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蛮勇皇后烈女伝 ~後宮はバトルコロシアム~  作者: kiyoaki
後宮黎明篇

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第18話 烈女、恋愛強者の美的宦官に惑いつつ、デートを楽しむ③

 烈は厩舎へ行くと馬を引き出した。

 徒歩だと、女官や宦官たちが少し間を置いてついてくるだろう。人払いしたところで、誰かしらは隠れてでも傍にいようとする。それが役目なのだから仕方ない。

 とりあえず馬で駆けて、下僕たちを撒いてしまおうと考えた。

 愛馬に颯爽と跨ると霓龍殿を飛び出した。


 後宮は、それ自体が中規模の町といって差し支えないほど広大である。

 皇后の住まいである飛天霓龍殿は後宮の入り口である内廷門から一番近く、皇帝が通いやすい立地にある。

 その奥は皇后以下の妃嬪が住まう殿舎、庭園、果樹園、植物園、田畑、小高い丘に大きな池や人工の川、森、竹林、五重塔、従僕たちが暮らす宿舎などが点在している。

 各々の殿舎は、大抵は長い回廊や屋根付きの橋でつながっていて、雨天でも濡れずに移動できる。


 烈は奥の森に向かって一気に駆けた。

 途中で振り返ると、同じく馬に跨った栄春がついてくるのが見えた。

 森に入ると同時に、彼は追いついた。

 馬の扱いに慣れ、手綱さばきもみごとなものだった。

 烈は感心した。

「あんたは馬に乗るんだね」

 かなりの速度で駆けてきたのに、栄春は息ひとつ乱れていない。

 彼は飄々と言った。

「乗馬だけでなく、力仕事でも武芸のお相手でも大抵のことはこなします。女人のいかなる要求にも応えてこその美的宦官ですから」

「へえ~努力しているんだ」

「逞しさや頼りがいを求められることもありますしね。美しさにあぐらをかいていては、この世界では生き残れません」

「ふーん」

 と気のない返事をしつつも、烈はますます彼が気に入った。


 森は散策が楽しめるように整備され、石畳の小路が続いている。

 栄春は烈の隣に並ぶことはなく、下僕の立場をわきまえて少し後をついてくる。会話には支障がない絶妙な距離を保っていた。

 木漏れ日の下、馬に常歩(なみあし)させながら進むと、栄春の方から話しかけてきた。

「それにしても、皇后さまのいらっしゃる霓龍殿に異動できてよかったです。外廷にいた時は、男たちの妬み嫉みで気が休まる暇もありませんでしたから。とかく目の敵にされて大変でした」

「だろうね~。私が男だったら、あんたのツラの皮を剥がして自分の顔に貼りつけようかと思うもの。それくらいあんたはきれいだよ」

「……物騒すぎるお褒めの言葉をありがとうございます。顔の皮膚だけ奪っても仕方ないと思いますけどね。骨格からして違うわけですし」

 微苦笑する栄春に、烈もからからと笑った。

「それもそうだね」


 ひとしきり笑うと、烈は冗談めかして言った。

「ヤバいね。あんたはガチだよ。結婚する前にあんたに出会っていたら、たぶん惚れてた」

 栄春はすっと目を細めた。

「皇后さまは随分と率直な物言いをなさる。それでは駆け引きになりませんね。戦う前から負けです」

「私が負け? まさか」

「武勇はともかく、恋愛においては負けです。でも、今から惚れてくださってもよいのですよ」

 烈は馬を止め、栄春をまじまじと見た。

 彼は烈の視線に怯むことなく、正面から受け止めた。

 口元に蠱惑的な笑みを浮かべている。あやういものがあった。

「主上も今は毎晩皇后さまの元へお通いになっているとか。ですが、なにぶんお若い……。ご自分の想いを遂げようとなさるあまり、先走って物足りないときもあるでしょう。皇后さまがお望みなら、私がいつでもお慰めいたしますよ」

 それは遠回しながらも、あからさまな誘惑だった。不倫への熱い導線、背徳のよろめきがあった。


 烈は蛮勇の血が疼くのを感じた。栄春の言葉に、心乱されないこともなかった。

 北に、こういう男はいなかった。美しくて優雅だが、こうもさっぱりとして男らしいのは……。

 彼はまさに烈の理想そのものである。

「やっぱり枕もやるんだ」

「それはまあ……そういう仕事ですし。八歳のころからこの稼業ですので」

「八歳……プロだ」

「女に求められれば男になり、男に求められれば女になる。それが宦官道というものです」

「器用だね~」

「ま、チョン切られた勢には男芸者と蔑まれますが、その通りですので」

 己の生業に恥じ入る風はなく、何の屈託も見せずに彼は言った。


 烈は、小路をそれた薄暗い茂みの方を見やった。

 もし独身だったならと考えれば、口悔しい気持ちも……あるようなないような。

 完全フリーだったら、速攻で彼を木々の奥へ引きずり込んだかもしれない……。

 と益体のないことをぼんやり夢想するが、同時にどこか牽制じみた、踏みとどまらなくてはいけない戒めのようなものも感じた。

 現実の烈は背後の男によろめかなかった。

 彼女は面食いで普通にイケメンが好きだった。けれど、恋に恋する恋愛脳ではなかった。


 勿体ない気がしつつも、烈はきっぱりと言った。

「あんたはめちゃくちゃタイプでいい男だけど……枕は遠慮しとく。私は舜と結婚しちゃったし、舜の子を産まなくちゃいけないから」

 少しして、栄春はしごく残念そうに言った。

「意外と身持ちが固くていらっしゃる。主上に操を立てておられるのですか」

「そういうわけでもないけど」

「ではなぜ?」

 烈は小首を傾げて考えた。

「うーん。なんだろ。義理、かな」

「義理?」

「暁に来て、皇后になって、毎日ゴージャスな生活ができるのは一応にも舜のおかげだしさ。物足りないこともあるけど、ここはね、義理ってやつを立てないと。北では、そういうのが大事だから」

「めちゃくちゃタイプでいい男の私によろめかないのが、主上への義理を果たすことになるのですか」

 そう言われると自信がなくなるくらいには、栄春の美は圧倒的である。

 女でなくとも、国の二つや三つを傾けそうな破壊力か魔力めいたものがある。


 烈は無意識のうちに、あぶみに乗せた足で踏ん張った。

「たぶんね。私は貞操とかは本当にどうでもいいんだけど、義理がたい人間だと思われたいんだよね。今はカタギになったけど、任侠の娘だし」

「……なるほど。しかし、皇后さまが義理を果たしても、主上が誠実であるとは限りませんよ」

「舜が?」

 栄春は神妙な顔をして頷いた。

「本来、後宮は皇帝一人に多くの女人がかしずくところです。ここにいる女人は女官も婢も、すべて主上のものなのです。下品な言い方ですが、女は毎日漁り放題、獲り放題なのですよ。皇后さまが真心を尽くしても、いつか裏切られる日が来るかもしれませんよ」

「舜が浮気……? 想像できないけどなあ」

 烈は信じられない気持ちで腕を組んだ。

「あまり大きな声では言えませんが、前の皇后さまも、先帝の浮気には随分悩まされたとか。挙句の果てに先帝と無理心中をはかり、お手討ちになったと聞きます」

「何それ。こわっ」

 男女のドロ沼の愛憎劇は、後宮においては通常営業ではあるが……それでも心中だの死人が出たというのは物騒極まりない。

 烈は、森の清涼な空気が急に粘っこくドロドロとしたものに変わったような気さえした。

「主上は先帝の御子ですし、兄君さまたちも相当にアレでしたし……。浮気の虫は確実に遺伝しているかと」

 栄春は意味深に呟くと、それ以上は差し控えるように口をつぐんだ。


 烈は気を取り直して言った。

「とにかく、今は浮気とか背徳のよろめきとか、そういうのはいいから。話はしたかったけど、あんたとどっかにしけこむ気はないから」

「わかりました」

 栄春は声を沈ませながらも、あっさりと引き下がった。

 その恬淡としつつも、どこか寂しげな風情に、烈は後ろ髪を引かれないこともなかった。

 表情から声までなんとも心憎い仕草をするが、けして出しゃばってはこない。

 戦う土俵は違うものの、これは強い……。

 烈は未練を感じつつも、肩をそびやかして言った。

「でも、たまには二人でデートしよう」

「それはもう喜んで」


 こうして、烈は新婚早々の浮気を思いとどまり、美的宦官の栄春と涼鴛は、霓龍殿に(へや)を賜って暮らすようになった。


 栄春、このたぐいまれに美しい魅惑の男が、のちのち舜との大喧嘩の火種になることを、今の烈は知るよしもなかった――。



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