第14話 烈女、新たな舎弟を増やしつつ、ゴージャスライフを満喫する②
酪茶を飲み終わると、お茶くみがそわそわしながら言った。
「あの……皇后さま。お代わりはいかがですか」
「ん、もういいよ」
「でしたら……」
期待をこめた含みのある声に、烈はツンと顔をあげ気前よく言った。
「いいよ、みんなで飲んじゃって~」
「わーい、ゴチになりまーす!」
お茶くみをはじめ若い侍女たちはキャッキャとはしゃぎ、釜の周囲に集まると我先にと残った茶を汲み始めた。
下僕には滅多に味わえないスペシャルな高級茶である。
はしたないと叱られようとも、このチャンスを逃す手はない。
貴人の食べ残し、飲み残しは下賜という形ですべて側仕えの女官や宦官の腹に入る。
最初から残るように多めに作り、主人の機嫌がよい時を狙ってねだるのが常套だった。
とはいえ、従僕の数が多いので下賜の恩恵に預かれるものはほんのわずかである。
残り物であっても、現場はどつき、どつかれの大争奪戦であった。
浮かれ騒ぐ後輩たちに、中堅どころの女官たちは顔色を変えた。
彼女たちは、これまでは外廷に勤めており、今回後宮へ異動してきたベテラン勢である。
若い後輩たちの、立場をわきまえない軽率な振る舞いは到底許せるものではなかった。
数人が、烈のもとへにじり寄った。
「皇后さま、あんまりでございます。私どもの方が長らく宗室にお仕えしておりますのに、あんな右も左もわからない新入りのクソアマどもを幸せられるなど……! せっかくの恩寵なれども、あの者たちに高雅な茶の味などわかりませぬ。茶ではなく雨水でも飲ませておけばよいのです」
と嫉妬丸出しで訴えた。
すると、お茶くみがカチンときたのか、振り返って吠えた。
「ああ? 人生が出がらしのお局がうっせえわ。アタイらは皇后さまのお気に入りの最側近なんだよ。無駄に歳だけ食った使えねえババアはお呼びじゃねんだよ」
「……ババア?」
年功序列ガン無視の暴言に、お局もたまらずキレた。
「乳くせえ若造が何言ってんだ。今はこの世の春でキャッキャウフフと若ぶっていても、お前もいつかババアになるんだよ。ババアを笑うものはババアに泣くんだよ。ろくに仕事もできねえくせに、調子こいてんじゃねえ。お前が飲んでる茶に、腐ったレモンと雑巾のしぼり汁入れたろかゴラァ!」
「んだと、クソババアが! この就職氷河期に倍率五百倍を勝ち抜いて宮城に就職できた、アタイのヤングと美貌とコネとカネの力を舐めんなよ」
あわやヤカラ同士の掴み合いの修羅場、乱闘になりかけては烈も放ってはおけない。
「こーら、だめ! 喝!」
一応にも声を張り上げ、混乱する場を制した。
女たちは、慌ててその場にひれ伏した。
「も~私を取り合って争わないでよ」
烈の叱責に、お局が年長者らしく詫びた。
「申し訳ありません、皇后さま。生意気な後輩をしばく……ではなく教育的指導する場を間違えておりました。こちらではなく厠の裏にでも呼び出して、ボコボコにすべきでした。どうか平にお許しを」
「ていうか、そんなに酪茶が飲みたいなら、新しく淹れ直して飲んでいいからさ」
「こ、皇后さま……。なんとお優しい」
女たちは老いも若きも烈の大盤振る舞いに感激し、目を潤ませた。
なんなんだこの方は……。
あまりにも慈悲深く、気前がよすぎる。
さすが仁獣の麒麟に愛され、従える御方だと感動すら覚えた。
烈は細かいことは気にしなかった。
従僕にいくら茶を下賜しようとも、痛くもかゆくもない。
どうせすべて舜の稼ぎ、旦那の金である。
「新入りもお局も、ここではみんな私の舎弟なんだからさ。同じ家来同士、うまくやってよね」
と真面目な顔で諭した。
配下の諍いに困った風を装ってはいるが、内心では愉快でたまらない。
下僕たちが自分の寵愛を競って争い、いがみ合う……。
それも茶一杯を取り合って、殴り合いも辞さないアグレッシブな構えである。
それもこれも、皇后がもつ権力のためなのか。
ああ、権力とは……なんと甘い蜜なのか。
場を収めた烈は、午前中は侍女たちを相手に遊んだ。
気ままに遊び、腹が空いたら食事をし、疲れたら昼寝をする……はずだったが、実は遊んでばかりもいられなかった。
昼間の霓龍殿は来客が多く、その応対をしなくてはいけなかった。
客の目当ては烈ではなく、霓龍殿で放し飼いにされているアルパカである。
神獣・麒麟を拝み奉り、ご利益にあやかりたいと思って参るのだが、後宮を統べる女主人に挨拶しないわけにはいかないし、挨拶するのに手ぶらで訪ねるわけにもいかない。
なので、まずは進物を捧げ持って、皇后に謁見を申し出るのである。
挨拶のあとで、庭にいるアルパカへ詣でる。
お触りは厳禁なため、少し離れたところから祈りを捧げ、供物や賽銭を捧げ、浄財になることを願って形代の人形やとっておきの呪物を置いてゆく。
客が帰ったあと、宦官がせっせと供物や迷惑なゴミを回収してまわる。
今日も自分に会いたがる客が列を成していると聞いて、烈は悠々と接見の間へ入った。
客たちは高座に腰を下ろした烈に平伏し、都では手に入りにくい珍品や宝物を差し出した。
新皇后は動物好きという噂が広まっており、愛玩動物を持ってくる者もいた。
成金の一人が、「外来の、世にも珍しい生きものを献上いたします」と言って、おもむろに竹籠の蓋を開けた。
中から黒茶白のまだらな模様を持つ太った猫を取り出した。
猫はやたら目つきが悪く、額には十字傷もあってふてぶてしい面構えだった。
警戒心が強いのか、成金の腕の中でしきりに暴れた。
「これは蓬莱特産の三毛猫でございます。特に雄が希少で高価なのですが、見つからないのでそこらへんにいた野良の雌をパクってきました。サーセン」
「女の子でもいいよ~。かわいいし」
と烈は機嫌よく言い、猫に向かって軽く手招きした。
成金がそばにやろうとしたが、猫は成金の手を引っ掻き、腕から飛び降りた。
「舐めんなよ、人間風情が」とでも言いたげにシャーと毛を逆立てると、烈に向かって激しく威嚇した。
この三毛猫、実は蓬莱の三毛猫界では知らない者はない、無敵の豪傑猫であった。
かの地では三百匹ほどの舎弟猫をたばね、絶対王者として君臨していたのである。
金儲けを企む人間たちに捕まってしまい、暁へ運ばれてきたが、王としての誇りは失っていなかった。
こんちくしょうな人間になぞ決してなびかぬ、相討ちになっても倒すと心に決めていた。
「も、申し訳ございません。皇后さまにとんだご無礼を。少々ヤンチャな猫でして、今は機嫌が悪いようです」
慌てふためく成金は気にせず、烈はしきりにオラつく三毛猫をじっと見つめた。
ここは、誰が主人なのかわからせないといけない。
はっと気合を入れると、総身から気を発した。
「フギャ?」
三毛猫は烈の闘気を浴びてすくみ上がった。
スピリチュアル大宇宙に飛ばされるまでもなく、畜生の本能で瞬時に理解した。
こ、こいつには勝てねえ……。
今は昔、三毛猫界の大物、ニャンの絶対王者ありけり。
されど、かつての栄光は光陰矢のごとく過ぎ去りて、諸行無常の響きあり、祇園精舎の鐘の音がキンコンカーン……。
三毛猫は潔く敗北を悟った。
――我は威圧で敗北せしが、目の前の魔界の女に逆らって、異国の地で残光の命を散らすこともあるまい……。
服従の証に、その場に仰向けに転がると腹を見せた。
今度はゴロゴロと喉を鳴らし、ニャーンとかわいく鳴いてしきりに媚び始めた。すっかり借りてきた猫である。
「わかりゃいいのよ、わかりゃ」
ヤンキー猫を屈服させた烈は余裕の笑みを浮かべ、新たな舎弟を受け入れた。




