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大英雄の大罪人  作者: 親の顔よりみた小指
第七幕 不良品のドールハウス
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第九十九話 咲き果て散る場の送り主

「先生、一体何の話だ? 急に神って……それに何でユリィがβの事を知ってるんだ?」

 先生とユリィが突然繰り広げた意味の分からない会話を聞いて、俺は咄嗟に口が動いた。


「ま、もう言っても大丈夫か。天城……先代の天使の能力者の遺書にはお前達には見せていなかった四枚目があんだよ。内容はたったの一文。『俺は神の抜け殻だ』ってな殴り書きだった」

「は、はぁ?」

 神という理解不能な非科学的な存在を事実だと告げられ、先生から更に伏せられていた情報を開示され、俺の頭には困惑の波が渦巻いていた。


「私には四枚目の意味が理解できないが……ユリィ、アンタならこの意味が分かるんだろ?」

「全く、何を根拠に言ってるのやら。まあ、私には隠す必要もありませんので……良いでしょう、全てをお話しします」

 ユリィの言葉を俺は思考を後回しにして耳を傾ける。


「第一に、神とは。我々には観測の出来ないどこか別の次元に在住する超常の住人の事を指します。我々を常に観測し、死者を導く。それが神と呼ばれる者の役割でした」

 それを聞いて暗が思わず口を開く。

「そんな………まるで創作物の神そのものじゃないか」

「……信じられないでしょうね。神は基本的に我らの住むこの次元には無関心、不干渉を貫いていましたから。どんな物語にも記録にも残っていないのです」


 ユリィの言葉に一つ引っかかる事があった。

「不干渉を"貫いていた"って……今は違うのか?」

「鋭い勘をお持ちで。その通りです。人類が世界に蔓延る遥かに前から、神はこの星を観測し死者の導き手として在り続けていました。ただ、神はその無限にも等しい時間を過ごした結果、自身の在り方に飽きていたんですよ」


 飽きる。これ程この場にそぐわない単語も多くはないだろう。そう感じるまでにその単語だけ彼の言葉の中で浮いていた。

「神が唯一創作物と違う点がそこです。奴は高尚な精神や人格的な面など持ち合わせていません。飽きる事には飽き、好奇心で生物を弄ろうとする。そんな傍迷惑な存在でした」

 ユリィは長いため息を吐く。


「そして三千年前、神は我々の世界へと降りる術を探していました。自分好みに好き勝手世界を作り変えようと考えたのですよ。ただその方法が無かった。神が圧倒的な存在で在れるのは自身の次元だけ。生命の住む次元には自由に手を出せなかったのです」

 ここまでの話を聞いて、先生以外の人には頭上に分かりやすくハテナが浮かんでいた。


「………分かりやすく説明しましょう。簡単に、神の存在する世界を神界、我々生命の存在する世界を現界と名付けましょう。この二つの世界はお互いに干渉できず、絶妙なバランスを保っています」

 ユリィはどこからか紙とペンを取り出して、二つの円を描く。


「神界の中では神は絶対的な頂点と成っていました。ですか神が頂点なのは自分の世界でだけ。こちらにまではその力は及びません」

 話しながら片方の円から一本の矢印を書くが、その矢印は途中で途切れてしまっていた。


「そこで神は考えました。自身の意思の一部を切り離して現界の人間の中へ注ぎ込んだのです」

 ユリィは現界を現す円に何故か扉のイラストを追加した。


「神の大きな力を一人の人間へと注ぐには数多くの支障が存在しました。そのため成功してもほんの僅かな時間しか現界には滞在出来ませんでした」

 現界の円へと一人の人間のシルエットを書き足してユリィは話続ける。

「そして同時に小さな人という器から溢れたエネルギーによりこの世界は至る所で異常気象に襲われたのです」

 ユリィはシルエットの周りに雷のような絵を描いた。


「この小さな器の中で神に出来ることなど高が知れていました。それこそこの世界に新たな常識を一つ付け足したりする程度が限界のね」

 新たな常識。それは言わずもがな能力のことだろう。少しずつ俺の中で乱雑に置かれた点同士が線で繋がろうとしていた。


「ただ、世界の改変に至った神ですが、その小さな器程度では神界のように思い通りになることはありませんでした。ご存知の通り、能力のある世界は永遠とは続かず二百年程度で自然に元の世界に戻りました」

 ユリィはそう言いながら二つの円を描いた紙を丸めてゴミとして捨ててしまった。


「理解できましたでしょうか? 全て神の退屈凌ぎなのですよ。神にとっては餌を与えた蟻達がどう動くかを観察するかのような。所詮その程度の退屈凌ぎなのです」

 三千年前と三十年前の異常気象。そして能力という超常の力の出現。その全ては神なんていう存在が裏で糸を引いていたのだ。正直未だ現実味は無い話だが、納得しざるを得ないだろう。


 色々と思考を巡らせて俺は口を開く。

「……そうか。つまり神の抜け殻ってのは……」

「はい、三十年前に神が器とした人間の成れの果てでしょうね。神の莫大なエネルギーを最も色濃く受けたのであれば神話種の力が宿るのにも納得が出来ます」

 その神話種というのが、天華の前の天使の能力者ということか。


 一つの事実には納得した。だが、先生とユリィが挙げた名前にはもう一つある。

「それは分かった。だが神だのとβには、一体何の繋がりがあるんだ?」

「β……今はそう名乗っている能力者により構成された組織。彼等の最終目的こそが『神降ろし』……神をこの現界にまで引き摺り下ろすのですよ」

 ユリィは懐かしむように答えた。


「引き摺り下ろす? 互いの世界は干渉出来ないってのはアンタが言ったんだろう? そんな事可能なのか?」

 俺はまず思った疑問を口に出す。

 

「一つだけ僅かに可能性がある方法があります。成功確率など所詮数パーセントでしょうが。真二君はその絵空事を実現させようと画策しているのです」

「真二? 一体誰のことだ?」

 俺はそう言いながら先生の方をふと見るが、どうやら先生にもあまりピンと来ていないようだった。


「天野目真二……今や知る人ぞ知る元研究者という扱いでしょうか? βでは多聞を名乗っている序列一位、βのリーダーですよ。私は一度彼と出会いましてね。能力災害で日本の半分が放棄されて以来初めて人と出会ったものですからそれはそれは長く話しましたよ」

「…………あ、そういやいたな。そんな奴。昔はよくテレビやら新聞やらで名前を聞いたもんだ。ある時を境に全く露出しなくなったが……まさか能力者だったなんてな」

 苗字まで聞いて先生はようやく思い出したらしい。昔を懐かしむように笑みを浮かべる。


「私が彼に話した絵空事。それは、全ての神話種の能力結晶を一箇所に集めるというものです。神の力により不干渉だった二つの世界の扉をこじ開けたのですから、我々でも最も神の力に近いと呼ばれる神話種の操る莫大なエネルギーがあれば扉をこじ開けれるかもしれないと話したのです」

「……それは可能なのか? いや、可能だとしても能力結晶を一箇所に集めるってつまり……」

「はい、同時に能力者を殺すということです」

 ユリィの顔は話すにつれて翳りが増していく。


「私は冗談のつもりだったのですがね。真二君の心には響いたのでしょう。静止しようとする私を切り刻み、この部屋へと磔にし、私の目の前から姿を消しました」

 ユリィは僅かに顔を顰めながら話を続ける。

「これまでの神話種狩りの結果、恐らく彼の手には今現在三つの結晶があります。それが『天使』『時間』『支配』の三つです。『天使』は三十年前、神の器だった天城殿から。『時間』は海外に保管されていた結晶を奪ったのでしょう」

 ユリィは自身が磔とされていた壁を触りながら続ける。


「もう一つの『支配』に関しては……彼自身の能力結晶を利用するのでしょう。何しろ彼自身も神話種なのですから」

「βのリーダーも神話種か。どんどん大きな話になって来たな」

 相手が神話種となれば互角に対抗出来るのは神話種だけ。戦いのレベルがかなり上がることになる。


「βが神降ろしの末に掲げる物こそ神の誅伐。三十年前、再びこの世界に能力を生み出し身勝手を押し通す神の横行を阻止すること。その成就のためβは組織の序列上位者一人一人が途轍もない実力を備えています」

「疑問があるんだが、神を殺すだなんて実際に起きたら世界はどうなるんだ?」

 神を殺し、能力により狂ったこの世界を元通りに戻す。それがβの目的。だが、そんなことが成し遂げられてしまえば、世界の今後は誰が保証するのだろうか。俺はそんな疑問を口にした。


「それは誰にも分かりません。前例のない話ですので。新たな神という存在が現れ、秩序を保つようになるのか。それとも魂は朽ちようがいつまでも放置されるのか。少なくとも神の影響は多大でしょうし、永遠に日常と呼ばれる世界は帰ってこないでしょうね」

「それは……βはそのことを分かっているのか? その多聞って奴には、何か考えがあるのか?」

「どうでしょうか……彼と最後に話したのは四年近く前のことですので。彼がその間に答えを見つけ出したのかも知れません」

 つまりそれ以前は完全なるノープランだったという話になる。


「さて、一通りの情報は伝え切ったので私から皆様に提案がございます」

 ユリィは身なりを少し整えて俺達に向き直った。

「私は無論神殺しなどには反対です。ですが私には一人で真二君を阻止する程の力がありません」

 自身の能力を嘆くようにユリィは拳を握る。


「皆様にβを止めるのを手伝っていただきたい。真二君がβという組織を作り出したのには多かれ少なかれ世界について彼に伝えてしまった私の責任がある。そのため彼等を止める責任が私にはある」

「………いきなりな展開だな。ユリィ、不死のアンタが力不足だって? 確かにβの奴らは強いが、アンタなら勝てそうなもんだけどな」

 先生が言葉を発する。その目には少し困惑の色が混じっているように感じた。


「βの序列上位のメンバーは一人一人に強弱はあれど神話種に近い力を持っています。私一人では役不足でしょう」   

 ユリィは握っていた拳を緩める。

「皆様に私が三千年間培って来た技術を伝授しましょう。例えば、そちらのお嬢さんにも見せた活性化など。いかがでしょう? 皆様は圧倒的な実力が手に入り、私は自分に協力する仲間が手に入る。悪い提案ではないと思います。言うならば、相互にメリットがある。どうでしょう?」

 この瞬間のユリィの瞳はこれまでと違い表裏のない透き通った色だった。


「分かったよ。これだけ説得されたら頷くしかないさ。それに私らだって前からβと戦って来たんだ。これまでとは何ら変わらない。行動に理由が出来たってだけだ。ユリィ、アンタには期待しとくよ」

「ご協力、感謝致します」

 ユリィと先生が言葉を交わす。


「そんじゃあ、これからの話をするか」

「そうですね。それでは私は飲み物の準備を致しますので、暫し席を外させていただきます」

 そうしてユリィは立ち上がり部屋の外へと向かった。

「次こそは四年前の飲み物を出したりはやめてくれよ」

 俺はユリィに対して言葉を掛ける。


 



 次の瞬間。そう本当に一瞬の間だった。瞬きをして瞼を開けた時、ユリィを除く俺達の視界には炎が大きく燃え広がりまさに地獄絵図と化した関西都市群の姿と多くの人間の骸が転がっている光景が映っていた。

「…………え、は、ここは…………」

 俺が状況の呑めないまま周囲に目を向けると、こちらに向かって一人の人影が歩いて来ているのが見えた。

 

 

「あら、やっと見つけた、光君! この前のは準備運動よ。第二ラウンドを始めましょうよ」

 知らない声だった。だが、喋り方、そして雰囲気からすぐに誰が喋っているのかを理解する。

「…………クークラッ!」

「うるさっ……まあ覚えてもらえているようで嬉しいわ。それじゃあ、第二幕の開幕よっ!」

 クークラ、もとい人形は自身の華奢な肩の後ろに控える二体のロボットの胸部を叩く。


 ピシリと小さく音が鳴った直後、人形の身体に管が張り巡らされた。

「さて、どうなるかな?」

 クークラの顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

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