第十七話「想念」
謹慎が終わった。
ボミネイは久しぶりに、王都の学院へ向かっていた。
馬車の窓から見える街並みを、ぼんやりと眺める。
特別な感慨はなかった。
久しぶりに学院へ戻る。
それだけだった。
学院へ到着すると、いつものように生徒たちが行き交っている。
ボミネイは教室へ向かった。
廊下を歩いていると、後ろから声がした。
「ボミネイ!」
振り返る。
そこには、バーゲストとサルーキとアザワクが立っていた。
「おう、久しぶり。」
バーゲストが笑いながら声をかけた。
「……ああ、久しぶり。」
「謹慎って、長かったな。」
バーゲストが笑う。
「……そうだな。」
「学院に来ない間、何してたんだ?」
「……家にいた。」
「そりゃそうか。」
バーゲストは肩をすくめた。
「でも、やっぱりお前がいないと静かだったな。」
「……?」
「いや、お前が静かなのはいつもだけどな。」
サルーキが呆れたように口を挟む。
「バーゲスト。お前は何を言っている。」
「だって本当だろ。」
アザワクも小さく笑う。
「まあ、ボミネイが戻ってきたのは良かった。」
「……そうか。」
謹慎前と変わらない、短い返事だった。
三人とも特に気にした様子もなく、普段通りに接してくれる。
いつもの仲間たちだった。
久しぶりに顔を合わせた四人は、そのまま他愛のない話を続けた。
少し離れたところに、ルタバガ・ナヴェの姿があった。
何度かボミネイたちへ近づこうとするものの、途中で足を止めてしまう。
どうやら、ボミネイに声を掛けたがっているようだった。
バーゲストが、その様子に気づいた。
「……ん?」
ルタバガと目が合う。
ルタバガは少しだけ視線を逸らした。
バーゲストは、ルタバガを見た。
それから、隣にいる二人を見る。
「……なあ。」
「どうした?」
「俺たち、そろそろ教室行くか。」
「急だな。」
「そういう気分になった。」
バーゲストが笑う。
サルーキは一瞬だけルタバガを見る。
アザワクも、それに気づいた。
「そうだな。」
「俺も行こう。」
三人は、自然に歩き出した。
バーゲストが振り返る。
「じゃあな、ボミネイ。またあとで。」
「……ああ。」
サルーキとアザワクも軽く手を上げ、その場を離れていく。
少し離れたところを歩いていたターニップが、ボミネイのそばへ戻ってきた。
その視線が、ルタバガへ向けられる。
ルタバガは、まだその場に立っていた。
「ボミネイ様。私は従者棟へ向かいます。」
「……分かった。」
ターニップは一礼した。
「では、失礼いたします。」
そのまま歩き出す。
少し進んだところで、一度だけ振り返った。
ルタバガは、まだボミネイの前に立っている。
ターニップは小さく息を吐くと、そのまま従者棟へ向かった。
廊下に、ボミネイとルタバガだけが残った。
「……あの。」
ルタバガが、俯きながら近づいてくる。
「ボミネイ様、申し訳ありませんでした。」
「……何が?」
「私の所為で謹慎になってしまったので。」
ボミネイは黙ってルタバガを見る。
「……ルタバガのせいじゃない。」
ルタバガは首を横に振った。
「……。」
「私は、母のような騎士になりたいのです。」
ルタバガは自分の手を見つめる。
「ボミネイ様のことを守れるくらい、強くなりたいのです。」
「……。」
「なのに、あのときは何もできませんでした。」
拳を握る。
「ボミネイ様を怒らせてしまって……。」
ルタバガは言葉を詰まらせる。
「そのせいで、ボミネイ様が謹慎になってしまいました。」
「……俺が怒っただけだ。」
ルタバガは小さく頷く。
「ボミネイ様が私の為に怒ってくださったんだってことは、分かっています。」
ルダバガの表情は晴れない。
「でも……私は、ボミネイ様を守りたかったのです。」
「……。」
「守られる側になってしまいました。」
悔しそうに唇を噛む。
「騎士を目指しているのに……。」
しばらく、二人の間に沈黙が続いた。
「それに……。」
「……?」
ルタバガは少し困ったように笑った。
「私、これからナヴェ家を継ぐことになります。」
「……ああ。」
「お母様の跡を継いで、男爵になります。」
ルタバガは、自分の手を見つめた。
「だから、今のままでいいのかって……時々、考えるんです。」
「……。」
「騎士になりたい。」
ルタバガは顔を上げる。
「でも、ナヴェ家を継ぐことも、私の役目です。」
「……そうだな。」
「簡単には決められません。」
ルタバガは少しだけ笑う。
「それでも。」
今度は、まっすぐボミネイを見る。
「私は、ボミネイ様を守れる人になりたいのです。」
その言葉に迷いはなかった。
「それだけは、変わりませんから。」
ボミネイはしばらく黙っていた。
「……分かった。」
「……それだけですか?」
「……。」
「もう。」
ルタバガは少しだけ笑った。
そして、その笑顔はようやくいつものものに戻った。
「ボミネイ様。」
「……。」
「もう、夜会のことは大丈夫になりましたから。」
「……。」
ルタバガは小さく頷く。
「マンバのことは、もう大丈夫です。」
「……。」
「お母様が正式に抗議してくれましたし、ブームスラング家からも謝罪がありました。」
ルタバガは首を横に振る。
「でも、それより。」
ボミネイを見る。
「あのとき、ボミネイ様が私のために怒ってくださったこと。」
「……。」
「それが、なにより一番嬉しかったのです。」
ルタバガは笑う。
「だから、もう気にしていません。」
「……そうか。」
「はい。」
ルタバガは胸を張る。
「私はもっと強くなります。」
「……。」
「いつか、本当にボミネイ様を守れるくらいに。」
そう言って、ルタバガは拳を握った。
「そのために、騎士になるのですから。」
「……期待してる。」
「お任せください!」
今度こそ、いつものルタバガだった。
二人は並んで廊下を歩いた。
その途中。
「そういえば、ボミネイ様。」
「……?」
ルタバガが、ふと思い出したように口を開いた。
「お母様から聞きました。」
「……何を?」
「王都別邸へ、伺ったそうですね。」
「……ああ。」
「お母様、久しぶりに王都へ戻ってきたばかりなのに、ボミネイ様のことをずいぶんと褒めていました。」
「……。」
ボミネイは少しだけ困ったように黙る。
ルタバガは少し嬉しそうに笑う。
「ボミネイ様が褒められるのは嬉しいです。」
そして、少しだけ首を傾げた。
「それと……。」
「……?」
「王都別邸に、新しい使用人が入ったとも聞きました。」
「……ああ。」
「女の子だとか。」
「……そうだ。」
「コールラビさん、でしたか?」
「……よく知ってるな。」
「お母様から聞きましたから。」
ルタバガは少し考える。
「お母様が、ずいぶん気にしていたようでした。」
「……?」
「ボミネイ様のところに、新しい女の子がいるって。」
「……。」
ボミネイは黙り込む。
「それで……。」
ルタバガが、少しだけいたずらっぽく笑った。
「ボミネイ様、私も騎士としてお側にいることをお忘れなきようにお願いします。」
「……?」
本気で意味が分からない。
ルタバガは、その反応を見て小さく笑った。
「他意はありません。」
「……そうか。」
二人はそのまま歩いていく。
ルタバガは、少しだけ楽しそうだった。
ボミネイだけが、何のことか分からないまま首を傾げていた。
その日の昼休み。
ボミネイが食堂へ向かおうとしたときだった。
「ションア伯爵令息。」
背後から、声を掛けられた。
振り返る。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
長い髪を後ろで一つに束ねている。
腰には剣。
制服姿ではあるものの、その立ち姿には隙がない。
「……クリムゾンさん。何か用ですか?」
ボミネイが尋ねる。
「そうです。クリムゾン・アップホールドです。」
「……。」
「アップホールド公爵家の次女です。」
「知ってます。」
ボミネイは目を瞬かせた。
クリムゾンは一歩前へ出る。
「先日の食堂であなたを見ました。」
「……。」
「姉が平民の生徒を助けていたとき、あなたもそこにいましたよね。」
「……はい。」
クリムゾンは、少しだけ笑った。
「それから、父があなたに会いに行ったでしょう?」
「……はい。いらっしゃいました。」
「父は、気になった人間がいると、自分で確かめに行く人ですから。」
クリムゾンは少し呆れたように笑った。
「公爵なのに、ずいぶん軽い人でしょう?」
「……。」
ボミネイは返事に困った。
「それに、ポメグラネートからもあなたのことを聞きました。」
「……ポメグラネートさん?」
「ええ。以前、街で助けていただいたそうですね。」
「……荷物を拾っただけです。」
「ふふ。そういうところでしょうか。」
「……?」
クリムゾンは少しだけ笑った。
「ポメグラネートは、私たち姉妹にとって大切な人なんです。」
「……。」
「昔、姉の命を救ってくれました。それからもずっと、私たちのそばにいてくれて。」
クリムゾンは、どこか懐かしそうに目を細めた。
「私も、小さい頃から姉のように慕っているんです。」
「……そうですか。」
「そんな彼女が、あなたのことを気にしているんです。」
「……俺を?」
「ええ。父と一緒に王都別邸へ伺ったときも、あなたのことを話していました。」
クリムゾンはボミネイをじっと見つめた。
「父も、姉も、ポメグラネートも。」
「……。」
「みんなが気にかける人って、どんな人なのかと思いまして。」
クリムゾンは少しだけ笑う。
「だから、一度お話ししてみたかったんです。」
「……そう、ですか。」
ボミネイは怪訝そうに頷いた。
クリムゾンは少し意外そうな顔をした。
「……なるほど。」
クリムゾンは小さく笑った。
「父が気に入った理由が、なんとなく分かりました。」
「……?」
「では、これで失礼します。」
クリムゾンは踵を返す。
数歩進んだところで、ふと振り返った。
「また、話をしましょう。」
「……はい。」
クリムゾンは満足そうに頷くと、そのまま去っていった。
ボミネイは、その背中をしばらく見送っていた。
「……変な人だったな。」
聞こえないように小さく呟いた。
キャラクターイメージ:AI生成画像を使用しています。
© 池田興継
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