婚約の宴
レピュテイシャンとメアリールの婚約式が密かに行われた、その日の夕刻。
城では、彼らの婚約を祝う宴が開かれていた。
招待されたのは、主だった貴族の当主と学園の生徒、そして諸外国の大使だ。
メアリールの母親と弟妹は、まだ幼いということで婚約式にだけ出席した。
レピュテイシャンの周りを陣取っているのは、諸外国から集まった大使達。
苦笑するチェルリア国の貴族の中で、彼らだけは浮足立っている。
それもそのはず。
今まで相手にされなかった資源豊富な国の王子が、やっと自分達の言葉に耳を傾けてくれているのだから。
舌なめずりで自国の自慢を始める大使に、レピュテイシャンは微笑みを向ける。
人間とは思えないその美貌に一瞬言葉を失う数人の大使の中で、一握りの猛者が自国に興味をもってもらおうと奮闘する。
暫く黙ってしゃべらせていたレピュテイシャンは、そんな大使に片手をあげた。
大使が言葉を区切ると、ただ一言。
「貴殿は、本日は何しに?」
え? と不思議な顔をする大使に、その笑みを深くする。
「も、もちろん、レピュテイシャン殿下とメアリール嬢の婚約をお祝いしに……」
先程まで自国の自慢話しをしていた大使が慌ててそう言うと、レピュテイシャンはコクリと頷く。
「そうだな。祝いの言葉はありがたく受け取ろう。ではそろそろ、他の方にもその席を譲っては如何かな? 俺はここに来てくれた全ての者からの言葉を聞きたい」
そう言われては、大使達は何も言えなくなってしまった。
自分達を拒否している訳でも、無下にしている訳でもない。
祝いの席で祝いの言葉は受け取ったと、当たり前のことを言われたのだ。
その上でより多くの者と言葉を交わしたいと言われては、それ以上押し通すわけにはいかない。
すごすごと引き下がる大使に、レピュテイシャンの後ろで控えていたパズが『愚かですね』と呟くが、それをレピュテイシャンは微笑みと共に聞き流す。
「お疲れ様、レピュ」
大使以外の者達からも祝いの言葉を受け取っていると、横から可憐に着飾ったメアリールが、労いの言葉をかけてくる。
薄いピンクの愛らしいドレスに身を包むメアリールは、自分の大人びた容姿には似合わないのではないかと懸念していた様子だったが、なんてことはない。
大人びた容姿というのは、優秀なメアリールを周囲が大人と称した結果、そのように意識して作り上げられていたにすぎないのだ。
現に化粧を薄くして情熱的な赤い髪をハーフアップに結い上げ、髪とスカート部分に真珠をあしらった姿は華やかながらも清楚であり、メアリールをより可憐に見せている。
本来のメアリールはとても可愛いのだと、レピュテイシャンは譲らなかった。
その言葉を信じて彼の要望を受け入れた結果、このように愛らしいメアリールが完成した。
その姿に周囲は驚きながらも、見惚れるしかなかった。
幸せそうに微笑む二人を、皆拍手と共に受け入れたのだ。
「友人との話しは、もういいのか?」
今までレピュテイシャンが大人しく大使の話しを聞いていたのは、メアリールを友人とゆっくり話させてあげたかったからだ。
友人と会話するメアリールにまで大使が押し寄せないようにと、レピュテイシャンがまとめて引き受けていたが、あまりの退屈な時間にもういいかと切り上げてしまった。
しかし、こうも早くメアリールが戻って来たことに、邪魔をしてしまったかと気になったレピュテイシャンだったが、メアリールは軽く首を横に振る。
「もう十分、堪能しました。後はレピュと一緒に楽しみたいです」
そう言って、頬を染めるメアリール。
「え、どうしようか、パズ。滅茶苦茶可愛いんだけど、飛んでもいいか?」
「いや、気持ちは分かりますが、混乱しないでください。興奮するクセ、直しましょうよ」
「変態みたいに言わないでくれ」
「嬉しくなると飛びまわるクセなんて、十分変態です。気付かなかったのですか?」
「~~~~~俺、王子なんだけど」
「十分存じています。変態王子様」
「変態言うな。メルに気持ち悪がられるだろう」
「今頃⁉ 今頃それを言いますか?」
「え? え? メルは俺を変態だと思っていたのか?」
思わずプッと噴き出すメアリール。
二人の仲は相変わらずらしい。
不思議な顔をするレピュテイシャンに、メアリールは優しく微笑むとはにかみながらこう告げた。
「大丈夫よ、レピュ。私はどんな貴方でも大好きよ」
バッ、とパズがレピュテイシャンの背中を押さえる。
「やばっ、羽出そうになった」
「メアリール様、人目のある際は自重していただけると助かります。なんせ相手は変態王子ですから」
「……ごめんなさい」
二人してパズに叱られる。
レピュテイシャンはメアリールが想像している以上に、彼女の言葉や行動に反応する。
そして嬉しいと、所かまわず飛び回るのだ。
確かにこんな場所で飛び回られたら、それが魔道具の力だと言って信じてもらっても、どうしてこのような場で使ったと、我々に見せびらかす為かと変に勘ぐられかねない。
そのような危険なことも考えられずに、思ったことをそのまま口にしてしまったメアリールは、少し浮かれてしまっている自分にも反省する。
思った以上に私、浮ついているわ。レピュのこと、とやかく言えないわね。
そんな風に反省していると、スッと誰かがそばに寄って来た。
ふと顔を上げると、そこには本日の主催者、第二王子オーランがいた。
「楽しそうですね」
「ああ、楽しいよ、オーラン殿下」
微笑みあう二人にメアリールは、レピュテイシャンの服の裾をキュッと握る。
ううう~、怖い。真っ黒な笑みが怖いよ、二人共。
そっとレピュテイシャンの背中に隠れるメアリールにオーランは視線を送るが、すぐに目の前のレピュテイシャンに顔を向ける。
「大使との話しは疲れましたでしょう。ですが助かりました。あのままでは諸外国との仲が険悪になるところでした。我が国はレピュテイシャン殿下との話しの場を設けた。後は殿下の興味をひけるかどうかは、それぞれの大使の手腕にかかっているので、我が国が一方的に責められることはないでしょう」
「ハハハ、純粋な祝いの席ではないと暴露されますか」
「どう取り繕ってもご存知だったでしょうに、今更です」
ハハハハハと笑い合う二人に、周囲は仲がいいのだなと微笑ましく見守っている。
後ろに控えたパズを含め、四人の周りにはいつの間にか空間ができていた。
「ところでレピュテイシャン殿下はもう、メアリールに白薔薇はお渡しされたのですか?」
「白薔薇?」
「ええ。我が国では、婚約式や婚約のお披露目の最中で女性に男性が自ら摘んだ白薔薇を渡すと、生涯幸せでいられると言われているのです」
オーランはレピュテイシャンの背中に隠れているメアリールに顔を寄せると「ねえ、メアリール」と同意を求めた。
ビクッと体を跳ねさせながらも、メアリールは険しい表情をつくる。
「……あの、オーラン様」
「ん、何?」
オーランは久しぶりにメアリールに自分の名前が呼ばれたのを嬉しく思い、彼女に手を伸ばす。
それをレピュテイシャンが体をずらし、その手がメアリールに触れるのを阻止した。
メアリールは眉間に皺を寄せたオーランに、やんわりと、だがハッキリと言い切る。
「私の名前を呼び捨てにするのはおやめください。私はオーラン様とはなんの関係もありません。それに白薔薇の話しは、言い伝えでもなんでもありません。ただの少女達の噂話しです。そんな話しを他国の方のお耳に入れるのは、およしになってください」
そう言われて一瞬オーランの顔が険しいものに変わるが、すぐに穏やかな表情に戻る。
「ああ、そうか、そうだね。すまない、メアリール嬢。私も二人の婚約に少し浮かれていたのかもしれないな。白薔薇の件は確かに噂話しの域を出ていないかもしれないが、それでもそんな話しをよく耳にするものだから、せっかくなら二人には幸せになってほしいと思ってのことだったんだ。悪気はなかったんだよ」
そう言って苦笑するオーランに、メアリールはそれ以上何も言えなくなった。
それにその白薔薇の話しをして、なんの意味があるのだろうか?
白薔薇を用意していないだけで、レピュを貶めるなんてことはできないだろうし。
メアリールが首を傾げる中、オーランはレピュテイシャンに向き直ると「すまない、聞き流してくれ」と謝罪した。
「ちょうど裏庭に綺麗な白薔薇が咲いていたので、それをあげてはどうかと思っただけなんだ」
そう言ってチラリと裏庭の方に視線を送るオーラン。
レピュテイシャンは「ふむ」と唇に拳を当てると、オーランに向き直った。
「では、オーラン殿下の好意に甘えてその白薔薇を摘みに行くとしようか」
「何言ってるの、レピュ⁉」




