王子を慕う二人
ポリアンナは、メアリールと自分との真逆の噂を知っていた。
かたや家柄も美貌も頭脳も、非の打ち所のない完璧な令嬢。かたや貴族らしからぬ行動を繰り返す明るいだけが取り柄の田舎臭い令嬢。
その相手の婚約者も真逆である。
かたや癇癪をすぐに起こす我儘な第三王子。かたや品行方正な優しい第二王子。
両方の婚約者が反対ならば良かったのにと、何度嫌味を言われたか分からない。
だが、優しいオーランが選んだのはポリアンナだ。
オーランが昔、メアリールと婚約の話しが出ていたのは周知の事実だった。
聞きたくもないそんな噂は、登城するとすぐに耳に入った。
しかし、オーランはメアリールに会う前に自分を選んでくれたのだ。
ポリアンナのことを理想の女性が見つかったと言って、婚約者にと望んでくれたのはオーラン自身だ。
父、クライ伯爵からその話しを聞いた時は、夢のような出来事に信じられない気持ちでいっぱいだった。
あの才色兼備の理想の淑女より、野暮ったい自分を選んでくれた王子様。
ポリアンナは彼の為に頑張ろうとした。
だが、共通の友人や彼のそばにいる者からは、ポリアンナはそのままでいいと言われた。
あのメアリール・コルアン公爵令嬢との話しをけってまで選んだ令嬢が、同じような女性になってはオーランがわざわざポリアンナを選んだ意味がないと言われたのだ。
オーランがポリアンナに望むのは、いつも明るく接して楽しませてくれる存在なのだと。
なるほどと思ったポリアンナは、いつまでも変わらない自分でいようと決めた。
正直、勉強は嫌いだし作法も中々上手くいかない。
第一王子のオセアン様の相手は元々王族だし、メアリールだって第三王子の婚約者になる前から完璧令嬢と言われていた。
オーランに見初められて王子妃教育を始めた自分が、二人のようにできなくて当たり前だとも思う。
そう思って過ごしていた日々が、ある日突然ひっくり返ったのだ。
他国の王子の留学に伴って忙しくなったオーランに中々会えなくなり、寂しいながらも結婚を夢見ていたポリアンナに婚約破棄が言い渡された。
どうして急に、と何度もたずねるが王族側からはなんの説明もない。
ただ婚約解消後に流された噂によれば、ポリアンナの一向に進まない王子妃教育の成果にオーランが痺れを切らしたということだった。
まさか、そんな。オーラン様は変わらない私が好きなはず。
ポリアンナはオーランにも詰め寄ったが、結局は父が多額の慰謝料を受け取ったという事実が分かっただけだった。
あっさりとお金で解決されるだなんて……。
そこで初めて、ポリアンナはオーランに愛されていないことを知った。
いつも優しい微笑を浮かべていた第二王子は、何を思い自分を婚約者においていたのか?
どんな感情で、無作法な自分を見ていたのか?
落ち込むポリアンナの耳に、同じような立場のメアリールの婚約が聞こえてきた。
ありえない。
同じ王族の婚約者という立場にいた二人なのに、自分は彼に愛されていなかったと自覚させられ、周囲には王子に捨てられたと嘲笑されているのに、彼女は元の婚約者よりも上の立場の者と婚約するという。
しかも相手は目が覚めるような美貌の持ち主で、メアリールをとても大事にしているようだった。
婚約が早いのも、彼が留学中にメアリールの家族や友人達の前で結婚を誓う為だったという。
王子に捨てられたというのに、誰からも祝福されるメアリール。
ポリアンナの感情は、いつしかメアリールへの妬みと嫉みと僻みに変わっていった。
メアリールを困らせてやりたいが、どうしたらいいのか分からない。
自分はあまり頭がよくないのだ。
いつも感情のまま行動するので、完全に守られている公爵家の令嬢に手を出すことはできない。
考えに考え抜いて起こした行動が、これだった。
婚約の祝いの場で恨み言を言ってやる。
お前だけが幸せになるのはおかしいと、自分はこんなに可哀そうなのに同じ立場で何故こんなにも話しが違うのかと言ってやりたいのだ。
捨てられた者の気持ちが分かるかと、オリバーを捨てたメアリールを人前で非難したかった。
周りだっておかしいと思っているはずだ。
王子を捨てた女が、すぐに他国の王子と婚約なんてしていいはずがない。
たっぷりと罵ってやろうと思っていたポリアンナは、最初に躓いた。
まさかメアリールがオリバーを庇うだなんて……。
自国の王子を侮辱するなと言われたポリアンナは、二の句が継げなくなってしまった。
「あ~、う~」と冷や汗を流すポリアンナに、メアリールは思う。
あ、この人、私がオリバー様を庇うとは思ってもいなかったのね。
思ったことが全て顔に出ているポリアンナを少し残念な子を見るような目で見つめていると、今度は左から大きな声が飛んできた。
「貴方がオリバー様の話しをしないで!」
振り向くとそこには、モア・ラギット男爵令嬢が仁王立ちでこちらを睨んでいた。
どうして彼女がここにいるのかと思ったが、本日の祝いの場は、メアリールの友人にも祝ってもらう為のものである。
学園の生徒ならば参加可能で、ほとんどの家からは当主と学生が出席している。
彼女もまた学園の生徒である以上、出席していてもおかしくはない。
ポリアンナは学生ではないがオーランの元婚約者という立場から、メアリールと個人的に親交があったと考えられたのだろう。
だが、モア・ラギットは確か学園で倒れて以来、体調を崩し家で静養していると聞いていた。
オリバーも出席しない今回の宴は当然、彼女も来ないだろうと思っていたのだ。
しかし、目の前にいるモアはとっても元気そうで、とても体調を壊しているようには見えない。
「お体はもういいの?」
心配してそうたずねると、モアは顔を真っ赤にして「白々しい」と叫ぶ。
「貴方がお父様に言いつけたのでしょう。身分も考えずにオリバー様に擦り寄って、嫌がられているって。お蔭で私は私室にほぼ軟禁状態だったのよ」
喚くモアに、メアリールは少しだけ驚く。
軟禁状態って、それほどしっかりと閉じ込めておかないと、この方は何をするか分からないと父親に思われていたのかしら?
まぁ、今の行動からしても男爵の懸念は当たっていたようだけど。
メアリールは周囲がドン引いているのにも気が付かず喚きたてるモアに、わざとゆっくりと話し出す。
「あら、そうだったのね? でも申し訳ないけど、そんなこと私は知らないわ。そもそも私がラギット男爵に会う機会など、どこにあったのかしら?」
正論を述べたつもりだったのだが、モアは目を吊り上げると「貴方ならなんとでもできたでしょう」と無茶なことを言ってきた。
いや、そこはちゃんと証拠を掴んでから言ってよ。会ってもいないから証拠なんてないけど。
モアの勝手な言いように呆れていると、後ろからパズが『黙らせましょうか?』と小声でたずねてくるので『もう少し待って』と応える。
パズに任せると、どういった手段に出るか分からないから、できれば穏便にすませられないかと思ったのだ。
ふと隣を見ると、ポリアンナが口をポカンとあけている。
天真爛漫と称されたポリアンナも、流石にこれほど破天荒な登場をするモアに言葉を失くしたようだ。
「とにかく貴方の所為で私は酷い目にあっていたというのに、貴方はオリバー様を捨ててレピュテイシャン様と婚約ですって? 信じられない。可哀そうにオリバー様はその所為で引きこもってしまったそうじゃない。なんて酷い人なのかしら? この悪女!」
あ、パズに黙らせてもらっといたらよかった。
モアは周りが唖然と見ているのを、どこからも反論がないのはモアが間違っていないからだと勘違いして、本日の主役であるメアリールに悪女などという聞き捨てられない暴言を吐いたのだ。
周囲が一斉に目を丸くするが、すぐに軽蔑しきった視線でモアを睨みつけた。
これでモアは、社交界には二度と出ることはできないだろう。
こんな爆弾娘……コホン、口の軽い方では誰も相手にできない。
ここにオリバー様がいなくて良かったわ。
巻き込まれ事故で、オリバー様も酷い目にあっていたと思うもの。
王族の席をチラリと見ると、唯一会場に残っている国王陛下が目を大きく見開き、こちらを凝視している。
隣ではお父様が騎士を呼びつけていた。
ああ、まずいわ。このままではモア様は捕らえられてしまう。
流石に助け舟を出そうと声をかけようとした瞬間、モアがふふんと胸を張って居丈高に叫んだ。
「仕方がないから、私がレピュテイシャン様と結婚してあげる。貴方はオリバー様に頭を下げなさい。そうすれば正室にはしてもらえなくても、側室にはしてもらえるかもしれないわよ。まぁ、いい加減見限られているかもしれないけど」
ピキッ!
――その場が凍った。




