第19話 烈女、朝議デビューを果たし、皇帝をセクハラでたらしこむ①
宮城の朝は早い。
夜明けと共に、戦場でもないのに陣鼓が打ち鳴らされ、無駄にけたたましい警報が鳴って人心を煽り立てる。
急かされるように、官が続々と登城してくる。
朝見の間では、八時から高官たちを集めて朝議が始まる。
「政の場にも顔を出すように」と舜に言われ、烈も外廷へ出てきた。
玉座に鎮座した舜の隣りに腰を降ろし、ずらりと居並んだ廷臣を見下ろした。
議場は、官僚たちの熱気と興奮に包まれていた。
みなが口角泡を飛ばす勢いで、好き勝手にがなり立てる。
「主上、北部では大根が高騰し民草が苦しんでいます。それなのに太守は『大根がないなら菜の花を食べればいいじゃない』とのたまい、転売のためにゴボウを買い占めています。これは国家に対する明らかな反逆です。民衆が怒り狂って暴動になるのも時間の問題。大根革命が起きる前に、適当にシメて下剋上したいっス!」
「西甜国が『来月から関税を二百倍にすっからよろぴく』とか舐めたことを通達してきました。これでは貿易赤字まっしぐらです。我が国は周辺諸国からペロペロされまくりです。今必要なのは毅然とした対応と、懲罰的な進軍です。主上、この機会にモリモリ侵略して略奪と奴隷狩りで儲けましょう。レッツ西方征服!」
「一応にも上級の国家公務員なのに、福利厚生が民間並みではやってられんわ。歳末手当と餅代と氷代とパンと見世物と女を寄こせやコラァ!」
等々、公益にほど遠い野心と私情とヤカラ根性が入り乱れて混沌としていた。
中華の宮廷では大抵、外戚と官僚と宦官という三勢力が醜悪な権力闘争を繰り広げる。
といっても、今上帝の後宮は開かれたばかり。宦官と外戚の勢力が育つのはこれからである。
今は官僚の派閥争いが主で、果林党と喝根党という二大政党がしのぎを削っていた。
若さゆえに理想に燃え、
「主上、直訴なり。直訴なりいいいい!」
と直訴状を掲げて突進してくる官もいるが、敵対派閥にタックルをかけられて転び、ボコボコにされている。
官僚たちの罵詈雑言あふれるプロレスを見ながら、烈はふわあと大あくびした。
早起きは苦ではないが、朝議ははなはだ退屈だった。
そのまま目を閉じて、居眠りを決め込む。
「こら、皇后。寝るでない。起きよ」
気づいた舜が、横からつついてくる。
烈は仕方なく薄目を開けた。
「だって何言っているかわかんないしさ~。政治はあんたに任せるよ。戦争か内乱が起きたら起こして」
「縁起でもないことを申すな。そなたは皇后なのだぞ。わしの妻としてしっかり働け」
「え~めんどくさ……」
烈はふて腐れたように言った。
やたらと複雑で難しい内政には興味が持てない。
世間体が悪いので無職は避けたいが、さりとてバリキャリ志向ではない。軍事などの得意分野以外では働きたくなかった。
基本的には毎日遊んで暮らしたいというのが、本音である。
もし暁を乗っ取って女帝になったら、毎日こんなカオスな会議に臨まなくていけないのか。そう思うと、塩をかけられた青菜のようにげんなりした。
だったら、皇后の地位を維持したまま、旦那に働いてもらった方がいいような気がする……。
朝議は思いのほか長引いた。
烈が後宮へ戻れたのは、昼近くになってからだった。
殿舎に入ると、寵臣の栄春と涼鴛、侍女たちが恭しく出迎えた。
「ただいま~」
「お帰りなさいませ」
栄春が顔をあげて微笑む。
彼の美しい顔を見ると、烈は疲れが吹き飛ぶ心地がした。
「やっぱあんたを見ると気分がアガるね。美人は三日で飽きるっていうけど、あんたは違う。一生見てられる」
「そんな口説き文句のようなことをおっしゃって……私の心をもてあそばれるのですから困ったものです。皇后さまのお戯れが恨めしい」
栄春は拗ねたような顔をし、深く澄んだ声で恨みがましいことを言った。
が、声音の底は明るい。
皇后の愛人にはなれなかったが、目下、第一の臣の座に収まることはできた。上々である。
これから権勢をどこまで振るえるかは、美的宦官としての技量と立ち回り次第だろう。
烈は、栄春の内に潜む野心も気に入っていた。
彼は疑似恋愛を生業とする者、何を言っても虚実の虚の方、恋の鞘当てにもならない言葉遊びとわかっている。
歩きながら言った。
「あんたも正宮に来ればよかったのに」
「お供したいのはやまやまですが、外廷は楊内常侍を始めとした主上付きの宦官の縄張りなのです。うっかり出て行ったら、因縁をつけられてボコボコにされます」
「そうなんだ……」
華やかな宮殿であっても、やっていることはヤクザの縄張り争いと変わらないな……と烈は思った。
「同じ宮城なのにね」
「宦官の世界も色々あるんですよ」
栄春は色っぽくため息をつき、憂いを含んだ視線を投げた。つき従う侍女たちが、含羞みながらざわめく。
後宮の福利厚生なので、主を尊重しつつ、周囲へのサービスも忘れない。




