底知れぬ国
「音はしないが結構近くまで集まって来たな、パズ」
「貴方が結界を張ったからでしょう。音も遮断しておいて何を言っているんですか? まぁ、結界には気付いたようなので、壊しにくるのは時間の問題でしょうか?」
「簡単には壊れないが、放っておいたら延々と続けそうで面倒くさいな」
皆が恐怖と疑問と疑惑に囚われている間に、レピュテイシャンが自分の側近を仰ぎ見る。
どうやら魔物の気配を察知したらしい。
何をどうやったらそんなことが分かるのかと、またもや疑問が浮かび上がるが、最早その疑問を言葉にできる者はいなかった。
だが魔物が近付いてきているという事実に、恐怖が湧き上がる。
もう駄目だと絶望に押しつぶされる者が出てくる中、レピュテイシャンはメアリールを抱きしめると額に唇を寄せた。チュッと軽い音が鳴る。
「え?」
「ああ、離したくないなぁ。離したくないけど、行ってくる。これ以上放っておくと、周辺の国にも影響が出てくるからな。一掃してくるわ」
メアリールが驚いている間にもう一度抱きしめると、ニッコリ笑ってそんなことを言ってくる。
「え、レピュ? 一掃って、行ってくるって……まさか?」
「ん。魔物、全部魔石に変えてくるな」
部屋にいる全員が、目を見張る。
信じられないという視線の中、、レピュテイシャンは自国の従者と頷きあう。
では行きますか、と背伸びをして従者と共に歩き出すレピュテイシャンに、メアリールは慌てて飛びついた。
「や、やだ、待って。嘘でしょう? 六人だけで行くつもり?」
そんなメアリールに、レピュテイシャンはキョトンとする。
「え、十分だろ?」
「だって、だって、一頭、二頭の話しではないんでしょう?」
「アハハ、あれだけの地響きを起こすんだぞ。百は超えているに決まっているだろう」
自分の軽口を聞いたメアリールがサッと蒼白になると、今度はレピュテイシャンがギョッとなる。
「え、なんだ? どうした? メアリール、腹でも痛いのか?」
「馬鹿、どうしたじゃないわよ。どうしてそんな簡単に……。いくらなんでもそんな数相手にして平気でいられる訳ないでしょ。レピュにもしものことがあったら、私……」
「え、嘘? 俺ってそんなに弱いと思われているのか?」
「え?」
涙ぐむメアリールにレピュテイシャンは慌てるが、返ってきた言葉は誰もが想像した言葉ではなかった。
「ウケる~。ウケます、レピュテイシャン様。最愛の方にそんな風に思われているだなんて。そんなに弱いのでしたら。お留守番お願いしますね」
ニッコリ笑うパズの横で、他の従者も肩を震わせて笑っている。
え、何、この状況? 私、そんなに変なこと、言った?
思わず周りに視線を向けると、六人以外は唖然と口を開いている。
そ、そうよね。普通百以上もいる魔物を相手に六人で挑もうだなんて、そんなの無理な話しだよね。私がおかしいわけじゃないわよね。いくら彼らが魔族とはいえ、そんなの……………………。
そこで、メアリールは動きを止めた。
え? 魔族ってそんなに強いの?
シュンと項垂れるレピュテイシャンに、メアリールは小声でたずねる。
『魔族は一人で、どれほどの魔物を狩れるの?』
『ん? 相手は突進してくるだけの小物だぞ。いくら弱い魔族でも、二十は狩れるだろう』
あっさりとそんな言葉が返ってきた。
そう考えると、ここには六人の魔族がいる。
王族のレピュテイシャンを守る為に来た四人の従者は、間違いなくブリック国でも最強な者達だろう。
パズは頭脳派と言うので、一番弱い魔族と考えても二十は倒せる。
そしてレピュテイシャンは、仮にも魔王の子供だ。
先程の激しい揺れを止めたように、それなりの実力者とみて間違いないだろう。
メアリールはチラリとレピュテイシャンを見る。
俺は一番弱い魔族と思われていたのか。と落ち込むレピュテイシャンに、人間の感覚を押し付けて悪いことをしたと思ったメアリールは、レピュテイシャンの背を撫でる。
「ごめんなさい。レピュが強いとは思っていたけれど、まさかそれほどとは……。私が浅はかだったわ。自分達の基準で考えてしまったの。許して」
メアリールの謝罪に、レピュテイシャンはう~んと唸る。
「じゃあ、頬でいいからキスしてくれる?」
「え?」
咄嗟に何を言われたか理解できなかったメアリールだったが、レピュテイシャンの笑顔を見てすぐに真っ赤になる。
「えっと……今、ここで?」
「うん。メルがしてくれたら俺一人で片付けるぞ」
「いや、一人でしなくていいと思うんだけど……。無理しちゃ駄目だし」
「ええ~、嫌なのか?」
「嫌ってわけじゃないけど……。じゃあ、こうしない? 無事に帰ってきたらご褒美でってことで」
「え、ご褒美は口だろう?」
「ええ~!」
この非常時に何故かいちゃつき始めた本日の主役二人を、周囲は口をポカ~ンと開けて見ている。
これ、誰か止めた方がよくない?
今この国、危機的状況じゃなかったっけ?
なんでブリック国の人、笑ってんの?
そんな疑問が飛び交う中、突然パズが叫んだ。
「レピュテイシャン様、大変です!」
彼の言葉に、周囲は騒然となる。
とうとう魔物がチェルリア国を破壊し始めたのか?
パズの次の言葉を待つ周囲は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「キアラ様が全て退治してしまいました!」
…………………………は?
「何してくれてんだ、馬鹿キアラ! 俺の獲物だろう」
「煩い、早いもの勝ちだ。メアリール、メアリール、見てくれ。私がやっつけたぞ。証拠の魔石だ」
「あ、あの、はい。ありがとうございます」
「ギュッてしていいか? いいよな? はい、ギュッ」
「あああ~、何やってくれてんだ。メルは俺のだって言ってんだろう。早く放せ!」
ギャーギャー喚く、似た容姿を持つ美貌の二人が自国の公爵令嬢を取り合っている姿に、チェルリア国の貴族達は最早どうしていいか分からず、彼らが落ち着くのを見守るしかなかった。
この騒動は、先程まで国の一大事に自分達の最後を覚悟していた上層部を突如、物理的に跳ねのけて乱入してきた謎の美女によってもたらされたものである。
因みに文字通りこの美女は窓ガラスを割り、上層部の貴族を踏みつけにして公爵令嬢に飛びついてきたのである。
魔物を全部片づけたと言って、どうやって持ち運んだのか分からない山のような魔石を部屋中にばらまいて、ご褒美と称し公爵令嬢を抱きしめているのだ。
婚約者の王子がその束縛を解こうとして、女性二人の間を引き離そうとしている。
子供のような行為に頭を抱えるが、その彼らにより国は救われたのだ。
上層部は願う。
お願いです。そろそろお話し聞かせてください。




