対峙する二人
小さな? 騒動が会場で起こっていたことなど露知らず、オーランは素直に後ろをついてくるレピュテイシャンに不気味なものを感じていた。
庭園を遥かに超え、王族専用の庭園も突っ切り、城の末端へと突き進む。
森のように木々が茂るこの先には、城壁がそびえ立つ。
本日の宴はオーランが指揮している。
会場に多くの騎士を配置し、いつもこの場所を巡回している兵の数と巡回時間を減らし、会場付近に移動させるなど朝飯前だ。
諸外国の大使が出席している宴において、誰も兵士が多いなど苦情を唱えるはずもない。
だが、とうにひとけはなくなり明かりもなくなっているというのに、文句も言わず飄々とついて来る異国の王子には、違和感しかない。
一体何を考えているんだ?
前方を歩くオーランに続き、レピュテイシャンと彼が自国から連れて来た従者が四人、後を歩く。
彼らを囲むチェルリア国の騎士が五人ほどついてきているが、些細なことでは動じないよう教育されている彼らでも、宴の最中に当事者と主催者が抜け出してこのような場所を歩くのを、訝しく思っている様子だった。
何故、何も聞かない?
まだ歩くのかとか、どこまで行くのかとか、普通は訊いてくるはずだ。
明らかにおかしな状況に、彼は何も感じないのか?
チラリと彼に視線を向けると、目が合ったレピュテイシャンはニッコリと笑った。
その笑みの言いようのない恐ろしさに、思わず視線を逸らす。
やはりこれはバレているのか?
オーランは思わず「チッ!」と舌打ちした。
バレているのなら、これ以上の茶番を演じる必要はないだろう。
当初の目的地よりも手前だが、奴らはすでに集まっている。
オーランは足を止めて、クルリとレピュテイシャンと対峙する。
「――ここでお別れだ」
オーランの言葉と同時に、闇から数十人の影が剣を構えて飛び出してきた。
明らかにこちらよりも数が多い。
オーラン以外の者が、レピュテイシャンを囲んで剣を手に身構える。
チェルリア国の騎士がオーランの名を呼ぶが、彼は影の者達の後ろに自ら下がる。
そこでチェルリア国の騎士は気が付いた。
この影の者とオーランは繋がっていると。
「オーラン様……どうして?」
震える騎士に、オーランは静かに微笑む。
「悪いな、お前達。レピュテイシャン殿下、素直にこの者達と一緒に行ってはくれませんか? 貴方一人が従えば、、他の者には手を出さないように命じますので」
決定的な言葉を聞いた騎士達は驚愕に脱力しそうになるが、すぐに敵へと剣を向ける。
「申し訳ありません。我々は本日、陛下よりオーラン様はもちろんですが、レピュテイシャン殿下の護衛も仰せつかっております。オーラン様に手を出すつもりはございませんが、この者達は始末させていただきます」
流石、王族を守る為に訓練された騎士である。
混乱する状況の中、何が国にとって一番大事なことかをすぐに判断し、体勢を整える。
そんな騎士達を見るオーランの目には、誇らしさがあった。
そう、それでいい。
私のことを考える前に、要人を守ることだけを念頭に入れろ。
思わず微笑むオーランに、騎士達は身構えながらも動揺を隠せないでいた。
闇から現れた者達は、チェルリア国の兵士の服を身に着けていた。
このような登場の仕方をしなければ、誰も自国の兵士と疑わなかったであろう。
だが、ニヤニヤと笑うその顔には不快感しかなく、着崩したその首元には雫のような入れ墨がある。
わざと見せているのだろう。
カッタス国の者と分かった騎士は、彼らの前に立ちはだかる。
「もう一度言います。レピュテイシャン殿下、この者達との同行をお願いいたします」
「……全く、オーランは頭がいいくせに馬鹿だな。オリバーも心配していたぞ」
この状況に全く驚くこともないまま、レピュテイシャンは肩をすくめる。
オリバーの名前があがったことで、オーランの目には憎々しさが現れた。
「なんでこの状況でオリバーの名前を出す? オリバーも何か知っているのか?」
「知っているも何も、オーランがその者達と話しているのを目撃していた」
あっさりと全てを知っていたと話すレピュテイシャンに、オーランは目を見張る。
「いや、隠したいなら王側の居住区近くで話すのは駄目駄目だろう。灯台下暗し、身近な場所だからこそ分からないと思ったのかもしれないが、あんな場所まで敵を招き入れたら、王族の暗殺し放題だな。思わず結界張っちゃったぞ」
あれからあの辺りには近寄れなかっただろうと言われて、オーランとカッタス国の者達は息を呑む。
そういえば城の奥部に入ろうとすると、途端に息が苦しくなって足を踏み入れることができなかった。
酒の飲み過ぎか体調を崩したのかと思っていたが、あれは結界を張られていたのか?
そんなことまでできるのか? 魔道具という物は?
――カッタス国の者達はニンマリと笑う。
ますます欲しい。なんとしてでも、この王子を我が国に連れて帰る。
ニヤニヤ笑うカッタス国の者達の後ろで、気を取り直したオーランが叫ぶ。
「余計なお世話だ。例えもう一度あの場所に入れたとしてもあれ以上は進めない。居住区には騎士が常備しているし、兵士の巡回も充分だ。簡単に王族は害せない」
今度はレピュテイシャンが、オーランの言葉を聞いてニヤリと笑った。
「ということは、オーランもこいつらがいつ敵に回ってもおかしくないと分かっていたんだな。分かっていて手を組んだと」
「!」
オーランが言葉を詰まらせた。
「ほら、お前らもいい加減傍観せずに話しに入って来いよ。黒幕はお前らなんだから」
レピュテイシャンが自分の首元をちょんちょんと叩く。
カッタス国の入れ墨を指している。
オーランの隣にいたリーダーらしき人物が、前に出て来る。
「流石、蛮族の王子だ。肝が据わっている」
「戦争好きな蛮族に言われたくないな。他者の生き血を吸って国を豊かにして楽しいのかよ」
挑戦的な双方に、全員の視線が釘付けになる。
「馬鹿なら馬鹿らしく、馬鹿なりに頭を使え。力で説き伏せるなど愚の骨頂だな」
リーダーの頬がピクッと引き攣った。
「これはこれは、頭の良い蛮族様の言葉は勉強になりますね。ではお教えいただきたい。その魔道具はどのようにお作りになっているのか?」
「魔石で作っていることぐらい知っているだろう。魔石も用意できない人間がほざくなよ」
「では魔石を用意する為にも魔物を退治したいと思うのですが、効率の良い退治方法があるのでしょう。教えていただけますか?」
「先程も言った。頭を使え。努力しろ。話しはそれからだ」
それまで、笑顔を張り付けていたリーダーのこめかみに、尋常じゃない青筋が浮き上がる。
何を言っても動じる様子のない異国の王子に、怒りが湧き上がっているのだろう。
明らかに冷静さを欠いている。
「……やはり、あの女を先に拉致した方がよかったかもしれんな」
青筋をピクピクと動かして口角をあげて呟くリーダーに、オーランが反応した。
「メアリールには、手を出さない約束だ」
「ふん、ここで待ち構えた方がこいつが言うことを聞くと言ったのは王子様ですよ。責任取ってくれませんかね」
睨みつけるオーランに、約束を守ってほしければお前がなんとかしろと言うリーダー。
両者が睨み合いを始める。
そんな中、カッタス国のリーダーからオーランへと視線を移したレピュテイシャンが、ビシッと人差し指を突きつけた。
「言っとくがな、オーラン。こんな馬鹿な奴らをいくら手玉に取ろうが、俺をどうこうなんてできないぞ。メルが好きなのは分かるが、メルは俺のだ。絶対にやらねえ」
メアリールを自分のものだと言い切るレピュテイシャンに、オーランはカッと血が上る。
「レピュテイシャン、貴様……」
優しい王子の仮面をかなぐり捨てて、要人を睨みつけるオーランにチェルリア国の騎士達は眉間に皺を寄せた。
「それにこんなことに時間をかけている場合じゃないだろう。お前にはもっと他にやることがあるはずだ。オセアンもいない今、一応オリバーを動かしたが、それはあくまで人間同士の争いだ。手は全く足りてない状態だろう。まぁ、メルの泣き顔は見たくないから、本気でやばくなったら助けてやるけど」
オーランの怒気にも全く気にする気配のないレピュテイシャンは、何かを示唆するような言葉を口にする。
だが、怒れるオーランには届かない。
「何を訳の分からないことを……」
そしてレピュテイシャンは、カッタス国の者達にも視線を向けた。
「お前ら、カッタス国だって無害じゃないぞ。助けてほしかったらいい加減、俺を拉致しようなんて馬鹿な考えは捨てろよな。ハッキリ言って面倒くさい」
レピュテイシャンが言葉を吐き捨てたのと同時に、ありえない音と共に地面が揺れた。




