それぞれの現状
バンッと勢いよく会場の扉が開かれたのは、衝撃音が聞こえた数秒後のこと。
そこから現れたのは、異国の王子レピュテイシャンとその従者四人。
皆が目を見張る中、一目散にメアリールの元に駆け寄るレピュテイシャン。
「メル、泣いてないか? 怖かっただろう。もう大丈夫だ」
そう言って人目もはばからず、ギュッとメアリールを抱きしめる。
驚きながらも、レピュテイシャンが無事だったことに安堵したメアリールはそのまま背中に手を回した。
「レピュ。……良かった、無事だったのね」
泣きそうになり、レピュテイシャンの胸の中に顔を埋めるメアリールに抱擁が強まる。
そのまま二人で抱き合っていると、隣から「あ~、あ~、コホン」という父親の咳払いが聞こえた。
我に返り慌てて距離をとろうとするメアリールに、不服そうな顔をするレピュテイシャン。
だが離そうとしないレピュテイシャンに、メアリールは「あの、あの、あっちの件も、大丈夫だったのよね?」とオーランとの揉め事は何もなかったのかとたずねる。
「ああ、ちょっと灸をすえる意味でも置いてきた。だが、あのまま揺れを放っておいたら尋常じゃない被害が出そうだったから、とりあえずチェルリア国に結界を張った。まぁ、暴れる魔物が他国に散らばっても大変なことになるだろうけど」
「「「「「え?」」」」」
レピュテイシャンの言葉に、そばにいた者が固まった。
外の揺れがおさまると同時に動き出した騎士は、そのまま国王陛下の指示により会場外の確認に行ったり、まだ警戒を解かずにその場に蹲っている貴族に話しかけたりしているが、混乱はまだ続いている。
その中で、レピュテイシャンの言葉を聞いた者達だけが一斉に動きを止めた。
我が耳を疑っているのだろう。
今、彼は、なんて言ったのだ? と。
そしてハッと我に返ったメアリールが、レピュテイシャンの腕の中から問いかける。
「……レピュ、今、何が起こっているの? 知っているのなら、教えてくれないかしら?」
レピュテイシャンは腕にメアリールを抱えたまま、コテンと首を傾げた。
「知っているというか、多分そろそろだろうなと思っていただけ。ただ思った以上に時期が早まった感は否めない。なぁ、パズ」
「そうですね。カッタス国の悪意が膨れ上がってしまったのでしょうか。勝手に我が国を手にした妄想をして、自国の勝利を疑いもせず、戦争へと動き出していたのでしょう。本当に面倒くさい」
「お待ちください。これ以上は、このような場で話す内容とは思えません。一旦、場所を移しましょう」
それまで唖然としたまま聞いていた宰相が、慌てて会話を遮った。
正直、レピュテイシャンの言わんとすることはまだ読めないが、とにかくも魔物が他国に散らばる発言を諸外国の大使に聞かせるのだけは駄目だと気付いた彼は、場所を移すことを提案したのだ。
宰相が会場を出た場所にある休憩室に誘導しようと歩き出した時、国王陛下に止められた。
いつの間にかそばに来ていた国王陛下と上層部の面々が、真剣な顔で頷いている。
「話しならこちらでしたらいい。私も知らねばならないだろう。この国の現状を」
「構いませんが、余り猶予はないと思いますよ。カッタス国はオリバーが辺境伯と頑張って止めているでしょうが、魔物の動きは依然落ち着いていませんからね」
「え、オリバー?」
それまで真剣に話していた国王陛下が、こんなところで出るはずのない愚息の名前に間抜けな顔を晒す。
「まぁ、それでも説明は必要ですね。分かりました。簡単に話させていただきます」
そうしてひとまず、会場裏にある王族専用の休憩室へと移動することとなった。
「カッタス国がこの国を狙っていたのは、周知の事実ですよね。魔物は人間の負の感情に集まります。カッタス国が戦争を起こそうとする気配を敏感に察知した魔物が、国の狭間にある森に集まっていたのを俺達は確認していました」
宰相にも報告しましたよね。と同意を求めると、宰相は「はい」と頷いた。
「レピュテイシャン殿下よりその件は伺っていましたので、確認の為に騎士を数人派遣しております」
一応、上層部が集まる会議の席で報告はしてあると言うと、皆は黙って頷いた。
「確かに報告を受けてはいたが、まだ数を確認する段階の話しではなかったのか?」
代表して国王陛下がそうたずねると、レピュテイシャンはなんとも言えない顔をした。
「魔物ですよ。人間の予測する範囲で動くはずないでしょう」
一斉に息を呑む音が響き渡る。
まさか、この地響きは魔物が集まった所為だというのだろうか?
これほどの揺れを起こす魔物となると、それは相当の数ではないのか?
言葉を失う上層部の中で、レピュテイシャンが説明を続ける。
「膨れ上がった魔物は、チェルリア国とカッタス国とに別れて襲ってくるはずだけど、その前にカッタス国が辺境伯の領地に足を踏み入れたようなんだ。だからオリバーに辺境伯の薬を持っていくついでに、辺境伯と一緒にボコってくるよう命じといた。今のところ連絡ないけど、どうなったかな?」
レピュテイシャンが、右耳につけてある赤いピアスに触れる。
「オリバー、生きてるか~?」
呑気な声でそんなことを言うと、突然ピアスからオリバーの怒声が聞こえてきた。
『ば、ばかやろう! やっと繋がった。なんだよ、これ? どうやって使うんだよ?』
「え~、ちゃんと教えただろう。聞いてなかったのか?」
『い、いや、聞いてた。聞いてたけど、難し過ぎるんだよ。もっと簡単なの渡せよ、こんちくしょう』
「それ以上簡単なものなんて、ないんだけど。それより、そちらの状況は?」
『ああ、そうだった。お前、俺を殺す気か? 前線に放り込むなんて、どういうつもりなんだよ?』
「おおげさだなぁ。いざこざぐらいで喚くな。それよりも辺境伯はどんな様子だ?」
『あ、ああ、替わる。替わるけど……これ、どうすんの?』
「そのまま話してもらえ。周りにも聞こえるように、こちらで操作したから」
『あ、あ~、レピュテイシャン殿下でしょうか?』
『うわわわ、近い。もっと離れろ』
親し気な会話を交わす二人に周囲は驚くが、それよりも病で床に臥せっていたはずの辺境伯の生気のある声に、皆、目を丸くする。
「よう、爺さん。薬は効いたようだな」
『お陰様で。レピュテイシャン殿下にいただいた薬のお蔭で生き返りました。ちょうどオリバー殿下が持参してくださった薬で、剣が振れるまでに回復いたしましたよ』
「アハハ、それは全回復だな」
『前よりも元気なぐらいです。ですので、カッタス国が侵入したと同時に剣を振り回していたのですが、オリバー殿下を連れて行ったらグズられましてな。オリバー殿下は剣の稽古をさぼられていたようなので、この際実戦と共に鍛えようかと』
『いらない。そんな気遣い、全然いらない!』
「それは俺の所為じゃないな、オリバー。で、爺さんから見てどんな感じ? 助けいりそう?」
『まだまだ若い者には負けません。こちらはお任せください。それよりも先程もの凄い揺れが起こりましたが、あれは一体……』
「ああ、魔物が両国に向かったみたいだな。こちらの揺れは、うっとおしいから止めた」
『魔物ですか? それは尋常じゃない数が動いているということですな。ここが片付き次第、我々も向かいましょうぞ』
「ええ~、いらな~い。それよりもカッタス国の奴らに言っといて。俺、男に拉致られる趣味はないからって」
『は? 拉致ですか?』
「大丈夫。意味は通じる。じゃあ、俺は魔石集めしてくるから爺さんも、ついでにオリバーもガンバレ~」
『はっ、了解しました。いざ参りましょう、オリバー殿下』
『いや、俺はもう帰る。帰らせて。お願い~!』
オリバーの叫びが、ブツッという音と共に途絶える。
レピュテイシャンが顔を上げると、周囲は異常なほど静まり返っていた。
皆、先程の会話が信じられないのだ。
まず、通信機という魔道具が存在していることは知っていたが、まさかピアスから聞こえてくるとは。しかも周囲も一緒に聞くことができる機能など、誰も知らなかった。
そして第三王子であるオリバーとレピュテイシャンの仲が、あれほど親しいものだとは、父親である国王陛下でさえ知らなかったのだ。
しかも私室に引きこもっているとばかり思っていた愚息が、レピュテイシャンの命でいつの間にか辺境伯領に向かっていたなど、分かるはずもない。
誰も、彼が城を出たところを見ていないのだ。
王子が城から出たとなると、誰かがどこかで目撃しているはずなのに、使用人からもそんな目撃情報は上がってきていない。
その辺境伯は、病の所為で床に臥せっていたはずなのに今の会話からすると、レピュテイシャンに与えられた薬のお蔭で回復したという。
その辺境伯を現役バリバリに戻すほど薬を持っていったオリバーは、そのままカッタス国との戦いに巻き込まれているようだった。
極めつけは、魔物が集まっている状況に援護を申し出た辺境伯をあっさり拒否した。
拉致とかいう物騒な言葉を言伝に、通信を切ってしまったのだ。
皆の視線が、その美貌に集中する。
レピュテイシャン・アスモ・ブリックという男は、一体何者なのだろう……。




