改めた決意
私は睨み合いながらもお互いの距離を縮めていく姉達に、一歩後退する。
「お二人共、お元気そうで何よりです。私は執務が残っていますので、申し訳ありませんが失礼いたします」
逃げるか勝ちとばかりに私はすぐにその場を去ろうと試みるが、案の定それは許されずに私の両方の腕は、しっかりとそれぞれの姉上の手に捕えられた。
「「あら、少しくらいいいじゃないの、オーラン」」
二人の言葉が被った。
凄い目で睨み合っているが、ある意味この二人は似た者同士なのかもしれない。
「あ~ら、お姉様。足を引きずっているという噂を耳にしたのだけれど、一体どうされたのかしら? そのお歳の淑女としては些かお転婆が過ぎるようですわね。城で大人しくしていられないのなら、さっさと公爵家にお戻りになったらいかが?」
「フフフ、心配してくれてありがとう。そうね、公爵家からは早く帰ってきてほしいと言われてはいるけれど、お父様も寂しいらしくて私にいつまでもそばにいてほしいと仰るの。私にはどちらかなんて選べないわ。だってどちらも私の家だもの。オディールのように選択肢が一つしかない方はいいわよね。悩まなくてすむもの」
バチバチバチッと火花が散る。
私の両腕を掴みながら、両者は睨み合っている。
やるなら勝手にやってくれ。
全くこの二人は幼い頃から喧嘩が絶えず、いい加減飽きないのだろうか?
こんな二人を間近で見ていたから私とオリバーは、所作など気にせず天真爛漫な女性に心を惹かれたのかもしれない。
まぁ、結局は王族の伴侶としては欠けているものが多過ぎて、辟易してしまったのだが。
ああ、そう考えると本当にメアリールはなんて素晴らしい女性なのだろうか。
この二人のように傲慢でもなければ、我儘でもない。ポリアンナ達のように物知らずでもなければ、恥知らずでもない。
努力家で控えめで、驕ることなく他者を思いやる心がある、美しく純粋な少女。
メアリールのような女性はどこにもいない。
彼女こそ、特別なのだ。
私は醜悪な争いを続ける我が姉を見ながら、やはりメアリールを手放すわけにはいかないなと改めて思った。
それにはどうにかして蛮族の王子を彼女から離さないといけない。
私はチラリと姉達を見る。
そういえば姉達は、レピュテイシャンを蛮族の王子と蔑みながらもチラチラと頬を染めながら見ていた。
あの美しい顔に惹かれない者はいないだろうが、矜持が邪魔をして素直に自分からは歩み寄れなかったのだろう。
彼の方から来るのなら相手にしてやらないこともないと、侍女相手に話しているのを耳にしたことがある。
メアリールは素晴らしい女性だ。
だが、この気位の高い姉達はこれでも王女だ。
メアリールにも話したが、メアリールの代わりに姉達に彼の相手をさせていれば少しは事態も変わっていたのかもしれない。
いや、今からでも遅くはないはずだ。
私は二人の姉に視線を送ると、彼女達の名前を呼んだ。
「オデット姉上、オディール姉上」
「「何、オーラン? オセアンお兄様やオリバーがいない今、せめて貴方だけでも私の相手をしてくれたっていいんじゃないの?」」
また被った。
一周回って、仲良しかよ。
二人はまた睨み合っているが、一々相手にしていられない。
「姉上達はもう、あの王子に興味は無くなりましたか?」
そう言うと、二人はあからさまにビクッと体を跳ねさせた。
不思議に思いながらも、話しを続ける。
「確かにメアリールは公爵令嬢で王子に嫁ぐのに十分な身分といえますが、やはり身分だけを考えるなら姉上以上の方々はいらっしゃらない。蛮族とはいえ、彼は第一王子です。そしてとても裕福で、諸外国からも注目を浴びている国の次期国王の相手が公爵令嬢というのは、些かどうかと思うのですよ。王女ではなく公爵令嬢ごときを差し出し、侮られたと怒る民もブリック国にはいるかもしれない。そう考えると、彼の相手はメアリールよりも姉上達の方が釣り合うと思うのですが、そうはお思いになりませんか?」
私の言葉を聞いた二人は頬を染め、そわそわと体を揺らす。
諸外国からも注目の、裕福な国の美しい王子の妃。
彼の横に並び立ち、他国の貴族からも跪かれる姿でも妄想したのか、二人の表情が崩れていくのが分かった。
まんざらでもない様子の二人に言葉を続けようとしたのだが、オデット姉上がピシャリと顔の前で扇を広げた。
「貴方の言うことは最もだけど、二人の婚約は正式に認められたのでしょう? それに彼は、城から出て行った。もう会うこともできない以上、私にはどうすることもできないわ」
「まぁ、城にいたところであの部屋には行きたくないけど……」
二人は視線を逸らしながらも、ブツブツと呟いた。
ん、何かあったのか?
私は二人の様子から、考えを巡らせる。
この姉達は矜持だけは高い、浅はかな思考の持ち主だ。
もしかして既に夜這いなどを仕掛けて、手酷く振られたのではないだろうな?
いやいや、まさか。これでも王女だ。一国の王女がそのような、はしたない真似などするはずがない。
それに使用人からも、彼らの居住区で問題があったなどの報告は何一つとしてあがっていない。
私はコホンと咳払いをすると、姉達を煽ってみることにした。
「では姉上達は、やっと二人に見合った相手をわざわざ見過ごすのですね」
「「え?」」
「この国で最高の身分を持ち美しく聡明な二人には、中々見合った相手がいませんでしたでしょう。ですが彼ならお二人の横に立っても充分、見劣りすることはない。やっと現れたお二人にお似合いの男性を、姉上達はいらないと仰るのですね。勿体ない」
矜持をくすぐり、彼ほどの優良物件は他にはないぞと言ってやる。
「いらないとは言ってないわ。言ってないけど……」
「……オーラン、貴方何が言いたいの?」
オディール姉上がブツブツと呟く中、オデット姉上が私を睨んでくる。
流石に第一王女。
一度も結婚したことのない第二王女よりは、警戒心を持っている。
私はパンっと目の前で手を叩く。
「いやだなぁ。私はお二人を心配しているだけですよ。お二人が彼の世話役を務めていたら、メアリールの立場には姉上達がなっていたのだろうなと思うと、少しやるせない気持ちがするだけです。でもそれは今からでも遅くはないのではないかと……」
「はぁ? 遅いでしょう。もう彼の相手はコルアン令嬢と決まっているのよ」
「お二人はそれで納得できますか?」
私の言葉にオディール姉上が噛みつくが、私はニコニコと二人の矜持をつつく。
「ねぇ」
オデット姉上が私のそばに来ると、扇を広げて私の耳元に囁く。
『メアリール・コルアン公爵令嬢。あの子は一体どういった子なの? オリバーの婚約者だと聞いていたから気にも留めなかったけれど、気が付けば異国の王子の隣をちゃっかり居座っているなんて。お父様のお気に入りだとも聞いていたけれど、オセアンあ兄様や貴方も彼女を気にしているようだったわね』
意外と的を得て来る第一王女に、私の体はビクッと跳ねた。
まずい。矛先がメアリールにいけば、この王女は何をするか分からない。
彼女を傷付けるわけにはいかないと焦る私に、オディール姉上が声を荒げる。
「何を二人で話しているのよ。私には聞かせられないこと?」
「煩いわね。一々貴方に言うことではないわ」
「なんですって!」
二人が言い合いを始めたので、私はこれ幸いと口をつぐむ。
オデット姉上、意外と目敏いかもしれない。
こうなっては二人をけしかけて、レピュテイシャンをメアリールから引き離すことはできないな。
異国の王子にその気はなくとも、二人のどちらかと一つの部屋に閉じ込めてしまえば周囲には何かあったと勘ぐられ、メアリールとの婚約は立ち消えるかもしれなかったのに。
ただの貴族の令嬢ならば、話しを揉み消すこともできるが、相手が王女ではそうもいかなくなると思ったのだが、上手くはいかないものだ。
私は溜息を吐き、二人の喚きあいを傍観する。
私達に付いている侍女や護衛が私に止めて欲しそうな視線を送るが、そんなことはどうでもいい。
二人を利用できないのならば、他の方法を考えなければならない。
私は周囲を無視して壁に寄りかかりながら、自分の思考に没頭するのだった。




