↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/23

第四話「兄妹」

 「おにいたまー!」


 ションア家の庭に、幼い少女の声が響いた。


 木剣を振っていたボミネイが、声のした方を振り返った。


 妹のセレラだった。


 四歳になったばかりの彼女は、黒に近い深い濃紺の髪をふわふわと揺らしながら、兄のもとへ駆け寄ってきた。


 左右で結ばれた髪には、鮮やかな青のメッシュが入っている。


 兄と同じ青みがかった灰色の瞳が、嬉しそうにボミネイを見上げていた。


「おにいたま、何してるの?」


「剣の練習!」


 六歳のボミネイは、木剣を振りながら答えた。


「セレラもやる!」


「セレラにはまだ早いよ。」


「やりたい!」


「危ないから駄目。」


「やだ!」


 セレラが頬を膨らませた。


 ボミネイは少し考えた。


「じゃあ、これ。」


 地面に置いてあった細い木の枝を拾った。


「これならいいよ。」


「ほんと?」


「ああ。でも、僕の真似をするんだぞ。」


「うん!」


 セレラは嬉しそうに枝を握った。


「こう!」


「そうそう。」


「えい!」


「上手い!」


「ほんと?」


「本当だ。」


 二人で庭を走り回った。


 その様子を、少し離れた場所から三人のメイドが見守っていた。


 一人はボミネイ付きのフェンネル。


 一人はセレラ付き。


 もう一人はミュニ付きのメイドである。


 三人とも、幼い主人(あるじ)たちが怪我をしないよう、注意深く目を配っていた。


 セレラ付きのメイドが、小さく息を吐いた。


「ボミネイ様とセレラ様は今日もお元気ですね。」


「いつものことですよ。」


 フェンネルが微笑んだ。


「お嬢様も楽しそうです。」


「ええ。」


 三人が庭を眺めていると、その少し後ろから、もう一人の少女がよちよちと歩いてきた。


「にーに……。」


 ミュニだった。


 三歳のミュニは、二人のところへ来ると、ボミネイの服を掴んだ。


「どうした、ミュニ?」


「ミュニも。」


「一緒にやりたいのか?」


「うん。」


「じゃあ、ミュニはこれ。」


 ボミネイは小さな枝を拾って渡した。


「ありがとう。」


 ミュニは枝を受け取った。


 そして、セレラを見た。


「……。」


 少し考えたあと、ボミネイを見上げた。


「にーに。」


「うん?」


「にーに!」


 ボミネイは笑った。


 セレラが首を傾げた。


「ミュニ、おにいたまって言えないの?」


「言える!」


「じゃあ言ってみて。」


「……。」


 ミュニが口を開いた。


「……にい……。」


 そこで止まった。


「にーに!」


「やっぱり言えないんじゃん。」


「言えるもん!」


「じゃあ言ってみて。」


「にーに!」


「違うよ。」


「にーに!」


「もう。」


 セレラが困った顔をした。


 少し離れた場所で見ていた三人のメイドから、小さな笑い声が漏れた。


 庭の木陰には、白いテーブルが置かれていた。


 そこでは二人の女性が、子供たちの様子を眺めながらお茶を楽しんでいた。


 一人は、ションア家の正室であるアフェシア・ションア。


 ボミネイとセレラの母親だった。


 向かいに座っているのは、側室のミレイ・ションア。


 ミュニの母親だった。


 二人は立場こそ違うものの、仲が良かった。


 アフェシアは、子供たちの交流を見守るため、ミレイとともにお茶会を楽しんでいた。


 メイド長のサルシファイは席を外していたが、ボミネイ付きのフェンネルやセレラ付きのメイドたちは、子供たちを見守っていた。


 その頃、サルシファイは自室で、息子のスコルツォネラと過ごしていた。


 幼い息子と過ごす時間を大切にしてほしいという、主人からの配慮だった。


 少なくとも、アフェシアは、そう考えていた。


「今日も、ボミネイ様はお元気ですね。」


 ミレイが庭を見ながら微笑んだ。


「ええ。あの子は庭に出ると、いつもあんな調子です。」


 アフェシアも笑った。


「セレラ様も楽しそうですね。」


 ミレイも微笑んだ。


「ボミネイが一緒だと、あの子はよく遊びますから。」


 アフェシアは、二人の子供たちへ視線を向けた。


 少し離れたところでは、ミュニも枝を握って兄と姉の真似をしていた。


「ミュニも、ボミネイ様が大好きですね。」


 ミレイが娘を見ながら言った。


「あの子はまだ三歳ですから、上手く言葉にできませんけれど。」


「にーにと呼ぶのが精いっぱいですものね。」


「はい。」


 ミレイは嬉しそうに笑った。


「私は、あの呼び方も可愛らしくて好きです。」


 アフェシアも笑った。


「セレラも、つい先ほどまでにーにと呼んでいましたよ。」


「まあ。」


「今日からお兄様と呼ぶように教えたのです。」


「そうだったのですね。」


 ミレイが庭を見た。


 セレラはすでに何度も「おにいたま。」と呼んでいた。


 一方のミュニは、相変わらず「にーに。」を繰り返していた。


「ミュニも、もう少し大きくなれば言えるようになるでしょう。」


 アフェシアが穏やかに言った。


「そうですね。」


 ミレイは頷いた。


「けれど、今のままでも十分可愛らしいです。」


「ふふ。確かに。」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 庭では、三人の兄妹が楽しそうに遊んでいた。


「ボミネイ様は、妹君の面倒をよく見ていらっしゃいますね。」


「ええ。」


 アフェシアは息子を見つめた。


「あの子は昔から、優しいのです。」


「私も、そう思います。」


 ミレイが頷いた。


「ミュニも、ボミネイ様がいると嬉しそうですから。」


「セレラも同じです。」


 アフェシアは少し笑った。


「兄がいるだけで、あの子たちは楽しそうにしています。」


「はい。本当にそう思います。」


 ミレイがそう言ったところで、庭からボミネイの声が響いた。


「母上!こっち来て!早く!」


「何かあったのでしょうか?」


 心配そうにするミレイ。


 アフェシアはミレイを見た。


「行きましょうか。」


「はい。」


 二人は席を立った。


 ミレイ付きの侍女が、すぐに茶器を片付け始めた。


「奥様、お茶は……。」


「あとでいただきます。」


 ミレイは微笑んだ。


「今はボミネイ様たちのところへ行きましょう。」


「かしこまりました。」


 二人が庭へ向かった。


 近づく母にボミネイは嬉しそうに駆け寄った。


「母上!」


「どうかしましたか?」


 アフェシアが答えた。


「セレラとミュニと剣の練習をしてるんだ!」


「そうなのですね。それでどうしてわたしたちを呼んだのかしら?」


「二人とも、上手なんだ!だから、もっと近くで見て欲しくって。」


「まあ。」


 アフェシアがセレラとミュニを見た。


 二人とも真剣な表情で一生懸命に枝を振っている。


「本当ですね。」


「おにいたまが教えてくれたの!」


 セレラが嬉しそうに言った。


「ミュニも!」


 ミュニも負けじと声を上げた。


「そう。」


 アフェシアは三人の頭を順番に撫でた。


「それは良かったですね。」


「うん!」


「よし!」


 ボミネイが木剣を掲げた。


「次はもっと難しいのをやるぞ!」


「うん!」


「にーに!」


 三人がまた庭を走り出した。


 その姿を、アフェシアとミレイは並んで見つめた。


「本当に仲の良い兄妹ですね。」


 ミレイが微笑んだ。


「そうですね。」


 アフェシアも微笑んだ。


「ボミネイ様がいらっしゃると、セレラ様もミュニも嬉しそうです。」


 ミレイは庭を見つめた。


「願わくはこのまま、ずっと仲良くしていてほしいものです。」


 アフェシアは力強く言った。


「きっと大丈夫です。ボミネイ様は、お二人を大切にされていますから。」


 ミレイの言葉にアフェシアは静かに頷いた。


「ええ。」


 二人の母親は、しばらく子供たちを眺めていた。


 この頃のボミネイは、よく喋った。


 まだ自分の言葉を恐れていなかった。


 よく笑い、よく走り、妹たちを連れて屋敷中を駆け回った。


 思ったことをすぐ口にし、嬉しいときには笑い、妹たちに伝えたいことがあれば、ためらわずに声を上げた。


 いつまでも、この子たちが互いを大切に思い、笑い合っていられますように。


 二人の母親は、同じ願いを胸に、子供たちを見つめていた。


挿絵(By みてみん)


キャラクターイメージ:AI生成画像を使用しています。

© 池田興継



お読みいただきありがとうございます。誤字脱字や設定の矛盾など、お気づきの点がありましたら、ぜひご報告ください。感想などもいただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。