第十二話「迎接」
数日後。
公爵がションア家王都別邸を訪れる当日。
王都のションア家別邸に、普段とは明らかに違う人の気配が満ちていた。
領都からパースニップとともに、多くの使用人が到着していた。
侍女、従者、本邸お抱えの庭師。
それぞれが持ち場につき、慌ただしく準備を進めている。
「客間の準備はできています。」
「では、随行の方々の部屋も確認してください。」
「庭の方は?」
「正門から玄関まで、整えてあります。」
その頃、ボミネイは別邸の庭へ出ていた。
植え込みの前に、見慣れない男がしゃがんでいる。
「……。」
男は剪定ばさみを手に、枝の状態を確かめている。
その姿を見て、ボミネイは足を止めた。
「……セージ。」
男が顔を上げる。
「おや。」
セージは立ち上がると、目を細めた。
「坊ちゃま。お久しぶりですな。」
「……久しぶりだな。」
「年の瀬に領都でお会いして以来ですか。」
「ああ。」
セージはボミネイの姿を上から下まで眺める。
「それにしても……また背が伸びましたな。」
「……そうか?」
「ええ。冬にお会いしたときより、明らかに伸びております。」
「毎日見ているからな。自分では分からない。」
「そういうものですな。」
セージは笑った。
「昔は、庭に出るとすぐに私のところへ来ていたのに。」
「……覚えている。」
「剣の稽古をせがまれたこともありましたな。」
「……ああ。」
「最初の頃は、木剣を振るだけで精一杯でした。」
「……今は違う。」
「そのようですな。」
セージはボミネイの腰にある剣へ目を向ける。
「一度、手合わせしてみたいところですが……。」
「……足は?」
「まだ痛む日もありますが、庭仕事には問題ありません。」
セージは自分の足を軽く叩く。
「それに、坊ちゃまのお相手をするには、少々歳を取りすぎましたかな。」
「……そうは思わない。」
「これは嬉しいことを言ってくださる。」
セージが笑う。
「ですが、今の私の仕事は庭を守ることです。」
そう言って、セージは庭を見渡した。
「今回はこちらの庭も整えておきました。公爵閣下をお迎えするなら、少しでも見栄えを良くしておいた方がよいでしょう。」
「……助かる。」
「何の。坊ちゃまのお役に立てるなら、昔も今も同じでございます。」
その言葉に、ボミネイは少しだけ目を細めた。
「……ありがとう。」
「こちらこそ。」
セージは再び剪定ばさみを手に取った。
「では、私はもう少し仕事をしてきます。」
「……ああ。」
ボミネイはその場を離れる。
背後では、セージが再び庭木の手入れを始めていた。
一方、屋敷ではパースニップが次々と報告を受け、それぞれに指示を出していく。
その傍らでは、ターニップも忙しく動いていた。
使用人たちから届く報告を整理し、必要なものを運び、パースニップから指示を受ければすぐに各所へ伝える。
「こちらは私が確認します。」
「頼みます。」
パースニップは短く答え、次の使用人へ視線を向ける。
親子だからといって、特別なやり取りをすることはない。
それぞれが自分の役割を果たしていた。
厨房では、アーティチョークが茶菓子の準備を進めていた。
リーキもその手伝いをしている。
「リーキ、そちらを頼む。」
「はい。」
茶菓子の準備が一段落すると、リーキはパースニップに呼ばれ、厨房を出た。
「パースニップさん。ご用ですか?」
「客間へ運ぶ調度品があります。手を貸してください。」
「分かりました。」
リーキはすぐに調度品を受け取った。
料理の手伝いだけではなく、屋敷の掃除や来賓を迎えるための準備も、できる範囲で手伝っている。
王都別邸の使用人たちも、パースニップの指揮のもと、それぞれの仕事を進めていた。
その中で、チコリだけが本邸から来た使用人たちをちらちらと気にしていた。
普段の王都別邸なら、自分たちだけで屋敷の仕事を回している。
それなのに今日は、本邸から来た使用人たちが大勢いる。
動きが早い。
仕事も正確だ。
チコリは、知らず知らずのうちに彼らを意識していた。
「……。」
別に、張り合う必要などない。
そう思っている。
でも。
王都別邸の仕事なら、自分たちだって負けていない。
そんな気持ちが、少しずつ湧いてくる。
「チコリ。」
「はい。」
サルシファイから声を掛けられる。
「階段の手すりの掃除をお願いします。」
「分かりました。」
チコリは返事をすると、すぐに仕事へ取り掛かった。
いつもより少しだけ早く。
少しでも、本邸から来た使用人たちに負けないように。
「チコリさん、横を通りますよ……。」
調度品を抱えたリーキが、階段の上から声を掛ける。
「はい。」
チコリは返事をしながら、掃除の手を速めた。
そのときだった。
「……あっ。」
チコリが振り返る。
ちょうど階段を上がってきたリーキと、進む方向が重なった。
「危ない!」
リーキが咄嗟に身体をひねる。
抱えていた調度品を落とさないように腕で支えながら、チコリを避けた。
「……っ。」
チコリも慌てて足を止める。
その拍子に、手にしていた掃除道具が大きく揺れた。
落ちかけたそれを、横から伸びた手が受け止める。
サルシファイだった。
「危ないですよ。」
「……すみません。」
チコリは俯いた。
「急がなくても大丈夫です。」
「……はい。」
サルシファイはチコリから視線を外し、リーキを見る。
「リーキも、大丈夫ですか?」
「はい。平気です。」
リーキは調度品を持ち直した。
「すみません、チコリさん。」
「え?」
「僕も、もう少し周りを見ていればよかったです。」
「……違うよ。」
チコリは小さく首を振る。
「私が急いだから。」
少し離れたところでは、本邸から来た使用人たちが黙々と仕事を続けている。
誰もこちらを気にしていない。
そのことが、かえってチコリには悔しかった。
「……次は、ちゃんとします。」
「そうしてください。」
サルシファイは淡々と答えた。
それから、チコリの手元にある掃除道具へ目を向ける。
「ところで、ボミネイ様の着替えは用意したのでしょう?」
「……はい。準備してあります。」
「そうですか。」
サルシファイは頷いた。
「では、そろそろボミネイ様の身支度を手伝いなさい。」
「でも、ここの掃除が……。」
「こちらは私がやっておきます。」
「……いいんですか?」
「あなたはボミネイ様付きでしょう。」
サルシファイは穏やかに言った。
「自分の仕事を優先してください。」
「……はい。」
チコリは頷いた。
掃除道具を片付ける。
「ボミネイ様のところへ行ってきます。」
「お願いします。」
チコリは階段を上がっていく。
先ほどまでの焦りは、少しだけ薄れていた。
自分には、自分の仕事がある。
それをきちんとやればいい。
そう思いながら、ボミネイの部屋へ向かった。
「リーキ。」
「はい。サルシファイさん。」
「その調度品を客間へ運んだら、アーティチョークさんにセレラ様のお菓子を用意してもらうよう伝えて。そろそろご帰宅される頃だから。」
「分かりました。」
リーキは頷き、歩き出した。
少し離れたところでは、ターニップがパースニップから指示を受けていた。
「こちらの確認が終わりました。」
「では、次に客間を確認してください。」
「承知しました。」
親子であることを感じさせる会話は、そこにはない。
ターニップも、父親を特別扱いする様子はない。
パースニップもまた、息子だからといって扱いを変えることはなかった。
普段の王都別邸とは比べものにならない人数。
それでも、屋敷の中に混乱はない。
すべてがパースニップの指示によって、滞りなく進められていた。
「それから、通信魔法士は?」
「すでに到着しております。」
ターニップが答える。
「旦那様側も?」
「はい。そちらも準備が整っているとのことです。」
「では、王都側の準備を確認してください。」
「承知しました。」
ターニップは通信魔法士のもとへ向かった。
今回の通信には、領都と王都、それぞれに通信魔法士が必要になる。
長距離の通信魔法は、一人で行えるものではない。
両方の通信魔法士がそれぞれの場所で魔法を維持し、二つの地点を繋ぐ必要がある。
通信魔法士は、通信塔に勤める通信魔法の専門家だ。
国家の通信を担う一方、私的な通信を行う場合には、高額な費用が必要になる。
そのため、ションア家でも普段は領都と王都の連絡に手紙を使っていた。
今回は、ボリュも公爵との会話に参加する。
そのため、ションア家が領都側と王都側の通信魔法士を手配していた。
今回の費用は、ションア家が負担する。
ただし、公爵家側も、それを当然のこととして受け取るわけではない。
通信に掛かった費用は、後日、公爵家から届けられることになっている。
公爵家ともなれば、専属の通信魔法士を抱えているが今回はションア家の顔を立てている形だ。
また、これだけの費用を掛けられる家は限られている。
ションア家はそんな限られた貴族家の一つだった。
やがて、ターニップが戻ってきた。
「王都側の準備も整っております。」
「分かりました。」
パースニップは頷いた。
「では、通信魔法士には待機してもらってください。」
「承知しました。」
通信魔法士が所定の位置につく。
通信を開始するための準備だけが整えられ、あとはパースニップの指示を待つ。
パースニップは、もう一度屋敷内を見渡した。
客間。
応接室。
厨房。
使用人の配置。
庭。
そして通信設備。
すべての準備が整っている。
あとは、公爵閣下をお迎えするだけだった。
その頃には、王都別邸は普段とは別の屋敷のように、多くの人で満ちていた。
キャラクターイメージ:AI生成画像を使用しています。
© 池田興継
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