「人型兵器VS人型兵器」Ⅳ
ぱりんっ――乾いた破砕音が耳の奥で弾けた瞬間、世界が白く弾け飛んだ。
視界がぐにゃりと歪み、脳が強制的に巻き戻されるような、フラッシュバック感が全身を走り抜ける。胸の奥が一瞬で冷たくなり、呼吸が止まる。まるで、誰かに心臓を素手でつかまれたような感覚だった。
気がつけば、俺の世界はプレミアムタワーの最上階へと戻っていた。
薄暗い床、その上には無残に転がる青い影――サルタナだ。
上裸のまま、傷だらけの体を仰向けに投げ出し、胸がかすかに上下している。生きている。周囲の破片が散乱しているのは、さっきまで激しい格闘があった証だろう。
そのすぐ近くに――別の影。
白い人型兵器の姿が、不気味な静けさをまといながら立っていた。
イーゴリだ。
その足が、ゆっくりとサルタナの頭上へ振り上げられる。踵が落ちるまで、あと一秒もない。
「待てよ。」
声が勝手に出た。考えるよりも先に、身体が動いていた。
まるで、自分の意思ではなく、本能だけが俺の体を制御しているような――そんな感覚。
次の瞬間には、俺はイーゴリの真正横へと滑るように距離を詰めていた。走った記憶も、踏み込んだ感覚もない。ただ、本当に瞬間移動したかのようだった。
何がどうなっているかは理解していない。
けれど――殴るべき相手だけは、はっきりしていた。
「!!??」
轟音。
俺の拳がイーゴリの横面に叩き込まれた瞬間、凄まじい衝撃が骨の芯まで伝わる。金属とも肉ともつかぬ硬質な手ごたえ。しかし、俺の一撃はそれを上回った。
白い人型兵器の身体が、まるで車に跳ね飛ばされたゴミ袋のように吹き飛ぶ。
壁へ――。
激突した瞬間、分厚いコンクリートが砕け散り、粉塵が爆風のように舞い上がる。
「……待たせたな。」
俺はゆっくりと振り返り、呆然と目を見開いているサルタナに声をかけた。
サルタナの胸が大きく上下し、震える視線がこちらに向いている。言葉にならない思考が、その目に浮かんでいた。
パチ、パチ、パチ。
不意に、乾いた拍手が響く。
崩れた壁の陰から――イーゴリが姿を現した。
金属光沢の白い外殻はひび割れているものの、まるで何事もなかったかのように歩いてくる。仮面のようなフルフェイスの顔は無表情だが、その奥でイーゴリがいやらしく笑っている気配が、皮膚の裏側に刺さるように伝わってきた。
「フフフ……誰ひとり適合できなかった試作品の人型兵器。それを土壇場で適合させるとは……人とは、本当に奇跡を起こす生き物だね。」
声には興奮がにじんでいた。まるで実験が成功した研究者のような。ひび割れたところが徐々に直っていく。
「日本人舐めんなよ。」
鼻で笑い返す。
その瞬間――
――尻尾が揺れた。
いや、揺れた「感覚」が走った。
(……ん? 尻尾?)
違和感があまりにも自然すぎて、気づくのが遅れた。
俺はゆっくりと振り返る。
「あっ。」
腰の後ろから――細長く黒い尾が生えていた。先端は矢じりのように鋭く、かすかに蠢いている。
明らかに、人間の身体にあるはずのものではない。
「ほぉ……いままでと形態がまったく違うとは。面白い。」
イーゴリが興味深そうに目を細めているのが、仮面越しにもわかる。
「うわ、変な感覚……気味悪ぃ……。」
俺が身震いしたその瞬間。
バサッ!
背中が裂けるような鋭い痛みが走り、次いで何かが伸びる感覚。
黒い皮膜――翼だ。
コウモリのような、不吉な形。俺の背中から生えている。
「悪魔VS天使、か。」
イーゴリの背に、白い翼が展開する。
広がった瞬間、淡く光り、床に白い破片の影を落とす。
「お前、どう見たって天使じゃなくて悪魔だろ。」
言い捨てると、イーゴリは薄く笑った。
その笑みが、仮面越しでも伝わってくるのが気持ち悪い。
俺たちは自然と正面を向き合った。
距離は拳ひとつ分。
床に散らばった破片が、二人の気配の圧力に押されてカラリと震える。
呼吸が重くなる。
世界が狭まり、視界の中心にイーゴリが固定される。
「勝つのは――この俺だっ!」
俺が叫ぶ。
「やってみたまえッ!」
イーゴリの声が響く。
次の瞬間。
黒と白の拳が――轟音を伴って交差した。




