は幽霊の前に土下座し、神妙にバナナを差し出していた。
「ごめん。マジごめん。バナナ全部あげるから許して」
「許さへん」
傲然と言い放ちつつもやはりバナナ狙いだったのか、幽霊は早速手を伸ばした。
バナナを食べながらも、ぐちぐちと説教した。
「まったく……とんでもない嫁や。初体面の義母に塩対応するなんてどんな教育受けとんのや。失礼極まりないやろ。親の顔が見たいわ」
「悪かったって……。私も親も世間知らずの蛮族なんだよ。呼び出しは勘弁してよ」
「こんなときだけ蛮族ぶるんやない。大体、中華にも魔物はぎょうさんおるねんで。そやのに猫も杓子もキョンシーキョンシーて。キョンシーに失礼やろ。餃子も一種類しかないとでも思てんのか。ウチはキョンシーやない。正統派の美少女怨霊や」
「わかったって。もうキョンハラはしないから。でもさ、そっちだってひどいよ。怨霊パワーでカツオ飛ばして攻撃してくるなんて。嫁いびりで妖術使われたら応戦するしかないでしょ」
辺りにはカツオの生臭い匂いが漂っている。
幽霊は偉そうに胸を張った。
「嫁いびりやない。通販妖術と初カツオはウチからの結婚祝いや。ボンや家来たちとみんなで食べや」
「ツンデレか」
「食べきれんぶんはカツオ節にするんやで。ええダシをとりや。ダシとったスカスカのカスは猫にでもやりや」
「食材を使い倒す主婦の知恵!」
バナナを食べ終わると、幽霊はフンと鼻を鳴らし、改めて名乗りをあげた。
「ウチは先帝の正室、前皇后の陰幸子。諡号は東奔襲来長船入寇海淵宣武無頼漢皇后や」
烈は、はは~と頭を下げるしかない。
姑と嫁の間には、けして越えられない壁がある。
「私は那侘弟鼓呼烈。号は明朗快傑野猿常勝将軍だよ。これからはよろしくね。舜のおっかさん」
烈は笑顔を作り、親しみを込めて呼んだが、幸子は露骨に嫌そうな顔をした。
「おっかさんなんてやめてえや。所帯じみた年増みたいやん」
「実際年増でしょ」
幸子は駄々をこねる子供のように頭を振った。
「嫌や嫌や。ウチのハートは未来永劫十六歳の春で止まっとんねん。ピチピチのヤングやねん。今更でかい娘なんて欲しない。しゃーない、あんたは嫁やし特別や。ウチのことは、さっちゃんて呼んでええで」
「なんでさっちゃんなの?」
「ウチの本当の名はサチコいうねん」
「字みたいなもん?」
「ちゃうわ。でも説明すんのもめんどいからそれでええわ」
「適当だな~」
と返しつつ、烈は目の前の幸子の顔を思わずガン見してしまった。
この義母は近くで見てもあまりに若すぎた。
同い年どころか年下に見える。どう見ても十五、六歳だ。
「にしても、さっちゃんはすごい童顔だね。うちの妹と同じくらいにしか見えない」
「なんで幽霊になってまで、オバハンでいなあかんねん。いっちゃんイケてたときの顔にしてるに決まってるやん」
「年齢操作できるんだ……」
「髪や目の色も変えられるで。カラコンやウイッグいらずでシャレオツを楽しめるんや」
「便利だな~」
「怨霊生活もそう悪くないで。毎日遊んで暮らせるし、たまに来るバナナも楽しめるしな。素人はんを血糊メイクでビビらせるのもおつなもんやで」
「あっ、そのことだけどさ」
烈は本来の目的を思い出した。
自分はキョンシー対策をしてまで、バナナ泥棒を退治しにきたのである。
犯人は幽霊の幸子だったが、姑なので退治はできない。
ならばバナナを盗るのをやめさせるしかない。
「これからはバナナが来たら、さっちゃんにもちゃんとおすそ分けするから。勝手に持っていくのはやめてよ。私の舎弟が困っちゃう。怖い血糊メイクもほどほどにしてよね」
幸子は眉をつり上げ、不服そうに言った。
「なんでえな。バナナはパクってなんぼ、素人はんは脅かしてなんぼや。やめたら、ウチは怨霊じゃなくなるやん。ただの美少女幽霊になってまうやん」
「バナナの万引きやビビらせごときで、怨霊を名乗られてもさあ……。そもそもバナナが来るのも舜が皇帝だからでしょ。息子のものをパクるなんて、やってることがみみっちいよ」
息子を持ち出されると弱いのか、幸子はバツが悪そうな顔をした。
「そないゆうたって……悪霊とか怨霊の方が響きがカッコええやん。ウチは死してなお、悪の異名をとどろかせたいねん」
「なんか北のおっかさんと同じ匂いがする……」
烈は中二的な香ばしさが漂う義母に呆れながらも、なおも諭した。
「私も北ではヤンチャしてたけど、今は引退して平凡な主婦皇后になったんだから。さっちゃんもいい歳なんだし、子供もいるんだし、いい加減落ち着いてよ」
「……」
幸子はぶすっと膨れっつらをしたが、それなりの年の功はあるのか、しばらくすると諦めたように言った。
「しゃーないわ。女の一生とは『生まれてはオカンに従い、嫁しては旦那をボコって従わせ、老いては娘に従う』やもんな。今の皇后はあんたやし、言うこと聞いたるわ」
「わかりゃいいのよ、わかりゃ。悪いことしないなら、これからもここに棲んでいいからさ」
すると、幸子は「ああン?」と目を見開き、肩をいからせた。
辺りには激烈な闘気……もとい瘴気がひたひたと満ちてゆく。
「なんであんたに同居を許されなあかんのや。ここは元々ウチの家やで。あんたは嫁で居候や。ええか。ウチを甘く見るんやない。軒は貸しても母屋は取られへんからな。ウチの縄張りを荒らすなら、ここにいる輩は呪うで。男も女もあんたもバナナの池に沈めて、人肉バナナシェイクにするで」
「えっ、舜は?」
「アホか。大事なボンをシェイクにするわけないやろ。頭カチ割って始末すんのはあんただけや。舐めんのは塩飴ちゃんだけにしときや」
とすさまじい勢いでまくしたてられる。
烈もタジタジになるほどの、若づくり年増幽霊の大迫力だった。
もし幸子を怒らせたら、間違いなく真の怨霊になってしまうだろう。
霓龍殿はカツオを越える激重通販攻撃で壊滅して、酒池肉林のバナナシェイクというグロ御殿と化してしまう。
烈はしみじみ思った。
幽霊的な意味でもそうでなくても、トメは……こわっ!
「わかった、わかったから。棲みわけするから。さっちゃんの楽しい幽霊生活の邪魔はしないからさ。ほら、バナナもっと食べなよ」
バナナを差し出しながら、イキりたつ幸子を必死になだめる。
なんだかんだで姑には逆らえない……。嫁の立場の辛いところである。
こうして烈は、元々霓龍殿に憑いていたらしい、死してなお現役ヤンキーの義母と一つ屋根の下に暮らすことになった。
悲しきかな……後宮に君臨する皇后といえども、姑との同居は避けられないのである。




