森伸一
車で大学を出てから約三十分、街道を走らせて暫くすると木々が生い茂る方向に道があり、その道に入り坂を上がって更に十分車を走らせて行くとそこには、森のように木に囲まれた山の手のところにポツンと裕文の家がある。
裕文の家はそれなりに大きく、土地も広い。裕文の父が教授だけあり、家にも小さな実験室があるらしい。外からの様子だと家はカーテンで閉められており外からの視界を完全に遮断しているようだ。
俺は拓けた場所にと車を置き、玄関にと向かった。玄関のポストには新聞がもう何日分にと溜まっており、今にも溢れだしそうであった。俺は回収していない裕文の代わりにその新聞紙を回収して玄関にある呼び鈴を鳴らした。しかし、鳴らしても案の定なのか暫くしても反応は無かった。仕方なくダメもとでドアノブを回して鍵が締まっているかを確認しようとしてドアノブを回した時だった、ドアノブは軽く周り、ドアが開いたのだ。
「鍵を閉め忘れている?それともあいつがいるのか!?」
俺は勇気を出して、いや友の家なのだから勇気を出すなど無意味なのだろう。しかしどうも玄関の鍵が開いているということだけでどうも尋常ではなさそうだという感覚が押し寄せるのだ。そのため勇気を出す、何かに警戒することにこしたことは無いだろう。そう決意して裕文の家にと入って行った。
裕文の家に入るとまずそこには廊下であった。廊下の照明器具などは全て消えており、カーテンが閉まっていたためなのか、案の定と薄暗かった。更に、それに追い打ちをかけるかのように、玄関のドアを閉めた途端薄暗さから一切の光りのない真闇にとなった。俺はすぐ様にスマホのライトをオンにして辺りを照らした。ライトで足元を照らしてみて初めて分かったのだが、廊下にはホコリが積もっており、ホコリの被った廊下には何者かの足跡が道を示すようにと続いていた。
「そう言えば唯に聞いていなかったが裕文と会わなくなった日を教えてもらってなかったな。これを見たあたりだと相当前らしいが」
俺はその足跡に導かれるかのようにその後を辿って行った。それを辿って行くと、二階にと続く階段にと向かっている。裕文の家に遊びに行く機会はそれほど多くも無く少なく無いためある程度の家の構造くらいは理解しているつもりだ。しかし、二階となると話は変わってくる。なぜならば、二階には然程行ったことも無く、二階で行ったことがあるのは書斎のみであった。それも論文などレポートを書く時に裕文の家に泊まって一緒に書く時くらいだ。俺は安いマンションに暮らしているため防音などなく、隣の部屋からの音がしょっちゅう聞こえてくる。そのためあまりにも集中できず頭を悩ませていた時に裕文が俺に「マンションがうるさくてレポートや論文を書くのが集中できないんだったら、伸一がいいのならうちで書いてくれて構わない。何だったら泊まってもいい」と声を掛けてくれた。その御蔭で俺はそれ以降集中して書けるようにとなった。
「二階まで上がってきたな。――どうやら足跡は書斎の方だな」
二階まで上がったことを確認するように言って足跡のある方向にと顔を向けた。足跡は確かに書斎の方にと続いていた。俺は警戒心を緩めず書斎の方にと足を進ませてドアを開けずに耳を澄ました。ドアの奥、書斎からは何やらページを捲るような音が聞こえてくる。しばらくしてその音を聞いているとページを捲るような音は止み静寂に返った。
「音が聞こえなくなった・・・どうしたんだ」
俺がドアノブを回そうとした時だった、俺が回す前にとドアノブが回ったのだ。それはつまりドアの向こうの何者かがドアノブを回してドアを開けようとしているのだろう。
俺はすぐ様に身構えたが、ドアが開かれた瞬間その必要が蒸気の煙のようにと消えていった。ドアを開け、ドアの向こう側には薄グリーンのズボンとポロシャツ姿の裕文が何冊かの本を持って立っていたのだ。
裕文はさも不思議そうにこちらを向いて話しかけてきたん。
「伸一じゃないか。どうしたんだ?」
「どうしたんだって、それはこっちのセリフだ、裕文。お前、ここの所無断で欠席しているらしいじゃないか。今が大事な時なんだぞ」
俺は少し強めに裕文にと声を投げかけた。しかし、裕文はどこも気にするような素振り一つ見せず、ましてやため息を吐いて開けていた書斎のドアを閉めて俺を押し避けて歩き始めた。俺はそれを追いかけるように後を追った。すると裕文は研究室にと足を運ばせて言った。
「僕はね、今とっても忙しいんだ。先生には君からの口で説明してくれないか“用事ができたためしばらく休みます”って」
「裕文、ふざけてる時じゃないんだぞ。さっきも言った通りだがこのままじゃお前は進級できないんだぞ」
「そうだね、できないだろう。だけど、進級なんてまたチャンスがあるじゃないか。今の僕には進級なんかよりも大事なことがあるからね」
裕文の回答は早かった。何のためらいも無く彼の口からできないだろうと言った。それはつまり裕文はそれを理解した上で言っているのだろう、だとしたらなおさらだ。しかしそれでも裕文は平然とした顔で何とも思っていないようだ。俺は納得がいかぬまま声を和らげて言った。
「まあいい、お前が無事なら安心だ。それより、お前今までどこにいたんだ。家の様子では暫く家にはいなかったようだが」
裕文は少し迷いながら間を開けて俺にと話してくれた。
「僕の家の上の方、そこには別荘区跡があるだろう。そこでちょっとね」
「はぁ?別荘区跡だと。確かにあるがあそこに何があるんだよ」
確かに裕文の家から上に行った方には別荘区跡がある。昔はそれなりに人気のあり、何人もの人がいた。しかし、ある日を途端にそこに住む者がいなくなり廃業してしまい今では手付かずのままの別荘区跡となってしまった。そのためそこにダムを建設する計画があるのだが何故だかその計画は一向に進んでいないのであった。そんなためなのか様々な根の葉もない噂が立ち肝試しにやって来る者もいる。しかし、それだけならば良いのであるが、肝試しに来た者は何故だか奇妙なことを言う者が多い。木々が勝手に動いた、でかい昆虫がいた、奇妙な形の動物の死体があった、木々が光りだしたなど狂った虚言を言う者が後を絶たなかった。初めこそはネットのデマかと思ったが今でも後を絶たずそう言う者もいる。だが、それはただの虚言だと俺は信じたかった。いや、信じることこそが俺にとっては救いだった。
俺は裕文に、何があるんだとさも何もなし気に言ったが明らかにあそこには何かがいる。何かは分からないがどうもあそこには何かがいるような気がしてすまないのだ。そのため肝試しに来た者たちの発言を虚言だと自分に言い聞かせることによってある程度の恐怖からの救済となった。俺はあそこで、自分自身の目で何かを見てしまったのだからだ。
「なぁ、裕文。俺は都市伝説や怪異なんて信じない、だけどあそこだけは危険だ。それはちゃんと理解してるんだよな?」
「あぁ、そうだね。僕も注意するよ。それとそろそろ僕はまた別荘区跡に行くから早く家から出てってくれないかな?君が出て行ってくれないと家を後にできないからね」
裕文は俺の顔を見ずに何か液体を試験管で混ぜながら言った。結局この日は裕文が何をしているのかが分からず裕文の家を後にしたのであった。




