王女の行動
オーランが目を覚ましたのは、城の庭でも私室でもなかった。
背中に当たる柔らかさから、寝台に寝かされていることだけは分かる。
焦点の合わない目を必死で凝らすと、何やら薄暗い天井だけが見えた。
体を動かそうとしたが、どうやら縛られているようでビクともしない。
騎士に捕えられ、牢屋にでも入れられたのだろうか?
仕方がない。
自分はそれだけのことをしたのだから。
父上はさぞ驚いたことだろう。
オセアン兄上や姉上達も話しを聞いて、どう思っただろうか?
いや、どう思うも何も心底呆れただろうな。
家族の顔を思い出し、もう一度目を瞑る。
ふわっと横からいい香りがする。
牢屋には相応しくない柔らかな花の香りだ。
この香りはどこかで嗅いだことがある。
そうだ、私の愛しい人の香りだ。
そう思い、動く首だけを必死で横に向けると、そこには信じられない光景があった。
メアリール?!?
これは夢か? 幻か?
隣にいるのは紛れもないメアリール、その人だ。
メアリールがオーランの隣で、こちらを向いて眠っているのだ。
オーランはぐらぐら回る頭を必死でこらえながら、状況を判断しようと息を整える。
だが、目の前にあるメアリールの寝顔は、なんとも愛らしくずっと見ていたいような心境にさせられる。
一瞬ボ~っと見惚れるものの、いかんいかんと目を瞑る。
「あ~ら、オーランってば起きたの?」
「見つかるまで眠ってくれてたら良かったのに。これじゃあ、縄を解けないじゃない」
聞き覚えのあり過ぎる耳障りな高い声が、足元から聞こえる。
嘘だろうと思いながらも首をそちらに向けると、そこには自分の姉、オデットとオディールが二人並んで、寝台に横たわる自分達を見つめていたのだ。
「……どうして姉上達が……これは、一体……」
頭が混乱し過ぎて何をどう言っていいものか分からないながらも、どうにか状況を確認しようと声を絞り出す。
「ごめんなさいね。縛るつもりはなかったのよ」
オディール姉上がケラケラ笑う。
私は二人の他に人がいないかを確認しようと、動く頭だけを必死で回す。
すると、扉付近に侍女頭と騎士が二人、震えながら俯いていた。
そのまま部屋を確認するが、部屋には一つも窓がなく、どうやら普通の部屋ではないようだった。
「流石オーランね。すぐに状況を確認しようとするなんて。貴方は本当に抜け目がないわ」
オデット姉上が寝台横に来て、私の頭を撫でる。
「どういうつもりですか? こんなことして、冗談ではすまされませんよ」
私は頭を振りオデット姉上の手を振り払うと、キッと睨みつけた。
横ではオディール姉上がニヤニヤ笑いながら「いや~ん、怖い」とふざけた口調で言っている。
「あら、縛り付けているのは悪いと思うけど、オーランはこれを望んでいたのではなくて?」
「は?」
オデット姉上が、私から離れて寝台の横に置いてある椅子に腰かけた。
そして扇を広げて、自分の口元を隠すと上目遣いで私を見つめてきた。
「――私、調べたのよ。その子、メアリール・コルアン公爵令嬢を取り巻く貴方達の感情を」
私はビクッと体を揺らした。
隣で眠る少女に、意識が飛ぶ。
「婚約者であるオリバーがこの子の気を引きたくて、色々と暴れていたのは分かっていたけど、まさか貴方やオセアン兄上までこの子のことを気に入っていたとはね。流石に知らなかったわ」
大げさに溜息を吐いて見せるオデット姉上に、私は眉間に皺を寄せた。
横ではオディール姉上が「本当、趣味悪いわね」と揶揄ってくる。
「……だから、なんだと言うのです? 私もオセアン兄上も、婚約が決まったオリバーとの仲をちゃんと祝福していましたよ」
「だから人が良すぎるのよ、貴方は。オセアン兄上は歳も離れているし、アンリ様もいらっしゃるから手を引かれて当然だけれど、貴方は頑張れば手に入ったでしょうに」
「戦わずして敗者になるなんて、カッコ悪いわよ」
私が兄弟間でもめる気はなかったと言うと、二人は思ってもないことを口にした。
驚く私に、二人は真面目な顔で言い募る。
「例え兄弟でも、欲しいものは争ってでも手に入れないと、一方的に奪われるだけよ。お母様みたいに」
「え?」
突然、母上と言われ私は面食らう。
私の母上、王妃である彼女は体があまり丈夫ではない。
最低限の公務は行うものの、基本的には城の端にある離宮に引きこもっている。
私達子供との接点も、ほとんど持たない。
ある意味、忘れられた王妃とされている。
その母上が、一方的に奪われるとはどういう意味なのだろうか?
私が不思議な顔をしていると「やっぱりオーランは知らなかったのね」とオディール姉上が嬉しそうに言う。
「私達のお母様は、お父様ではなく他に好きな方がいたの。でも、お母様のお父様。私達には祖父に当たるエチル公爵が権力の為にお父様、国王陛下に娘を嫁がせたのよ。そしてお母様が好きだった方は友人に取られたの。それが今のコルアン公爵。この娘のお父様ね」
そう言ったオデット姉上を、私は穴が開くほど見つめてしまう。
何、言っているんだろう、この人は? 母上が宰相を好きだった?
「……母上は公爵令嬢です。政略結婚の大切さは十分、理解していたと思いますが」
私が胡乱な目でそう告げると、オデット姉上は寝台で寝かされている私の両肩をガシッと掴んできた。
その血走った目に、思わず怖っと叫びそうになる。
「そうよ。分かっていたわ。だから私達が産まれているでしょう。けれど、それとこれとは話しが別よ。欲しいものを欲しいと言わずにいた結果、親友に奪われるなんて冗談じゃないわよ。だから私達は競ってきたのよ。立場の同じ私達は欲しいものも一緒だったから、お互いに相手に取られないように必死だったわ」
ねえっと頷く姉二人に、私は唖然としてしまう。
「……母上が宰相を好きだった証拠はあるのですか? 正直、姉上達の妄想のような気がしますが」
何を根拠にそんなことを言っているのかとたずねると、オデット姉上は鼻息荒く私に振り返った。
「失礼ね。小さい頃お爺様、エチル公爵の屋敷に行った時に、お母様のお部屋を見せてもらったのよ。その時に机の引き出しの奥で見つけたの」
そう言って、ドレスの隠しポケットから一枚の手紙を取り出した。
「どうやら書きかけの手紙のようでお母様の親友、今のコルアン公爵夫人に宛てたものよ。ほら、ここにちゃんと書いてあるでしょう。コルアン様をお慕いしてって。その後にも、政略結婚の相手が王太子殿下で辛いって。泣きながら書いたのね。文字が滲んでいるわ」
オデット姉上に手紙を突きつけられて、私は目で文字をおった。確かにこれは母上の筆跡のようだけれど、姉上が言うように所々文字が滲んで読めない。
姉上の言うコルアン様をお慕いして、の後が消えているのだ。それに王太子殿下で辛い、の後も。
これでは文章として成立しない。
その部分だけを読んで内容を把握したつもりになるには、些か単純すぎる。
私はハア~っと大きな溜息を吐く。
だがこれで、姉二人がお互いをライバル視していたことに納得がいった。
まぁ、要するに二人は欲しいものを手に入れる為にいがみ合っていたということだ。
「どう? これで分かったでしょう。欲しいものは欲しいと言わないと後悔するのは自分自身なのよ。だからね……」
「私達、貴方にメアリール・コルアン公爵令嬢をプレゼントしてあげようと思ったの」
「は?」
きっかり五秒は、私の頭が真っ白になった。
姉弟だというのに、この人達の思考回路が本当に分からない。
私は隣でスヤスヤと眠る愛しい人の寝息を聞きながら、ひとまずはホッとしていた。
穏やかな呼吸は、彼女に苦痛はないものだと伝えている。
振り向くと思考が持っていかれるので、あくまで意識だけを飛ばしている。
まぁ、この二人もそこまであくどくはないはずだから、メアリールに危害などは加えていないだろう。
だが、城壁で倒れていたはずの私とレピュテイシャンのそばにいたメアリールを、どうやってこの場に連れて来られたのか?
そもそもここは、どこなのだ?
見たところ、協力者はこの部屋にいる侍女頭と騎士二人の計三人。
姉上達が自分自身の手を煩わせることなどないはずだから、結果この三人が動いたと考えられる。
先程の大きな揺れで騎士達は現状を確認する為に、あちらこちらと動きまわっていたはずだ。
そこをかいくぐって、誰にも見られず私達二人を運ぶなどできるのだろうか?
それほどこの三人の動きがたけているとは、到底思えない。
私はチラリと三人に視線を送る。
三人は俯いていてその表情を知ることはできないが、明らかに震えているその体からは、怯えていることが分かる。
どう考えても、姉達に無理矢理協力させられているのだろう。
私はもう一度、姉達に視線を戻す。
「あの、とりあえず順を追って説明していただけますか? どうやって私とメアリール嬢をこんな所に連れて来られたのか、まずはそこから教えてください」
いくら後悔しない為に欲しいものを欲しいと言えと言われても、犯罪に手を染めていい訳ではない。
まぁ、私が言うのもなんだが……。
とにかくどうしてこのような行動に出たのか、まずはそこから聞かなくてはいけない。
私が状況説明を促すと、二人は勝ち誇ったような表情で「そうよね、不思議よね」「仕方がないわね。教えてあげるわ」と話し始めた。
私はどうにか突破口を見つける為、二人の話しに黙って耳を傾けた。




