第十話「価値」
骨董市を見て回っていると、ボミネイの足が止まった。
露店の片隅に、小さな木箱が置かれている。
蓋は開いていた。
木製の歯車時計だった。
木で作られた歯車が、いくつも噛み合っている。
一つが回る。
それに合わせて、別の歯車が回る。
さらに、その動きが次の歯車へ伝わっていく。
ボミネイは、じっと見つめた。
「……。」
店の奥に座っていた老人が顔を上げる。
「貴族の兄ちゃん。それが気になるのかい?」
老人は穏やかな表情をしていた。
ボミネイには不思議な威厳を感じさせるものがあった。
ボミネイは頷いた。
「売ってもらえますか?」
ボミネイは無意識に敬語を使っていた。
「それは売り物じゃないんだ。」
「……そうですか。」
ボミネイは時計を見つめたまま、動かない。
老人は苦笑する。
「古いものだからね。扱いも難しい。」
「……。」
「壊れたら大変だ。」
「……はい。」
「それに、兄ちゃんには少し難しい品かもしれん。」
ボミネイは何も言わなかった。
ただ、時計を見ている。
やがて、小さく息を吐いた。
「……。」
ボミネイが時計から離れる。
その視線が、店の端に移った。
そこには、数枚の薄い板が置かれていた。
乾かした花を端材に貼り付けた、粗末な押し花だった。
種類も王都周辺で見かけるありふれた花だ。
ただ、作りこそ簡素であるが非常に丁寧に作られた作品だった。
歯車時計と同じく、ボミネイの心を惹きつける作品だった。
値札には、わずかな金額が書かれていた。
栞に使えるな。
ボミネイは、それを手に取った。
「……。」
「ああ。それかい。」
老人が答える。
「近くに手先が器用な孤児がいてな。その子が作ったものだ。店の端を貸してやってるんだ。」
ボミネイは押し花を見つめる。
セレラが横から覗き込む。
「可愛いね。」
「……ああ。よくできてる。」
「この作品はその子が一人で?」
ボミネイは店主に尋ねた。
「ああ、そうだ。」
欲しい。
買おう。
「これとこれ、あとこれも。」
最初に手に取った押し花を持ったまま、別の作品を指差していく。
ターニップが代金を渡した。
「まいど。それも包むかい?」
店主がボミネイが最初に持った押し花を見やる。
「お願いします。」
ボミネイが押し花を渡そうとしたとき、老人の指がボミネイの手に触れた。
これを作った子どもに会ってみたい。
「……。」
老人の表情が変わった。
ほんの一瞬。
ボミネイの本音が、老人に伝わる。
この押し花を見て、素直に欲しいと思った。
丁寧で素晴らしい仕事だと思った。
純粋な気持ちだった。
そして。
さっきの時計。
木製なのに、歯車があんなに綺麗に動いていた。
すごい技術だ。
もっと見ていたかった。
老人は、押し花とボミネイを交互に見る。
「……兄ちゃん。」
ボミネイが顔を上げる。
「……?」
老人は黙った。
そして、時計を見る。
長い間、誰にも売るつもりがなかった時計。
自分が作った時計。
その時計を見ていた少年の目には、金銭的な価値を求める色がなかった。
ただ純粋に。
その仕組みと、作った職人の技術に惹かれていた。
老人は小さく息を吐く。
「……兄ちゃん。」
「……?」
「さっきの時計だがな。」
ボミネイが振り返る。
「あれも持っていきな。」
「……いいんですか?」
「気が変わったんだ。」
老人は木箱の木製時計を差し出した。
ボミネイは少し驚いた顔をした。
「……ありがとうございます。」
「大事にしろよ。」
「……はい。」
ボミネイは時計を受け取った。
そして、ふと裏側を見る。
そこには、小さく名前が彫られていた。
「……名前?」
「何か書いてありますね。」
ターニップも覗き込む。
「……誰の名前でしょう。」
「……。」
ボミネイは首を傾げた。
それ以上は気にせず、時計を大切そうに抱えた。
老人は、その姿を静かに見送る。
誰も知らない。
その老人こそ。
かつて王都で名を轟かせた、伝説的な木工師コダマ・ヌラその人であることを。
そして、その木製歯車時計が。
コダマ・ヌラが生涯最後に手掛けた作品であることを。
◇
ボミネイたちが露店を離れたあと。
店の裏手にある細い路地から、一人の少女が顔を覗かせた。
十歳ほどの少女だった。
髪はところどころ跳ねていて、服も何度も繕った跡がある。
少女は、先ほどまで老人と貴族の少年が話していた露店を見つめていた。
「……。」
老人が手招きをする。
「おい。」
「……はい。」
少女はおそるおそる店の前までやってきた。
「売れたぞ。」
「……え?」
「お前の押し花だ。」
少女は目を見開いた。
「売れた……?」
「ああ。」
老人は小さく笑った。
「貴族の兄ちゃんが買っていった。」
「……。」
少女は、何度も露店の奥を見る。
そこには、もう押し花は残っていない。
本当に売れたのだ。
「……私の?」
「ああ。お前が作ったやつだ。」
少女はしばらく何も言えなかった。
これまで、何枚も作った。
道端に咲いている花を拾って。
なるべく綺麗なものを選んで。
花びらが崩れないように、そっと乾かして。
端材の上に並べる。
それでも、誰も買ってくれなかった。
店の端を借りて並べても、ほとんどの客は一度見るだけ。
稀に手に取ってくれる人がいても、孤児が作ったと知ると、途端に興味をなくす。
そのまま逃げるように去っていく。
老人は、わしゃわしゃと私の髪を撫でてくれた。
「気にするな。お前の作品を心から欲しいという奴はきっと見つかる。」
「現に俺がその一人だ。がっはっはっ!」
売れなくても、作ること自体が好きだった。
だから今日も、売れるとは思っていなかった。
「……初めて。」
「ん?」
「初めて、売れた……。」
少女は、自分の手を見つめた。
何度も花を拾った手。
何度も押し花を作った手。
その手で作ったものを、誰かが欲しいと思ってくれた。
それが、なんだか不思議だった。
嬉しい。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
少女は、先ほどの少年が立っていた場所を見る。
そこにはもう誰もいない。
「どんな人だったの?」
「さあな。」
老人は肩をすくめる。
「ずいぶん真剣に見ていたよ。」
「……そう。」
「それにな。」
老人は、先ほどのやり取りを思い出す。
「お前が孤児だと話しても、嫌な顔一つしなかった。」
「……。」
「身分を聞いて態度を変える貴族もいる。だが、あの兄ちゃんは違った。」
少女は黙って老人を見る。
「ただ純粋に、お前の作ったものを見ていたよ。」
「……。」
少女は少しだけ笑った。
自分の作ったものを、ちゃんと見てくれた人がいた。
それだけで、十分だった。
「また作ってもいい?」
「もちろんだ。」
「今度は、もっと綺麗なのを作る。」
「ああ。楽しみだ。」
少女は頷いた。
そして、路地の向こうへ走っていく。
まだ店に置いていない花が、いくつか頭の中に浮かんでいた。
どんな花を使おう。
どんな形にしよう。
次は、もっと上手く作れるかもしれない。
そんなことを考えながら、少女は花を探しに向かった。
この日。
少女にとって、自分の作ったものが初めて誰かに選ばれた日だった。
アイテムイメージ:AI生成画像を使用しています。
© 池田興継
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