第七話「本音」
庭の一角が、再び簡単な勝負の場となった。
周囲の貴族たちも興味深そうに集まってくる。
アグレッティが剣を構える。
ルタバガも剣を抜いた。
「お願いします。」
短く答え、ルタバガが構えを取る。
アグレッティの目が細くなった。
「参ります。」
二人が同時に動いた。
剣と剣がぶつかる。
一合。
二合。
三合。
ルタバガも騎士を目指しているだけあって、動きは悪くない。
だが、アグレッティはその上をいっていた。
剣を受け流される。
体勢を崩される。
そして、次の瞬間。
ルタバガの剣が弾き飛ばされた。
アグレッティの剣が、その喉元で止まる。
「参りました。」
ルタバガは素直に敗北を認めた。
アグレッティは剣を収める。
「良い動きでした。」
「ありがとうございます。」
アグレッティはルタバガを見下すことも、笑うこともしなかった。
騎士として、正面から相手を評価している。
ルタバガは、悔しそうに唇を噛んだ。
それでも、涙は見せなかった。
アグレッティはその場を離れず、ルタバガの様子を見守っている。
その様子を遠巻きに見ていたドラゴンウォーデン侯爵が拍手をしながら近づいてくる。
「負けてはしまったがセンスが素晴らしい。これは将来が楽しみな逸材だな。」
「父上。」
タラスクは父ピュトン・ドラゴンウォーデンの声を聞いて、振り返った。
ピュトンは息子を見る。
「お前は本当に、その女騎士を気に入っているようだな。」
「当然です。強くて、しかも容姿も好みですから。」
タラスクが悪びれずに答える。
その姿を横目に見ながら、ボミネイはターニップに視線をやった。
「行こう。」
ターニップが小声で返す。
「ルタバガ嬢を慰めるんですね。」
その場で必死に悔し涙を我慢するルタバガのもとへ、二人は歩み寄った。
「いい試合だった。」
ボミネイのぎこちない優しさだった。
「鍛錬の成果は充分に出ていましたよ。」
ターニップも言う。
更に後ろからヤジのような声が飛んできた。
「これだから女は。すぐにそうやって慰めてもらおうとする。」
視線を向けると、タイパンの近くにいた一人の少年が近づいてきた。
マンバ・ブームスラング。
タイパン・ブームスラングの息子だった。
「貴族の女なら、剣なんか振り回してないで、女らしくしていればいいだろ。」
「おい。」
ボミネイから思ったよりも鋭い声が出る。
マンバの視線がルタバガからボミネイにいく。
「なんだよ。」
「......。」
ルタバガは悔しそうに唇を噛み、俯いた。
マンバがルタバガに再度、視線を移す。
「女としてウチで鍛え直してやろうか。」
その言葉に、ボミネイの表情が変わった。
マンバにとっては、ルタバガ個人を嫌っているというわけではない。
貴族の女は騎士になるものではない。
女なら女らしくしていればいい。
それが、マンバの中では当たり前のことだった。
「ブームスラング殿。」
ボミネイの声が、その場に落ちた。
ターニップが驚いてボミネイを見る。
ルタバガも初めて見るボミネイの表情だった。
マンバが振り向く。
「なんだよ。」
「貴殿は少し黙った方がいい。」
伯爵家嫡男からの言葉だった。
普段なら、子爵家の子息に対してわざわざ口を挟むこともない。
それでも、今回は黙っていられなかった。
マンバが鼻で笑う。
「たかが学生が偉そうに……。」
両者の間に、いつ剣が抜かれてもおかしくない緊張が走った。
ボミネイが剣の柄に手をかけた瞬間、アグレッティが二人の間に入った。
「そこまでにしてください。」
アグレッティはボミネイの手に自分の手を重ね、剣を抜かせまいと押さえた。
アグレッティとボミネイの顔が近づく。
重ねた手を通して、アグレッティにボミネイの本音が伝わってきた。
間近で見ると、ほんとに可愛い人だな。
将来、こんな人と結婚できたらいいな。
アグレッティの目が大きく見開かれる。
「……へ?」
間抜けな声が漏れる。
何が起きたのか分からない。
目の前の少年から伝わってきたものだけは、はっきりとボミネイの本音と感じ取れた。
ボミネイ自身も、その異変には気づいていない。
目の前にいるアグレッティの動きが一瞬止まったことだけを見ていた。
ボミネイは反射的に踏み込んだ。
アグレッティの腕を取り、体勢を崩す。
アグレッティの身体がバランスを崩し、地面へ倒れた。
ボミネイはアグレッティをそのまま押さえ込む。
周囲が静まり返った。
つい先ほど、ルタバガを圧倒した女騎士。
そのアグレッティが、十四歳の少年に押さえ込まれている。
すぐには誰も声を出せなかった。
タラスクが、ゆっくりとボミネイたちへ歩み寄る。
「ボミネイ殿。ここは引き下がってもらえるか。」
ボミネイはアグレッティを見たあと、タラスクへ視線を向けた。
「……承知した。」
ボミネイはアグレッティから手を離し、立ち上がった。
続けて、カルティベイトが娘へ歩み寄る。
「ルタバガ。」
「……はい。」
俯いたまま、ルタバガが返事をする。
「怪我はないか?」
「ありません。」
「そうか。」
カルティベイトは娘の顔を見つめる。
悔しさを堪えているのが、父親には分かった。
「勝負に負けたことを恥じる必要はない。」
カルティベイトがルタバガの肩に優しく手を置く。
そして、振り返り周囲の貴族に聞こえるようにわざと大きな声で言う。
「先ほど、娘に対していささか不適切な発言があったようだ。」
カルティベイトはタイパンへ視線を向けた。
「ブームスラング卿。先ほどのマンバ殿の発言について、後日、正式に抗議させていただく。」
マンバは不満そうな顔をしていた。
「……ちっ。」
「マンバ。」
低い声が飛んできた。
タイパンだった。
「そこまでにしておけ。」
「でも親父……。」
「騒ぎを大きくするつもりか。」
マンバは口を閉じた。
ボミネイも、剣の柄から手を離した。
「ルタバガ。帰ろう。」
「……はい。」
短いやり取りだった。
それを見ていたターニップが、静かに二人の後を追う。
キャラクターイメージ:AI生成画像を使用しています。
© 池田興継
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