王族の元婚約者
オーランの先導でレピュテイシャンは宴のさなか、メアリールを置いて裏庭に白薔薇を取りに行くこととなった。
オーランが何か企んでいることを知っていたメアリールは、嫌な感じがすると必死で引き止めたのだが、面白がるレピュテイシャンはそのままオーランの後について行くと言う。
どうせここで話しに乗らなくても、どこかで無理矢理仕掛けてくるかもしれない。
周りやメアリールを巻き込まないように、今ここで引っかかったフリをして来ると言うレピュテイシャンに眉を下げる。
「心配するな。ちょっと揶揄ってくるだけだから。それよりもメルの方こそ気を付けろよ。オーランはメルに酷いことはしないと思うが、何かあるか分からない。絶対に一人にならないようにな」
そう言って頭を撫でるレピュテイシャンに、ふくれっ面を向ける。
「だったら、レピュがそばにいてよ」
「う~わぁ、可愛い。可愛いけど、ごめん。この際、鬱陶しい問題はしっかりと解決しておこうと思うんだ。でないとメルも、安心して国を離れることができないだろう」
レピュテイシャンがメアリールの為に行動していることは、先日の会話でも分かっている。
それほど思われて涙が出るほど嬉しい。
けれど、もしもレピュテイシャンの身に何かあればその方がメアリールには耐えられない。
――本当は分かっている。レピュテイシャンは、こうと決めたら必ずやり遂げる人だ。
だから引きとめても無駄なことは分かってはいたが、それでも言わずにはいられなかった。
メアリールは心配顔のまま、分かったと頷く。
「指輪はしっかり持っていろよ。なんならパズを置いて行くか?」
「そうですね。私もメアリール様と一緒の方がいいです。そっち、なんか面倒くさそうですし」
「面倒くさい、言うな。全くお前は……」
「ううん。私は友人と一緒にここで大人しく待っているわ。パズ、レピュをお願い」
パズがいれば大丈夫だろうとレピュテイシャンを頼むと、え~っと心底嫌そうな顔をされた。
え、パズって側近よね? 王子様のそばにいるのが仕事よね?
「レピュテイシャン様なら、一人でも平気ですよ。まぁ、他の従者もいますので一人ではないのですが、危ないのはむしろ相手の方です。遊び過ぎないようにしてくださいよ」
全く心配する様子のないパスに、メアリールは困ってしまう。
レピュが無茶をしない為にも、パズには一緒に行ってほしいのだけれど、どう説得したらいいのかしら?
メアリールは困惑しながらも、もう一度パズを見る。
「あのね、パズ……」
「そういうことで、レピュテイシャン様の心配はいりません。私はか弱いメアリール様のそばにいます。守りがいがありそうですし、何よりちょっと面白そうです」
何が?
パズが嬉しそうにグイグイ押してくる。
メアリールが困ったようにレピュテイシャンを振り返るが、レピュテイシャンまでも「そうだな。やっぱりその方がいい。パズ、メルのことは頼んだぞ」とパズの居残りに賛成してしまった。
「はい。メアリール様のことはお任せください。温かい場所で淑女の可愛らしい会話を耳にしながら、お帰りをお待ちしております」
「ハア、全くお前は……」
面倒くさい場所に行かずにすんだと、パズは嬉しそうに胸に手を当てる。
そんなパズに呆れながらも、レピュテイシャンは任せたと肩を叩いている。
「待って、パズ。私なら平気だから、レピュと一緒に行って」
話を終わらす二人を慌てて引きとめるが、クルっと振り向いたレピュテイシャンにスルっと頬を撫でられる。
途端に周囲で悲鳴が上がり、メアリールは恥ずかしさに頬を染めた。
「大丈夫だよ、メル。他の従者も連れて行くし、何かあればパズと連絡とるから」
「連絡?」
『能力の一つでね。遠くに離れていても、相手に伝えたいことを強く思うことでお互いに相手の言葉を感知することができるんだ。通信魔道具と同じようなもの』
周囲に聞かれてはまずいことなのは分かるが、メアリールの耳元に囁くのは勘弁してもらいたい。
またもや周囲では黄色い声があがっている。
真っ赤になりながらもレピュテイシャンを見つめるメアリールに、離れた場所でレピュテイシャンを待っていたオーランがその光景に気が付き、苛立ちを募らせる。
「まだですか?」
オーランは堪らず二人の邪魔をすると、レピュテイシャンに早く来いと催促する。
レピュテイシャンはメアリールの頭をそっと撫でると、そばから離れて行った。
彼を見送るメアリールのそばには、パズが微笑みを称えたまま居残る。
そしてすぐに、数人の友人が集まって来た。
チラチラとパズを見ながら頬を染める友人達に、レピュテイシャンが白薔薇を取りに行ってくれたのだと話すと、少女達はキャーっとまたもや歓声をあげた。
レピュテイシャンが会場を後にして暫く、友人と楽しく会話していたメアリールの後ろから「コルアン様」と声をかけられた。
振り向くとそこにはクライ伯爵令嬢。オーランの元婚約者がいた。
王族側からの理由なき一方的な婚約破棄は、彼女にはかなりの不名誉になったはず。
元婚約者が主催する城の宴の場になど出席して、彼女は大丈夫なのかとチラリと周囲を見渡す。
案の定、周りは彼女と距離を取りヒソヒソと囁いている。
メアリールは彼女とは兄弟の婚約者同士ではあったものの、それほど付き合いはなく、彼女が今どんな気持ちが分からない以上、どう接すればいいのか困ってしまう。
思わず眉尻を下げるが、彼女はそんなメアリールに構わずツカツカと近寄って来た。
「この度はブリック国第一王子、レピュテイシャン・アスモ・ブリック様との婚約、誠におめでとうございます」
ニッコリと笑って祝辞を述べるクライ伯爵令嬢に、メアリールは貴族スマイルを浮かべて無難に礼を述べる。
「ありがとうございます」
「やっぱり、メアリール様は私とは違いますね」
「……どういうことかしら?」
「田舎に領地を持つ、しがない伯爵家の娘など王族に捨てられては傷物とみなされるだけで後にはまともな縁談などあろうはずもなく、年の離れた方の後添いに入るか修道院に行くしか道はありません。けれどメアリール様はオリバー様を捨てられ、より高い身分の方へと嫁がれる訳でしょう。私とは正反対。流石公爵家のご令嬢ですわ」
ニコニコと笑いながらも、自分の身の不幸とメアリールに対しての妬みを言う彼女に、メアリールは内心不快に思う。
返事に困るような言葉を述べる彼女は、もしかしたら一方的に話しをしたいだけなのかもしれないが、黙って聞いてあげる義理はない。
ハッキリ言って面倒くさいし。
メアリールはニッコリと笑う。
「お二人の婚約解消の理由は私には分かりませんので、クライ様が満足される言葉を返すことはできません。ですが、これだけはお間違いなきよう。私達の婚約解消はオリバー様からのお申し出によるものです。その後、レピュテイシャン様が私を求めてくださったのです。自国の王子様が捨てられたなど、そのような醜聞をたてられるのは如何なものでしょう?」
メアリールはキッパリと、自分の国の王子の不名誉な発言は控えるようにと注意する。
巷では、浮気者のオリバーに困らされていたメアリールがレピュテイシャンに求められ、愛をはぐくみオリバーを捨てたと噂されている。
……正直、似たような感じではあるけれど、やはりここは自国の王族の名を汚してはいけない。
それにその噂を肯定すれば、王子の婚約者という立場で他国の王子と親密な関係になっていたメアリールは、ただの浮気者だ。
レピュテイシャンにしたって、他国の王子の婚約者に手を出す不埒者と見られるかもしれない。
どう考えても、醜聞になるような話しだ。
だからここはあえてメアリールがオリバーに捨てられて、一人になった彼女にレピュテイシャンが求めてきてくれたという方が、丸く収まるだろう。
私はレピュとブリック国で幸せになるのだから、チェルリア国でどんな噂を流されようと別に困らないけど、家族がいる以上、後々変な話しをされても困るのよね。
そう考えたメアリールが貴族スマイルを浮かべたまま、そう答えたのでポリアンナは目を真ん丸にしていた。
まさかメアリールがオリバーを庇うとは、思ってもいなかった。
ポリアンナは顔を真っ赤に染める。
自分の婚約を祝う場で同じ王族の婚約者だった者から、全く違う立場になる話しをされては困るだろうと単純に思ってのことだった。
幸せな公爵令嬢を、少し不快にさせてやりたかったのだ。




