轟音と地震
耳をつんざくほどの地響きは終わりが見えず、立っていられなくなる揺れに全員が地面に膝をつく中で、レピュテイシャンとブリック国の従者達だけは平然とその場に立ち尽くしていた。
「長いですね」
「メルは大丈夫かな?」
「パズ様がいらっしゃいますので」
「いや、だから心配。パズならメルだけを守るだろう。周囲の人間が怪我したらメルが悲しむ」
「ええ。まぁ、そうですね」
「パズ様が他の人間を守る姿など、想像できません」
「置いてくる人選、誤った……」
頭上で呑気な会話が飛び交うのをオーラン、チェルリア国の騎士、カッタス国の曲者が、驚愕しながら聞いていた。
『何を言っているんだ、こいつらは?』
『どうしてこの揺れの中、平気で立っていられるんだ?』
『まさかこの揺れまで、予想していた訳ではないだろうな?』
『こんな激しい揺れの中、どうして口を開けられる? 舌を噛んでしまわないのか?』
唇を噛み締め地面にひれ伏し、身が転がらないように必死の中、ブリック国の信じられない会話に我が耳を疑う。
時折、どこからか物が壊れるような音も聞こえてくる。
「やっぱり、メルが心配だ。俺は戻るぞ。オーラン」
己の身を守るので精一杯のオーランに、レピュテイシャンが声をかける。
「今回の件は兄上を心配するオリバーに免じて、俺からは問題にしないでやる。そこの騎士や周りにはお前から話しを付けろ。じゃあな」
驚く面々がレピュテイシャンの方に顔を向けると、彼らはバサッと黒い翼を広げ、そのまま空に向かって飛んでいった。
「なっ!」
瞬く間に消えた空を見上げながらカッタス国のリーダーが「待て!」と立ち上がろうとしたが、揺れと共に派手に転ぶ。
「うわあぁぁぁぁぁ」
そのまま転がりながら、あちらこちらの木にぶつかり、いつしか悲鳴は聞こえなくなった。
リーダーを助けようとした二人も同じように転がり、その巻き添えて何人かにぶつかり、皆気を失ったようだ。
悪夢のような光景に、オーランが固まっていると蹲る自分に圧し掛かって来る気配を感じた。
ハッと顔を上げると、チェルリア国の騎士全員がオーランを守るようにそばに寄り添い、怪我を負わないように覆いかぶさっていたのだ。
この立つことも難しい揺れの中、這いつくばって自分のそばに来てくれた騎士を、オーランは信じられない気持ちで見つめる。
私は敵国を城に招き入れた、いわば売国奴だ。
要人を売り渡そうとして、自国を危険にさらした。
この者達だって、下手をすればレピュテイシャンを守る為に殺されていた可能性もある。
それなのに、そんな私を自分の命を張って守ろうというのか?
ふと覆いかぶさっている騎士と目が合う。
騎士は言葉を発さない代わりに、ギュッとオーランの体を抱きしめる。
大丈夫です。必ず守ります。
そう言われているようで、オーランは涙が出そうになった。
先程も、レピュテイシャンが言っていた。
オリバーは全てを目撃していた。
その上で、レピュテイシャンに何かを頼まれ動いていると。
私室に引きこもって拗ねているだけだとばかり思っていた、あのオリバーが。
あの癇癪もちの我儘な弟が、自分を守る為にレピュテイシャンと取引したのか?
ああ、私はなんて愚かなんだ。
私は知らず知らずのうちに傲慢になっていたのだな。
癇癪もちのオリバーを馬鹿にして、自分に媚び諂うだけの周囲を嘲り、私から逃げてばかりのメアリールに苛立ちを感じた。
周囲の求める王子を完璧にこなしている私に、なんの不満があるのだと。
だからメアリールに執着した。
彼女の優秀さは認めるし、好きだとも思う。だが、素直な気持ちだけではなかったことも認めよう。
逃げ回っていた彼女が自分の手に落ちれば、私は全てが手に入ると勘違いしたのだ。
欲しいものなど、もうすでに手にしていたというのに……。
オーランは自分を守る騎士達に、心の中で首を垂れる。
――ありがとう。お前達のお蔭で目が覚めた。
揺れがおさまったら、全てを告白する。
レピュテイシャンがオリバーとの約束で、このことをなかったことにしようとしてくれている。
だがそれでは、国を危険にさらそうとした私自身が自分を許せそうにない。
オリバーの為にも、こうして身を挺して守ってくれている騎士に対しても、私はちゃんと罪を償わないといけない。
その上で、もしも許されるのなら今度は建前ではなく、心からこの国に仕えよう。
オセアン兄上を支え、オリバーと共にこの国を守るのだ。
だから、メアリール。
今まで本当にすまなかった。
今度こそ素直に、君の幸せを祈るとしよう。
いきなり轟音と共に起こった大きな揺れは、会場中のシャンデリアを激しく揺らし、机の食器や室内の装飾品を破壊していく。
人々は床に蹲り、悲鳴すらあげる余裕もない。
パズは咄嗟にメアリールを引き寄せると空に浮いて、様子を確かめた。
「パ、パズ、これは一体……」
「予想以上に早く暴れてしまっているようですね。何もせずにレピュテイシャン様の帰りを待つべきか、ここを守る為に動くべきか?」
「ま、守れるの? だったら守って。お願いよ」
震えるメアリールを抱きしめたまま、どうしようかと呑気に構えるパズに訴える。
どういう力か分からないけど、パズが守れると言うのなら守れるのだろう。だったら悩んでいる場合じゃない。早く揺れを止めないと、大怪我をする者が出るかもしれない。
必死のメアリールをチラリと見たパズは「う~ん」と唸る。
「レピュテイシャン様の力ならこの城ごと浮かせられるでしょうが、私ではせいぜいこの会場の揺れを止めるしかできませんが、それでもいいですか?」
メアリールは驚きながらも、下で蹲る父や友人達を見て「なんでもいいからお願い。皆を守って」と叫ぶ。
「では後で、レピュテイシャン様にうんと甘えてくださいね。私が皆を守ってメアリール様に喜ばれたとなると、我が主は拗ねるでしょうから」
「レピュはそんなことでは拗ねないと思うけど、分かったわ」
「ではもう一つ。メアリール様お薦め本をもう少しいただけますか? 今までのは、ほとんど読んでしまったので」
「陛下に言って、大切な蔵所も見せてあげる。だからお願い」
「では後は……」
「もう、なんでも言うこと聞くから早くして!」
パズがゆっくりとメアリールとのやり取りを楽しんでいる間、下での惨状は大変なことになっている。
メアリールが涙目で懇願すると、やっとパズは「分かりました」と頷いて、目を閉じた。
すうっと息を吸い込むと、パズの体から一気に熱が放出された。
途端に会場中の揺れは止まった。
ガチャガチャと鳴り響いていたシャンデリアはすっかり元の位置に納まり、床に飛び散った食器は床を汚しながらも、それ以上は移動しない。
蹲っていた人々も、ゆっくりと顔を上げだした。
そんな中、パズはメアリールを下におろす。
立ち上がった宰相にたまらず抱きつくメアリール。
「お父様、良かった。無事で……」
「メアリール、お前も怪我はないようだな」
皆がそれぞれ、お互いの無事を確かめる。
国王陛下や上層部の者達は、しっかりと騎士に守られていたようだ。
数人の騎士が窓から外を確認すると、会場の揺れ以外はおさまっていないことが分かった。
パズが宰相に忠告する。
「怪我をしたくなかったら、まだ外には出ない方がいいですよ。この中の揺れだけは空間を別にして、どうにかおさめましたので」
「……貴殿の魔道具は、そんなことまでできるのか?」
宰相が驚愕に目を見開くと、パズはニッコリと笑って見せる。
「しかし、外の者達の安否も気になる。この揺れは、いつおさまるのか……」
パズの笑顔を見て、これ以上訊いても何も答えてくれないと悟った宰相は、たずねるのをやめて外の様子に意識を向ける。
皆が心配そうに窓から外を気にする中、パズが何かに気が付いた。
「ああ、大丈夫です。今、連絡がありましたので、すぐにおさまります」
「え?」
パズがそう言ったと同時に、外からドンっという物凄い音が鳴り響いた。




