第四話「兄妹」
「おにいたまー!」
ションア家の庭に、幼い少女の声が響いた。
木剣を振っていたボミネイが、声のした方を振り返った。
妹のセレラだった。
四歳になったばかりの彼女は、黒に近い深い濃紺の髪をふわふわと揺らしながら、兄のもとへ駆け寄ってきた。
左右で結ばれた髪には、鮮やかな青のメッシュが入っている。
兄と同じ青みがかった灰色の瞳が、嬉しそうにボミネイを見上げていた。
「おにいたま、何してるの?」
「剣の練習!」
六歳のボミネイは、木剣を振りながら答えた。
「セレラもやる!」
「セレラにはまだ早いよ。」
「やりたい!」
「危ないから駄目。」
「やだ!」
セレラが頬を膨らませた。
ボミネイは少し考えた。
「じゃあ、これ。」
地面に置いてあった細い木の枝を拾った。
「これならいいよ。」
「ほんと?」
「ああ。でも、僕の真似をするんだぞ。」
「うん!」
セレラは嬉しそうに枝を握った。
「こう!」
「そうそう。」
「えい!」
「上手い!」
「ほんと?」
「本当だ。」
二人で庭を走り回った。
その様子を、少し離れた場所から三人のメイドが見守っていた。
一人はボミネイ付きのフェンネル。
一人はセレラ付き。
もう一人はミュニ付きのメイドである。
三人とも、幼い主人たちが怪我をしないよう、注意深く目を配っていた。
セレラ付きのメイドが、小さく息を吐いた。
「ボミネイ様とセレラ様は今日もお元気ですね。」
「いつものことですよ。」
フェンネルが微笑んだ。
「お嬢様も楽しそうです。」
「ええ。」
三人が庭を眺めていると、その少し後ろから、もう一人の少女がよちよちと歩いてきた。
「にーに……。」
ミュニだった。
三歳のミュニは、二人のところへ来ると、ボミネイの服を掴んだ。
「どうした、ミュニ?」
「ミュニも。」
「一緒にやりたいのか?」
「うん。」
「じゃあ、ミュニはこれ。」
ボミネイは小さな枝を拾って渡した。
「ありがとう。」
ミュニは枝を受け取った。
そして、セレラを見た。
「……。」
少し考えたあと、ボミネイを見上げた。
「にーに。」
「うん?」
「にーに!」
ボミネイは笑った。
セレラが首を傾げた。
「ミュニ、おにいたまって言えないの?」
「言える!」
「じゃあ言ってみて。」
「……。」
ミュニが口を開いた。
「……にい……。」
そこで止まった。
「にーに!」
「やっぱり言えないんじゃん。」
「言えるもん!」
「じゃあ言ってみて。」
「にーに!」
「違うよ。」
「にーに!」
「もう。」
セレラが困った顔をした。
少し離れた場所で見ていた三人のメイドから、小さな笑い声が漏れた。
庭の木陰には、白いテーブルが置かれていた。
そこでは二人の女性が、子供たちの様子を眺めながらお茶を楽しんでいた。
一人は、ションア家の正室であるアフェシア・ションア。
ボミネイとセレラの母親だった。
向かいに座っているのは、側室のミレイ・ションア。
ミュニの母親だった。
二人は立場こそ違うものの、仲が良かった。
アフェシアは、子供たちの交流を見守るため、ミレイとともにお茶会を楽しんでいた。
メイド長のサルシファイは席を外していたが、ボミネイ付きのフェンネルやセレラ付きのメイドたちは、子供たちを見守っていた。
その頃、サルシファイは自室で、息子のスコルツォネラと過ごしていた。
幼い息子と過ごす時間を大切にしてほしいという、主人からの配慮だった。
少なくとも、アフェシアは、そう考えていた。
「今日も、ボミネイ様はお元気ですね。」
ミレイが庭を見ながら微笑んだ。
「ええ。あの子は庭に出ると、いつもあんな調子です。」
アフェシアも笑った。
「セレラ様も楽しそうですね。」
ミレイも微笑んだ。
「ボミネイが一緒だと、あの子はよく遊びますから。」
アフェシアは、二人の子供たちへ視線を向けた。
少し離れたところでは、ミュニも枝を握って兄と姉の真似をしていた。
「ミュニも、ボミネイ様が大好きですね。」
ミレイが娘を見ながら言った。
「あの子はまだ三歳ですから、上手く言葉にできませんけれど。」
「にーにと呼ぶのが精いっぱいですものね。」
「はい。」
ミレイは嬉しそうに笑った。
「私は、あの呼び方も可愛らしくて好きです。」
アフェシアも笑った。
「セレラも、つい先ほどまでにーにと呼んでいましたよ。」
「まあ。」
「今日からお兄様と呼ぶように教えたのです。」
「そうだったのですね。」
ミレイが庭を見た。
セレラはすでに何度も「おにいたま。」と呼んでいた。
一方のミュニは、相変わらず「にーに。」を繰り返していた。
「ミュニも、もう少し大きくなれば言えるようになるでしょう。」
アフェシアが穏やかに言った。
「そうですね。」
ミレイは頷いた。
「けれど、今のままでも十分可愛らしいです。」
「ふふ。確かに。」
二人は顔を見合わせて笑った。
庭では、三人の兄妹が楽しそうに遊んでいた。
「ボミネイ様は、妹君の面倒をよく見ていらっしゃいますね。」
「ええ。」
アフェシアは息子を見つめた。
「あの子は昔から、優しいのです。」
「私も、そう思います。」
ミレイが頷いた。
「ミュニも、ボミネイ様がいると嬉しそうですから。」
「セレラも同じです。」
アフェシアは少し笑った。
「兄がいるだけで、あの子たちは楽しそうにしています。」
「はい。本当にそう思います。」
ミレイがそう言ったところで、庭からボミネイの声が響いた。
「母上!こっち来て!早く!」
「何かあったのでしょうか?」
心配そうにするミレイ。
アフェシアはミレイを見た。
「行きましょうか。」
「はい。」
二人は席を立った。
ミレイ付きの侍女が、すぐに茶器を片付け始めた。
「奥様、お茶は……。」
「あとでいただきます。」
ミレイは微笑んだ。
「今はボミネイ様たちのところへ行きましょう。」
「かしこまりました。」
二人が庭へ向かった。
近づく母にボミネイは嬉しそうに駆け寄った。
「母上!」
「どうかしましたか?」
アフェシアが答えた。
「セレラとミュニと剣の練習をしてるんだ!」
「そうなのですね。それでどうしてわたしたちを呼んだのかしら?」
「二人とも、上手なんだ!だから、もっと近くで見て欲しくって。」
「まあ。」
アフェシアがセレラとミュニを見た。
二人とも真剣な表情で一生懸命に枝を振っている。
「本当ですね。」
「おにいたまが教えてくれたの!」
セレラが嬉しそうに言った。
「ミュニも!」
ミュニも負けじと声を上げた。
「そう。」
アフェシアは三人の頭を順番に撫でた。
「それは良かったですね。」
「うん!」
「よし!」
ボミネイが木剣を掲げた。
「次はもっと難しいのをやるぞ!」
「うん!」
「にーに!」
三人がまた庭を走り出した。
その姿を、アフェシアとミレイは並んで見つめた。
「本当に仲の良い兄妹ですね。」
ミレイが微笑んだ。
「そうですね。」
アフェシアも微笑んだ。
「ボミネイ様がいらっしゃると、セレラ様もミュニも嬉しそうです。」
ミレイは庭を見つめた。
「願わくはこのまま、ずっと仲良くしていてほしいものです。」
アフェシアは力強く言った。
「きっと大丈夫です。ボミネイ様は、お二人を大切にされていますから。」
ミレイの言葉にアフェシアは静かに頷いた。
「ええ。」
二人の母親は、しばらく子供たちを眺めていた。
この頃のボミネイは、よく喋った。
まだ自分の言葉を恐れていなかった。
よく笑い、よく走り、妹たちを連れて屋敷中を駆け回った。
思ったことをすぐ口にし、嬉しいときには笑い、妹たちに伝えたいことがあれば、ためらわずに声を上げた。
いつまでも、この子たちが互いを大切に思い、笑い合っていられますように。
二人の母親は、同じ願いを胸に、子供たちを見つめていた。
キャラクターイメージ:AI生成画像を使用しています。
© 池田興継
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