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第十一話「謹慎」

 翌日の夜。


 王都のションア家別邸に、父ボリュからの返事が届いた。


 ターニップがヘーゼルから受け取った書簡を、ボミネイのもとへ運んでくる。


「ボミネイ様。領都から返信です。」


「……ああ。」


 ボミネイは書簡を受け取る。


 封蝋には、ションア家の紋章。


 封を切り、静かに目を通す。


 夜会で起きたことについては、すでに報告されている。


 マンバ・ブームスラングがルタバガを侮辱したこと。


 それに対して、ボミネイがブームスラングを咎めたこと。


 そして、ボミネイが剣に手を掛け、アグレッティとの間で騒ぎになったこと。


 すべて把握しているらしい。


 ボミネイは最後まで読み終える。


「……。」


「何と書いてありましたか?」


 ターニップが尋ねる。


「謹慎だ。」


「……やはり、ですか。」


 ボミネイは書簡をもう一度見る。


 そこには、短くこう記されていた。


 今回の件について、事情は理解している。


 しかし、どのような理由があったとしても、学生の身で剣に手を掛けたことは軽率だった。


 相手側にも非はある。


 だからこそ、双方に処分が下される。


 これをもって、ションア家としても喧嘩両成敗と対外的に示す。


 ボミネイは、その文面を黙って読み返した。


「……父上らしいな。」


「はい。」


 ターニップも頷く。


 ボミネイだけを悪者にするわけではない。


 かといって、息子だからと庇うわけでもない。


 公平な判断だった。


 謹慎中、学院への登校を禁ずる。


 その後にもう一つ書かれていた。


 王都別邸から外へ出ることも禁ずる。


「……別邸からも出るな、か。」


「夜会の件で、他家から接触される可能性があるからでしょうか。」


「……。」


 ボミネイは書簡を見つめる。


 罰だけではない。


 父は、自分を外から守ろうとしている。


 夜会で起きたことが、他家の間でどのように語られているのか。


 それを考えれば、確かに外へ出ない方がいい。


 ボミネイは静かに書簡を閉じた。


「謹慎する。」


「承知しました。手配いたします。」


「ターニップ。お前まで休学する必要はないんだぞ。」


「いえ、ボミネイ様。私もあの場に同席しておりましたので。」


「だが、謹慎を命じられたのは俺だ。」


「承知しております。」


 ターニップは当然のように頷いた。


「ですが、主人が謹慎している間に、従者の私だけが学院へ通うわけにはまいりません。」


「……そうか。」


「はい。」


 ターニップに迷いはなかった。


 まるで、それ以外の選択肢など最初から存在しないかのようだった。


     ◇


 翌朝。


 別邸の庭に、乾いた音が響いていた。


 木剣が空気を切る。


 振り下ろす。


 構える。


 踏み込む。


 また振り下ろす。


 ボミネイは一人、黙々と剣を振っていた。


 謹慎中だからといって、鍛錬まで休むつもりはない。


 むしろ学院へ行けない分、普段より長く剣を振っていた。


 少し離れたところでは、チコリがタオルと水を用意している。


 その隣には、ターニップも立っていた。


 汗が額を伝う。


 それを拭うこともせず、また木剣を振る。


「……。」


 ボミネイは何も言わない。


 ただ、剣を振り続けている。


 チコリは、そんなボミネイの姿を静かに見つめていた。


「……ボミネイ様らしいですね。」


「ええ。昔から、そういうお方ですから。」


 ターニップは穏やかに頷いた。


 謹慎を言い渡されても、不満を口にすることはない。


 ただ、自分にできることを黙々と続けている。


「ボミネイ様。」


 ターニップが声を掛ける。


「……何だ。」


「アップホールド公爵家から、先触れが届きました。」


「……公爵?」


「はい。近日中に、公爵閣下がこちらへお越しになるとのことです。」


 ボミネイは木剣を握ったまま、ターニップを見る。


「……すぐに父上に知らせよ。」


 そう言って、木剣を下ろした。


     ◇


 その日の夜。


 先触れの内容が、領都にいるボリュのもとへ届いた。


 アップホールド公爵本人が、近日中にションア家王都別邸を訪問する。


 ただし、今回は公爵としての正式な訪問ではなく、私的な訪問とする。


 随行する者も最小限にするとのことだった。


「……私的な訪問ですか。」


 パースニップが確認する。


「ああ。」


 ボリュは書面から顔を上げた。


「ならば、こちらも必要以上に人を動かす必要はないだろう。」


「承知しました。」


 パースニップは頷く。


「ただし、公爵閣下をお迎えする以上、最低限というわけにもいきません。」


「ああ。任せる。」


「かしこまりました。」


 パースニップは一礼する。


 まずは、王都別邸へ向かう使用人を選ばなければならない。


 正式な訪問ではない以上、大人数を連れていく必要はない。


 応接室の準備や茶の用意、客人を迎えるための細かな仕事まで考えれば、普段より人手が必要になる。


 パースニップは、使用人たちの顔を思い浮かべながら考えた。


「侍女も、上級貴族への対応ができる者を選びます。」


「頼む。」


 それぞれの役割を考えながら、同行する人数を決めていく。


 その中で、庭のことが頭に浮かんだ。


「……庭は、セージに見てもらいましょう。」


「そうだな。」


「王都別邸の庭は、月に数回しか手入れされていません。公爵閣下をお迎えするとなれば確認しておいた方がよいでしょう。」


「セージも連れていけ。」


「承知しました。」


 パースニップは次の指示へ移る。


「それから、ターニップには先に準備を進めるよう伝えておきます。」


「ああ。」


 パースニップが領都から向かうまでの間も、王都側でやるべきことはある。


 しばらく考えた後、ボリュが口を開いた。


「公爵閣下をお迎えする以上、本来なら私自身が王都へ向かうところだ。」


「はい。」


「今回はそうもいかない。隣国に気になる動きがある。まだ大きな動きではないが、領都を離れるわけにはいかない。」


「承知しました。」


「公爵閣下とは、通信魔法で話をする。」


「では、領都側と王都側の通信魔法士を手配いたします。」


「頼む。」


 長距離の通信魔法には、両方の場所で魔法を維持する者が必要になる。


 通信塔に勤める専門の魔法士へ依頼することになるため、費用も決して安くはない。


「他には?」


 ボリュが尋ねる。


「現時点では、これで十分かと。」


 パースニップは答える。


「必要以上に人を増やせば、かえって王都別邸の負担になります。私的な訪問であることも考慮し、この人数で向かいます。」


「分かった。」


 こうして、王都へ向かう使用人たちが決まった。


 侍女。


 従者。


 庭師のセージ。


 大人数ではない。


 公爵を迎えるには十分な人数だった。


     ◇


 翌日。


 領都のションア家本邸の前に、王都へ向かう馬車が並んでいた。


 出発の準備はすでに整っている。


 パースニップは最後に荷物を確認した。


「忘れ物はないな。」


「はい。」


 同行する使用人が答える。


 その中には、セージの姿もあった。


 庭師道具を積み込んだことを確認し、静かに馬車へ向かう。


 パースニップは屋敷を振り返った。


 今回の訪問は、正式なものではない。


 だからこそ、必要以上に仰々しくするつもりはなかった。


 それでも、相手は公爵家当主。


 ションア家として、失礼のないように迎える必要がある。


「では、出発する。」


 パースニップの声に、使用人たちが動き出す。


 馬車がゆっくりと進み始める。


 目指すのは王都。


 ションア家別邸。


     ◇


 その数日後。


 ボミネイのもとへ、領都から書簡が届いた。


 ターニップが差し出した書簡を、ボミネイは静かに開く。


 そこには、父からの指示が記されていた。


 今回、私は王都別邸へ向かわない。


 隣国に少し気になる動きがあるため、領主として領都を離れるわけにはいかない。


 アップホールド公爵閣下とは、通信魔法によって話をする。


 パースニップを向かわせるので、公爵閣下をお迎えする準備をしなさい。


 ションア家として失礼のないように。


 分からないことがあれば、パースニップに相談しなさい。


 ボミネイは、書簡を最後まで読む。


「……。」


 ボミネイは書簡を静かに閉じた。


挿絵(By みてみん)


キャラクターイメージ:AI生成画像を使用しています。

© 池田興継

お読みいただきありがとうございます。誤字脱字や設定の矛盾など、お気づきの点がありましたら、ぜひご報告ください。感想などもいただけると、とても励みになります。

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