第百話 黄泉からの人形劇 其の一
「どう? 今回は面白い子達を連れてきたわ」
クークラはそう言いながら二体の人形の胸部を触る。以前パペットと呼ばれている個体とは違い、あまり人間を再現してはおらずに金属のボディが所々露見していた。
「こっちが『炎』、こっちが『水』の力を使うの。それぞれ私が作った機体の中ではかなりの古株。対として設計した戦闘用機体よ。この日のためにアップデートを繰り返して最大出力だけならばパペットにも負けず劣らずの性能に進化したの!」
クークラは早口で説明をする。
「ああ……そうか。分かったよ」
俺はクークラの長く早い解説を雑にあしらい、自身の置かれている状況について考える。俺はつい先程までユリィの元にいた。それは間違いない。だが、今立っている場所は俺の記憶が間違っていなければ都市群の光景だ。直線距離にしてもとてつもない距離が離れて……いる。
その時、俺の頭には三日前のある会話が鮮明に再生された。
「最悪此処……都市群の方に何かあったら綾乃の奴に私達を召喚させるとするか」
確かに先生がそう言っていた。確かに以前北海道に行った時も似た感覚に陥った。瞬きをする間に別の地に飛ばされる。そんな現象は彼女及び同一の力を持つ『召喚』の能力者以外には成せないだろう。
ただ、召喚だとするならば何故この場には俺一人しかいないのだろうか。いや、俺以外の四人も都市群にはいる。それは感じ取れる。何より先生は神話種だ。そんな強大な存在は近くにいれば何となくだが感じ取れる。
疑問があるとするならば召喚の座標が同じではないということだ。以前北海道へと向かった際、三人同時に召喚を行ったのだがその時は今回のように別々の場所に飛ばされたりは無かった。
「須藤が能力のコントロールを失っている……? それとも何か他に……」
「君さ……私が折角一生懸命自分の自信作について説明してあげてるんだから聞き流すのは良く無いと思うよ?」
「ん……ああ、悪かった。炎と水だろ? 聞いてるよ」
俺は彼女の悔しそうな顔を見てため息を吐く。
「一応確認だが……何故この街を巻き込んだ。お前達βの神降ろしにとって必要な行為だったのか?」
「………何で外部の君が知ってるのかしら? 君、初対面の時からそうだけど、異様にβに詳しいわよね。必要な行為だったのか………そういう台詞、気に入らないわ。勝ち誇った質問は私から勝利をもぎ取った後に言って欲しいわ」
神降ろしという単語が出たからだろうか。一気に彼女から感じられた愉悦が冷酷な表情へと変わる。
「それもそうだな……クークラ、今度こそ正面からお前に勝たせて貰おう」
「前回の戦いをもう忘れたのかしら? 所詮は私の情けで勝ちを譲ったのよ。三日で私に勝てるほど成長したとでも? あり得ないわね。何ならまだあの時の傷が残ってるんじゃない?」
クークラの発言は実際のところ的を得ていた。『天使』による浄化を受けれない俺にとってはすぐに怪我を治す方法なんて殆どない。更なる懸念事項として、この場にいない他の皆も心配だ。今の俺は実際にコンディションとしては最悪だろう。
「さあな。それじゃ、始めるか」
「行くわよ、プラーミャ、ヴァダー。彼が尽きるまで戦いなさい!」
クークラがそう告げた直後、背後に控えた二体の人形。その胸部を中心に生え巡る管が輝き始める。一体は赤く。もう一体は青く。気配が変わった。二機から感じられた能力の気配が一気に別物に変わったようだった。
三日前と違い現在の俺にはあの人形の停止方法を知っているというアドバンテージがある。あの胸部。そこに恐らく人形を動かすための能力結晶がある筈だ。その弱点を人形から引き剥がせばクークラといえどもコントロールを失うだろう。そして俺は二体の人形を制圧した後のクークラ戦のために体力を温存し、コンパクトに戦わねばならない。
「なっ……危っ!」
「戦闘中に考え事は良くないわよ?」
片方の人形の身体中から炎が噴き出る。炎は俺の頬を掠めた。
「……何だそれ。人間の能力者と碌に変わらないじゃないか」
「そうよ。パペットとは違ってこの二体は能力結晶から力を引き出せる構造になってるの。まあ、それも制限時間はあるし、あの子はまた別の切り札を持ってたんだけどね」
「ペラペラと………人形任せでっ……お前は余裕ってか?」
とは言え実際余裕なのだろう。クークラ本人が何もしなくとも奴の操作する人形だけで俺は手一杯だ。
「制限時間って言ったな。今ちょうど二分程度………その人形は、一体何分動けるんだ?」
「………さあ。何分凌げばいいのかしらね、光君。動き……鈍ってるわよ?」
「はっ…………っ!」
眼前に突如巨大な拳が現れる。いや、と言うよりも会話に集中してしまっていた。プラーミャの炎を纏った拳が右肩に直撃する。
「かっ……はっ!」
「まずは一撃。あと何発当てれるかな?三分経過………あと二分」
パペットと同じだ。一撃が重たい。骨はイカれてないが火傷が酷いな。
「光君! 今のでダウン? それはないでしょう?」
「……気が散る」
体力を節約している余裕なんて無いな。能力をフル回転させてこの二体を倒す。動きの鈍らない鋼の塊の攻撃を全て回避し、それぞれに致命打を与える。下手な能力者二人を相手にするよりも相当厄介だ。クークラ戦のことなんて想定してられない。
「出し惜しみは出来ない、発動だ」
パペットのボディで実験を繰り返した結果、出力を上げて細く収束させた一本ならばあの鋼のボディを貫通出来ることが分かっている。
「イメージだ………イメージしろ。全ての出力を……一本に!」
「あら? やっと能力解禁? ここまで長かったわね。それで、貴方の能力、反射だったかしら? それで何が出来るの?」
好都合だ。クークラは俺の能力について曖昧にしか知らない。以前の戦闘時も俺は殆ど能力を見せていない。反射はただ能力の応用、メインは光の操作。
知られていないということは不意打ちが通る。動力源である結晶を貫けば奴は恐らく停止する。
「行くぞ、クークラ」
「効かないわよ。所詮反射なんて能力じゃあ何も出来ないでしょ?」
「弱点は胸部だろ? 光槍!」
俺の指先が光り、稲妻が迸る。
「ちょっ! 嘘嘘、何その出力!」
指先から細い光の槍が飛び出す。その槍は炎を纏った個体、プラーミャの胸部を貫いた。その後、少し遅れてバチバチと電気が漏れ出るような音が鳴り響く。
「うっそ何それ! 反射じゃあなかったの? いや……もしかして『光』?」
プラーミャは身体制御を失い、炎が暴走したかのように噴き出した。
「え、え? え? バグった? 何よその挙動は! デバッグではそんな動きしなかったのに………まさか結晶を? でもそんな……一撃で………あり得ない!」
「もう少し……せめてクークラ。お前と直接戦うまでは隠し通そうと思ってたんだが、無理だったか………お前も言ったように、俺の能力は『光』だ」
これで二対一。ただフェイクによる不意打ちというカードはたった今切ってしまった。それに俺が討伐方法を知っていることも勘付かれただろう。碌に手札は無い。それにヴァダーと呼ばれた機体の能力も判明していない。今の俺にこの鉄塊共を討てるだろうか。
「はぁ、作戦変更。ヴァダー、一人で彼を相手しなさい。私にはやることが残ってるから」
「どうした? 逃げんのか?」
「違うわ。貴方を認めてるってだけよ。やることが残ってるってのはホント。だからこれ以上貴方に時間を割きたくないの。それじゃあね。また会いましょ」
クークラはその場にヴァダーと呼ばれた機体を残して走り出す。盛大に能力を使ったばかりの俺には到底追えないスピードで走り出す。
「あいつ……本当に逃げやがった。残されたのはここまで一切能力を使わなかった木偶の坊だけか。ヴァダーとやら? ご主人は逃げたぞ?」
機械に何を言っても無駄。だからこそ戦いはすぐに再開した。ヴァダーの青い光は一層深く濃い青へと変化する。
ピピピと電子音が鳴る。そして次の瞬間、ヴァダーの胸部、そして腕から大量の水が湧き出る。水と言う表現では甘い、津波とも呼べる規模。
「なっ………あいつの能力は水! くっ」
先程のプラーミャの炎とは比にならなかった。とてつもない出力で水は放たれ続ける。水圧とは恐ろしい物で俺の体なんてすぐに制御を失う。
「はぁ、はぁ。こ、これは……水が形を?」
大量に放たれた水は少しずつ球体を作り出していた。俺を中に閉じ込めながら少しずつ完全な球体を形成する。そして球体を成した水に対して俺は呼吸すらもままならずに行動を制限された。
「んっ………ぐっ!」
息が出来ない。どうすればこの状況を脱することが出来る? 思考を働かせようにも酸素が足りない。奴の稼働時間は何分だ? 今戦い始めてから何分が経った? 思考が纏まらない。
「くっ………がはっ!」
口から泡が溢れる。俺の脳内が死という一文字を反芻し始めた時、ふっと水の支配が緩む気配を感じ取る。次の瞬間、能力によって形成されていた水の球体は崩壊。俺は完全に解放された。
「はぁ、はぁ、ゴホッ。な……何だ? ああ……稼働時間が過ぎたのか………はぁ、奴を追わないと」
幸いだった。あと一分でも遅ければ確実に意識を失っていただろう。俺はゆっくりと体に力を入れて歩き出す。クークラが走っていった方向へと意識を飛ばす。巨大な気配だった。とても一人や二人の能力者どころの話では無い。何か恐ろしく大きな物の気配。そこに向かい歩みを進める。
「あ、ヴァダーとプラーミャ………あれ、何で」
ヴァダーとプラーミャ、両機とも胸部の能力結晶がヒビ割れていた。プラーミャは明自身の手で破壊したため理解は出来るが、ヴァダーの結晶が割れたことに心当たりは無かった。
「何で……出力の上げすぎ? いや……クークラは戦う前にこの二体の胸を叩いていた」
結晶を割ることで短時間だけ出力を上げる。そんな手法は聞いたことがない。いや、一度だけ……それもつい最近に似た技術を聞いた気がする。
「これがエピファニー……なのか?」
詳しくは聞いていない。ただ乃亜とユリィの話に少しだけ登場した単語。能力を活性化させる技術だと聞いている。乃亜は胸を叩かせた変態だとか騒いでいたから間に受けていなかったが、クークラは実際に胸……つまり結晶を叩いていた。
「制限時間のある技術……能力の活性化か。発動条件は能力結晶にヒビが入る程の力で叩く。こんなもんか?」
そんな簡単な条件なのだろうか。そもそも結晶にヒビが入るだなんてとても安全とは思えない。何か大きなデメリットがある筈。
そんなことで頭を悩ませていた時、視界がぐらりと揺れる。そして目の前の人形がぼやけて二重に見える。
「ああ、無茶し過ぎた……か。クークラを追わなきゃなのに。少し………やす……む」
俺の瞼はすぐに落ち、体は崩れる。そして少しずつ意識が無くなるのだった。




