「進道 進」Ⅵ
ケースにしまっていたスマホを丁寧に取り出す。手に伝わるレザーケースの感触が、わずかに硬く、使い込まれた痕跡を感じさせる。その表面のわずかな擦れや色褪せた部分が、これまでの日々を物語っていた。画面を軽く点灯させ、指先でスワイプしながら電話帳を確認する。薄暗い部屋の中で光る画面の青白い光が、周囲の影をわずかに揺らめかせる。上司の名前――世里奈――を見つけ、指先でそっとタップする。
――着信音が短く鳴ったあと、落ち着いた声が耳に届く。
『……私だ。』
スピーカーから世里奈の落ち着いた声が響く。静まり返った部屋に溶け込み、床に漂う血の匂いと混ざった空間に、いつもの空気が現れる。俺の周囲には倒れた「龍音組」の構成員たちが横たわり、赤黒く濁った血が床に広がっている。血の光沢が薄暗い蛍光灯に反射し、床が揺れるかのように見える。倒れた人物たちの衣服や手足の角度、微かに開いた口から見える歯が、戦いの激しさを物語っていた。俺は一歩下がり、散乱した衣服や血痕を視界に入れつつ、いつものように口を開く。
「終わりました……後始末お願いします。」
俺の声はいつも通り淡々としていた。殺し屋稼業の日常は、血の匂いや死体の存在も含め、もはや違和感のない景色の一部だ。部屋の空気に溶け込む声と共に、今日も日常の延長線上にある現実を受け止める。
『了解した。ケースはそのまま放置しても構わない。速やかに帰宅したまえ。』
世里奈は簡潔に告げる。俺が「了解。」と返事をしたあと、通話は直ぐに切れた。静寂が部屋を支配する。俺は短く息を吐き、スマホをズボンのポケットに押し込む。廊下の蛍光灯がチカチカと瞬き、床に反射する光がわずかに揺れる。日が暮れはじめ、冷たい風が建物の隙間から入り込み、血の匂いに混ざって肌を刺すように感じる。
「はぁ~、夜の街って気分じゃねぇな。」
(人を殺した後の酒なんて冗談じゃねえ。)
冗談ではなく、鉄の味がするワインを文字通り浴びるように飲まされた感覚が、今も鼻腔に残っている。漂う血の匂い、指先や肩に残る微かな疲労感が、今日の出来事を思い出させる。街灯に映る自分の影が揺れ、人通りの少ない夜道の冷たさが体温をじわりと奪う。歩くたびに、靴底が濡れたアスファルトに微かに吸い付く感触が足元に伝わり、孤独感を増幅させる。
街の光は徐々に傾き、陽が沈み始める。ネオンの色がわずかに揺らぎ、建物の影が長く伸び、風が肌をかすめる。日中の明るさは消え、夜特有の冷たい空気が街を包み込む。俺は一人、足早に家路を歩く。人影もまばらな路地、遠くで犬の鳴き声が響く。耳に届くのは自分の靴音と、風で揺れる看板の軋む音だけだ。
家に着くころには夜もすっかり深くなり、街灯の光に照らされた路地も静寂に包まれている。帰宅すると、古びたベッドが待っていた。擦り切れたシーツ、埃の匂い、微かに漂うカビの香りが部屋の空気に混ざる。部屋の隅には古い家具、壁には年季の入ったカレンダーが貼られている。外の街灯が差し込み、床に影が細く伸びる。部屋の静寂が、今までの緊張を少しずつ溶かしていく。
(割に会わねぇな。)
ゆっくりとコルト・ガバメント.45と銃弾入りホルスターを外す。金属の重みと冷たさ、手に伝わる感触が、今日の戦いの余韻を伝えてくる。
目の前のベッドに横たわると、布団の匂いと静寂が身体を包み込み、疲れ切った体は自然と睡魔に支配される。布団の柔らかさが肩や腰に沈み込み、目を閉じるたびに体の奥底まで疲労が染み渡る感覚。
(……疲れた。)
眠気が全身を支配し、静かに目を閉じる。
こうして、今日も非モテ男の一日が終わった。




