まさかの出来事
「まさか信じられない。あのオーラン殿下が、カッタス国の人間を城内に引き入れたなんて。それでは今まさに行方不明なのは、逃亡を計って……」
「だからそれはないって言ってるだろう。カッタス国の他の連中は、残っているんだから。逃げたってチェルリア国からもカッタス国からも狙われるんだ。無事この二つの国から出ることはできないだろう。それに何よりそんな逃げ方、奴の矜持が許さないんじゃないのか?」
そういう奴だろうとレピュテイシャンが訊くと、それまでオーランが逃げたのではないかと疑っていた者も、確かにと逃亡説をひるがえした。
「では、本当にどこに行ってしまわれたのか?」
「……無事ならいいのだけれど」
「どういう意味だ?」
「いや、その、カッタス国の連中がオーラン殿下に全ての罪を擦り付けようと連れて行ったのではないかと」
「他の連中が残っているのにか?」
「奴らは所詮、下っ端だ。切り捨てられたんじゃないのか?」
「しかし……」
上層部は喧々囂々と、己の持論を述べていく。
オーランの話しは、皆に衝撃を与えた。
魔物や他国の襲撃よりも、一番辛い話しだったのだろう。
オーランは王族の中で一番、貴族からも民からも慕われていた。
その王子が国を裏切るなど信じられないと、レピュテイシャンを不審がる者もいたが護衛の騎士の証言により、それが紛れもない真実だと知り、ショックを隠せないようだった。
その後、行方を捜す騎士からの報告が芳しくない事態だと気付いた上層部が、ボソボソと話しだす。
そうして先程の話し合いになったのだが、その間も一向にオーランの足取りは掴めない。
流石に疲労困憊してきた上層部に、レピュテイシャンが交代で仮眠をとることを提案した。
隣でキュッと手を握るメアリールの体が心配になったからだ。
先に休むように言ってもレピュテイシャンが休まないのなら嫌だと、ずっとそばにいるのだ。
キュン死にしそうになるレピュテイシャンだったが、流石にこのままではいけないとメアリールを休ませる為の口実として、皆も休むように提案したのだ。
レピュテイシャンの行動は、あくまでメアリールの為のもの。
安定の残念さであった。
空が白み始めている。
一晩中の作業に、騎士達も疲労の色を隠せない。
上層部は先程まで仮眠を取っていたが、一人二人と現れてまた会議を始めている。
そんな中、レピュテイシャンの部屋にはブリック国の者が集まり、皆で菓子を頬張っていた。
魔族は一晩・二晩寝なくても問題ない。
キアラはメアリールと共に隣の部屋で休んでいるが、寝たふりをして一晩中メアリールの寝顔を見ていたと先程、自慢げに心に直接話しかけてきた。
昨晩遅くなったが、白薔薇をかき集めメアリールの寝台の隣の机に飾った。
乙女の噂話程度のものとはいえ、メアリールが喜んでくれるかと頑張って百本集めたのだ。
すると、最高に可愛らしいメアリールの笑顔をもらったレピュテイシャンに、キアラは拗ねていたようなのだが、やはりこの会話は意趣返しなのだろう。
しかし意趣返しにしては、些かやり過ぎだ。
今のレピュテイシャンがどんなに願っても、できないことなのである。
余りの悔しさに、こちらは皆で菓子を食べていると返してやった。
あ、私も食べる~っと言うキアラに、メルを放って来たら殺すぞ。と脅しをかければ拗ねたのがブツッと会話を切られた。
仕方がないので、もう少ししたら朝食代わりに菓子を持っていってやれと従者に言う。
「面倒くさいですねぇ。オーランなどくたばろうが野垂死にしてようが、どうでもいいではありませんか」
むしゃむしゃと咀嚼しながら、パズがさも面倒くさそうに言う。
「どちらも意味は同じだな。まぁ、俺もどうでもよかったから今まで探さなかったんだが、流石に起きたメルがまだ見つかっていないことを知ったら悲しむかな?」
レピュテイシャンはお菓子を食べる手を止め、隣で寝ているメアリールを思いながら考えている。
「え、何故ですか? メアリール様は王族に迷惑をかけられてきたのでしょう? しかも今行方不明の王子はメアリール様に指輪を発動させるほどの恐怖を与えた。そんな奴がいなくなって、何故殿下のメアリール様が悲しむのですか?」
従者の一人が、レピュテイシャンの言葉に首を傾げる。
口元はチョコレートで真っ茶色だ。
「あ、その殿下のっていう響きは良いな。うん、これからメルを呼ぶ時はそう呼ぼう」
「馬鹿なこと言ってないで、本気でどうします? 奴が見つかるまで、このまま城に滞在するのですか?」
レピュテイシャンがふざけ始めたので、パズがキッパリとここにいるのは嫌ですよと文句を言う。
「う~ん、だったらさっさと探して宰相に引き渡すか。その後は向こうの問題だし」
「そうですね。そうしましょう」
そう言って話しがまとまりかけたその時、バンッと部屋の扉が開かれた。
「メルはまだ寝てるんだ。起きそうにない。私はすぐに戻る。だからさっさと菓子を寄越せ!」
そう怒鳴りこんできたのは、キアラだった。
どうやら長く待たせ過ぎたようだ。
キアラは従者の口元を見ると、あああ~っと大声で叫ぶ。
「それは私のチョコレートケーキではないのか? ずるい、酷い。吐き出せ!」
そうして従者に飛び掛かろうとするので、レピュテイシャンはパズと二人で羽交い絞めにする。
「落ち着け。すぐに戻るんだろう? 用意させるから、もう少し待て」
「待てない。チョコレートケーキはもうないのだろう? 私のチョコレートケーキィィ」
「煩い。まだ明け方だぞ。チョコレートケーキはまだある。だから大人しくしろ!」
叫び合うレピュテイシャンとキアラに、パズがやれやれというように遮断魔法を展開する。
流石にこんな状態で、こんなバカげたやり取りをチェルリア国の者に聞かれるのは気恥ずかしい。
「だったら早く寄越せ。私はメアリールの寝顔を見ながら、チョコレートケーキを食うんだぁ~」
ジタバタと暴れるキアラの発言に、レピュテイシャンがギョッとする。
「なんだ、その羨ましい状況は? 旦那の俺がまだそんなことできなにのに、なんでお前がそんな至福を先に得るんだ?」
「まだ、旦那じゃないだろう? どうしてレピュと一緒に寝ないのかとたずねたら、メアリールがそう言っていた。だからメアリールの寝顔を見る特権は、魔物を全て倒した私にある」
「勝手に褒美を得るな! それは俺以外が得られる褒美じゃない。何よりお前は邪魔な物を片付けたに過ぎないだろう」
「あ~、もう煩いですね。いい加減に……」
パズが煩い二人を止めようとした瞬間、隣の部屋からメアリールの気配がないことに気が付いた。
遮断魔法の所為で、気配を探れなかったのだ。
それはレピュテイシャンも同じだったようで、騒ぐキアラを放り投げパッと隣の部屋へと瞬間移動した。
キアラはふぎゃっと悲鳴を上げたが、それどころではないと皆も隣へと急ぐ。
そこには今までにメアリールが寝ていたであろう寝台のシーツが、捲れ上がった状態で残っていた。
レピュテイシャンは、すぐにメアリールの気配を探った。
「レピュテイシャン様、メアリール様は……」
パズと従者が部屋に入ると、そこには膨れ上がった怒気を帯びたレピュテイシャンが目を閉じていた。
「……許さない。メアリールは、俺のモノだ」




