第百一話 黄泉からの人形劇 其のニ
目を開いたら知らない荒野だった。いや、そんなことはない。見覚えのある建物。見覚えのある看板。あれは先生の仕事の手伝いをしてた時によく寄っていたハンバーガーのチェーン店。店内の構造までしっかり覚えてる。
「何で……燃えてるの」
それだけでは無かった。見覚えのある街並み、そして目前に聳える高層ビル。そうだ。間違いなくここは関西都市群だ。
「何で……ユリィさんは………というか他の皆は」
呆気に取られていた。それに動こうとしても足が動かなかった。脳が理解不能な現実を拒んでいるかのように。
至る所で建物が崩れ、燃えている。住民はどうなったのだろう。
「……ああ、よ、良かった。呼べた………乃亜さん」
「え、あなたは誰?」
「須藤綾乃です。はあ、美蘭さんに皆さんの写真を見せてもらっていて良かった」
「す……どう、先生が言ってた名前。ねえ綾乃さん………ここは? 一体何が起きてるんですか?」
眼前に立つその女に縋るように聞く。
「と、突然呼び出してすみません。美蘭さんを含めて他の皆さんも呼び戻してあります。簡潔に説明します。突然何者かが都市群を襲撃してきたんです」
綾乃さんは焦った表情を見せながらも説明口調になる。
「敵は途方もない数で、美蘭さんに協力する能力者の方々やβの襲撃から生き延びた能力専門学校の教職員が応戦しました。で、ですが、敵の数に押されて皆さん散り散りに。私も間一髪で逃げながら能力を使いました」
綾乃の顔はみるみる暗くなる。
「その……『召喚』の力ならば私達は一箇所に呼び出されるのではないんですか?」
「そ、その。それについてはすみません。私自身無意識のうちに焦っていたのでしょうね。座標がバラバラになってしまいました。も、申し訳ありません」
綾乃さんはこちらを向いて頭を下げる。
「いや、その、謝って欲しいんじゃ………むしろありがとうございます。私達を呼び出してくれて。綾乃さんがいなかったら何も知らないうちにこの街が無くなってしまうところでした。感謝しています」
「そ、そうですか。ですが、まだ敵は大量に残っています。それに少しだけ敵の姿を見ましたが誰もが生気のないような目をしていて、ま、まるで人形のように動かされてるみたいで……とても今から勝てるとは……ああ」
綾乃さんは少しパニックになっている。戦闘向きの力ではないけれど自分が彼女を守らなければ。
「綾乃さん、安心してください。私があなたを守りますから。それに先生だっているんです。きっと勝てますよ」
「確かに……美蘭さんの力は偉大です。それに……そうですね。ネガティブになり過ぎていたかもしれません。呼び出した他の皆さんの位置は掴んでいます。まずは合流しましょうか」
「綾乃さんって……結構しっかりしてるのね」
今の今まで焦って暗くなっていた人間にはとても見えなかった。
「これでも何年も前から美蘭さんに雇われてますから。移動役としてですが……非常事態にはかなり慣れましたよ」
とほほと声が聞こえそうな哀愁漂う表情で話す綾乃さん。
「それじゃあ……あのさ、綾乃さん。敬語やめても良い?」
「……ふふっ、奇遇ですね。私もそう言おうかと思ってました。乃亜ちゃん」
「そ、そう。ありがとう。行くわよ、綾乃」
突拍子もない発言に一瞬呆気に取られた綾乃と何とも言えない空気感に苦しむ乃亜。そんな二人の近くには一つの影が近づいていた。
「ありゃりゃ、まだ残ってるじゃん能力者。人形がこの辺の能力者は全部片付けちゃったのかと思ってた」
突然の気配だった。何も感じ取れなかった。
「なっ! 誰!」
「おおっと、二人とも女の子か。可愛いね。ならばちゃんと名乗らないと。コホン、βって知ってる? 私の所属している組織。序列ってのがあってさ、私は第七位、蛍。よろしくね」
特徴的な緑の目、そして銀色の短髪に紫のメッシュが入っている。
「な、七位? 冗談でしょ」
「おっと……βを知ってるんだ。それは可愛い子相手でも流石に警戒しちゃうかも。で、どうする? 君達二人くらいなら見逃してあげても良いよ? 女の子だしね」
余裕があると言うべきか。蛍はどこか飄々とした雰囲気を崩さないどころか見逃すとまで言った。
「それ……他の能力者はどうするのよ」
「ん? まあ、やっちゃうかな。最低でも『運命』は貰っていくよ。ノルマだしね」
「………そう。なら私がここで退く訳にはいかないわね。ここでアンタを倒しきるわ」
そう言った途端、蛍から放たれる気配はまるで別物へと変貌した。
「ふーん。勝てると思ってるんだ。女の子を傷つけたくはないんだけど……これもまた仕方ないか。良いよ、やろうか!」
蛍は掌を合わせて目を閉じ距離を取る。その一連の動作でさえ一切の隙を見せない。
「綾乃……能力の再使用までにどれだけ掛かる?」
背後にいる綾乃に耳打ちする。
「正直……今日はかなり走ったし能力も使ったから三十分は休憩しないと碌に発動してくれないと思う。ごめん乃亜ちゃん、私の能力で美蘭さん達を集めるのは期待しないで」
「分かった。ありがとう」
助っ人は無い。たったの一人で、戦闘向きでない能力で序列の七位に打ち勝たなければいけない。
「随分と無理難題じゃない………いいわ、受けて立つ」
再び蛍に向き合った時、彼女も何やら準備が終わったようだった。
「………やろっか。どれだけ私に抗えるかな?」
蛍の目の周りには大きな紫色の隈、というより紋様が浮き出ていた。
「それじゃ……やるよ?」
「そう何度も確認しなくたって……消えっ!」
元々蛍が立っていた位置には姿は無かった。次に彼女からの声が聞こえたのは、私の耳元からだった。
「………ごめんね」
そう言って蛍は私の腹部に触れた。殴るでもなく切り裂くでもなく触れただけ。
「何を…………あがっ!」
間違いなく蛍は触れただけだったのに私のお腹には鋭い刃に斬られたかのような激痛が走った。
「な、何がっ……え」
服を捲った瞬間、理解した。蛍の手の形に赤黒い痣が出来ていた。そしてその周りにまるで蜘蛛の巣のように血管が浮き出て脈打っていた。
「…………毒?」
「正解。本当は君みたいな可愛い子には能力を使いたく無かったんだけどね。でも、ここで手加減したらさっきの君の覚悟に泥を塗ることになる。手加減しないよ」
蛍は笑みを浮かべながらもその奥底からは闇が垣間見えていた。
「は……はあっ! ぐうぅっ!」
「痛いでしょ。降参するならその毒抜いてあげる。私の能力の中でもかなり弱い方とは言え放置すれば、死ぬよ」
「だ、誰が降参なんて!」
私の手は無意識のうちに胸へと動いていた。デメリットは聞いてないけど、あの力に託すしか無い。彼が、ユリィさんが私に見せた異次元な力に。
「あれ、もしかして君……うっそでしょ! 使うんだ!」
蛍の顔に驚愕の色が浮かぶ。
「綾乃! 離れてて。絶対勝つから!」
「………乃亜ちゃん、一体何を」
「能力の……活性化!」
そして私は自分の胸、心臓のある場所を強く叩く。やり方がこれで本当に合っているかも分からない。だけど行けると確信があった。
ピシリと、私にしか聞こえないであろう音が聞こえた。そして胸が熱くなる。成功したのだろうか。
「まさかまさか、ごめんね。君にその技を使うまでの覚悟があったなんて。正直舐めてた。全力で相手してあげるよ」
蛍はこちらを再び掌を合わせて目を閉じる。
「………知ってるんだ、エピファニー。ああ、何でだろう。体が軽いや。頭がさっぱりしたって言うのかな」
私の口から無意識的に言葉が紡がれていた。意識だけが浮いてるかのような、自分が自分では無いような。そんな不思議な経験だ。
「今度はさっきよりも速いよ?」
再び目の前から蛍が消えようとする。だが今度は蛍の動きが見えた。全ての動きがスローに見えた。
「……左後ろ」
蛍が再び背後に回る。そしてまた私に触れようとした瞬間、ナイフを生み出しその場所に投げる。
「わっ! 危なっ……やっぱ見えてるか。どうしたもんかな」
蛍の笑みは僅かに崩れ始め、その顔には一筋の汗が伝っていた。
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活性化、彼女はエピファニーとも呼んでた。多聞からは使うなって釘を刺されてたけど……これ程までとは。私の動きが全て見切られてる。その上的確な瞬間に反撃までこなす。多聞も弱点くらい教えてくれれば良かったのに。
「ああ……蛍、アンタ弱いわね」
「これも読むの? ははっ……未来でも見えてるの?」
正直βの中でも機動力には結構自信があったんだけどなあ。こんな可愛い子に言われると結構心折れる。
「仕方ないか。あんま使いたく無かったけど……やるか」
掌を合わせる。
『毒』私の能力はその名前の通りにただ毒を生み出し、そして操るシンプルな物。想像さえ出来てしまえば麻痺毒なんかも自由自在だ。ただ、能力を使う前にはこうやって掌を合わせて調合しなければならない。一度に使える量も調合した分だけ。
「そんなもの? なら今度はこっちから行くわ!」
乃亜の手には途方もない数のナイフが握られていた。そしてその一つ一つを私が避けようとする場所を読んで的確に投げてくる。
「はあっ、はあっ、まだこっちは調合中だってのに」
最初に入れた毒はもう効いてない、というよりもアドレナリンで一時的に効きが薄まってるのかな。
「知らないわよ! そんなことよりさっさと喰らいなさい!」
「自分から投げナイフに当たる人はいないと思うな……よし、出来た」
合わせていた両手を離す。目の周りには紫色の隈が更に広がる。この隈があるうちは毒のストックが残っていると言うこと。この隈が消えたら再び調合しなければならない。でも今の彼女の前で調合の隙は大きすぎる。なるべく今作った毒で仕留めたい。
「ごめんね……これで終わって」
私は強く息を吐き出した。
「なっ! これは……これも毒?」
彼女ならば気付くだろう。だが一度でも吸ったら終わりだ。そして、
「はあ、吸っちゃったね」
私の顔には露骨に悲しみが浮かんでいたことだろう。これでこの子の命は終わりだなんて。
「あっ、があぁっあ! 喉がっ! 肺が焼ける!」
ゲホゲホと咳き込んでいるが、もう遅いのだ。私は先程調合した大量の毒を全て霧状にして吐き出したのだ。その中には麻痺毒も混ざっているため体を動かすことすらも難しいだろう。
「ごめんね。君は強い女の子だった、忘れないよ。最期に……名前を教えてもらっても良いかな? 名を脳に刻み込みたいんだ」
私はゆっくりと歩く。彼女に向かって。もう既に隈は消えてるだろう。だが構うものか。彼女の最期に共にいないで好敵手は名乗れないだろう。
「こひゅっ……かっ、がらだが溶ける、みたい。意識が……薄れっ、ぐううぅ」
「痛いよね。私も痛いよ。本当に心が痛む。ごめんね。だから最期に名前を……」
私は歩みを止めることはない。麻痺毒で毒霧の中から動けない彼女をすぐに抱きしめてやらねば。意識が落ちる前に。
「まっ、まだっ、あああぁ!」
「……嘘、まだ立てるの? それは違うよ………蛮勇は君に相応しくない。可愛いまま死んでくれよ」
私は彼女の元へと辿り着いた。そして腕を大きく広げて彼女を座らせる。
「よく頑張ったね。可愛いよ。君はそのままで………え」
私の胸元には彼女の手が置かれていた。
「まだ……え、もうとっくに力なんて抜けて……」
「………発動、がはっ」
それには彼女の最後の力が全て籠っていた。血を吐きながらも私に最後の攻撃をしたのだ。
「蛮勇……でも無かったね。君に対する認識が間違っていたみたいだ。君は最初から可愛くなんてなかった。ずっと強い女の子だったんだ」
彼女の能力は大抵理解していたつもりだった。ナイフを生み出していたことから何かを作り出す能力。なのに、最後の最後にその能力を忘れていたなんて。
彼女が最後に作り出した物。それは槍だった。その槍は見事に私の心の臓を貫いていた。
「生成の勢いで私と相打ちにするなんて……ここまで君は読んでいたのかな?」
ああ、意識が飛びそうになってきた。
「さ、最後に、この霧だけでも。勝者は私じゃない。彼女なんだ。その体をこれ以上蝕むな。そんなことは許されない」
掌から周囲に滞留していた霧を吸収する。
「ごめんね。君の体の毒も……抜きたいんだけど………そんな力は残されてないみたい。ああ、最期に名前だけでも………聞きたかったな」
薄れゆく意識の中、最後の望みを呟いた私に対し、彼女は無意識なのか手向をプレゼントしてくれた。
「…………乃亜」
僅かに、確かに僅かに口だけが動いた。殆ど瀕死と言っても過言ではないその体で口だけを動かした。
「そ……か。乃亜ちゃ……楽しかったよ」
βとして、人間として私の人生は儚い物だった。
僅かに光り輝き散る蛍のように。ま、最期の好敵手が君で良かったかもね。乃亜ちゃん。君みたいな強い覚悟の子に会えて良かった。
さて、多聞、それに人形。あとは頑張ることね。私はここでリタイア。神降ろしってのも見たかったけど、私はその場にはいられないみたい。心残りがあるとすれば、人形だけど……彼女なら心配いらないか。
それじゃあ、バイバイ。私は爽やかに終わらないとね。
蛍の意識は緩やかに消えるのだった。
ども、親の顔よりみた小指です。後書きなんて久しぶりに書きます。今回は(というよりも最近は毎回)以前よりも長くなってしまいました。が、個人的には乃亜ちゃんの活躍の場を作れて満足です。良きかな良きかな。どうか今後もお付き合い願います。親の顔よりみた小指でした。




