「人型兵器VS人型兵器」Ⅰ
青い人型兵器の姿となったサルタナが、両腕を大きく振りかぶった。
次の瞬間、その両腕が音もなく波打ち始める。
金属光沢を帯びた液体のように溶け、指先から肘にかけて青色の流体金属が滑らかに形を変えていく。
五指は溶解するようにひとつにまとまり、平坦な板となり、それがさらに細長く――高速で伸びる“金属の手刀”へと変形した。鋭い刀身が空気を震わせる。
サルタナは青い残像を引きながら、一直線にイーゴリへと振り下ろす。
金属同士が軋む、耳をつんざく衝突音が響いた。
白い人型兵器の姿をしたイーゴリは、背中から白い翼を広げ、サルタナの一閃を受け止めていた。
その翼は金属とも陶器ともつかない質感で、まるで生き物のようにしなり、火花を散らす。
サルタナの刃が触れるたび、白と青の光が爆ぜる。
その瞬きの合間でさえ、イーゴリの仮面の奥からは嘲笑めいた気配が伝わってきた。
(チッ……マジで何もできねぇな、俺。)
俺はサルタナの背後でしゃがみ込み、拳を強く握りしめる。
体のあちこちが痛む。しかしそれ以上に胸の奥でくすぶる“無力感”が重かった。
俺は殺し屋だ。
他人に庇われてじっとしているなんて、本来の俺じゃない。
「ん?」
視界の端で、何かがころりと転がった。
(……これは)
黒い筒。
見覚えがある――いや、誰よりも俺がよく知っているものだ。
黙ってそれを拾い上げる。ひやりとした金属の重みが、手のひらに確かに残った。
「!? 待て進道! それは――!」
俺の動きに気づいたサルタナが鋭く叫ぶ。
「よそ見は命取りだぞ、サルタナ・ボルザイェヴィチ。」
イーゴリの嘲る声が響いた瞬間、白い影が跳ねた。
視認すらできない速度で伸びた白い脚が、サルタナの胴を捉える。
「がっは!」
サルタナは壁へと弾き飛ばされ、豪華な装飾や壁紙を吹き飛ばし、剥き出しとなった分厚いコンクリートが陥没した。
蜘蛛の巣のように亀裂が走り、粉塵が舞う。
「サルタナを殺す前に――」
イーゴリがこちらを向く。
つるりとした人型兵器の顔から感じる冷たい視線が、俺の全身を射抜いた気がした。
「君を殺す予定だったな。」
「……はん、殺されるなんて嫌なこった。」
震える膝を押さえつけ、俺は立ち上がる。
コルト・ガバメント.45を構え、引き金を引いた。銃声と同時に、黒い筒を左手で握りしめる。
(こういうとき、日本じゃお決まりの台詞があったよな。)
覚悟が、ひとつの形を取って固まった。
「俺は人間をやめるぞ!」
乾いた破砕音とともに、黒い筒がへし折れる。
世界が――止まった。
正確には、すべてが異常なほどスローに見えていた。
放った銃弾は空気を割り、銀色の軌跡をゆっくりと描く。その横を、イーゴリがふわりと避けていく様子が、まるで映画の一コマのように見えた。
イーゴリの白い腕がこちらへ伸びる。
遅い。
――いや、違う。俺が速いのか。感覚がバグっていく。
左手から、黒い液体が弾けるように噴き出した。
冷たく、粘りつき、だが生き物のようにうねりながら俺の体を包み込む。
「自ら試作品を装着する、だと!?」
イーゴリの声にわずかに驚きが混じるが、その音もすぐに闇に沈んでいく。
(さてさて、何が起こるか……だ。)
皮膚が焼けるような刺激。
骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。
力が流れ込んでくるたび、脳が裂けるような痛みが走った。
「う、お"お"お"お"お"お"ぉ!」
「フッ……バカめ。試作品は偶然できた奇跡の人型兵器だ。何度も人体実験を重ねて得られた結論は“誰とも適合しない”。日本で起きた遊園地テロで暴走した姿を、君も見ただろうに……。日本の殺し屋くん、君は死を早めただけだ。」
イーゴリの声は遠ざかり、痛みは限界を超え、熱か冷たさかも判別できない何かに変わった。
視界は黒く塗りつぶされる。
闇。
その闇を突き抜けるような感覚。
――気がつくと、俺は立っていた。
公園。
夜の祭り広場。
提灯の赤い光が揺れ、色とりどりの屋台が並ぶ。
遠くで響く太鼓の音、漂う焼きそばの匂い。
どこか懐かしい、幼い頃の記憶に近い風景。
頭痛は完全に消えていた。
(俺はさっきまで、プレミタムタワーの最上階にいたはずだよな……。それにしても、この祭り……やっぱどこかで見たことがある。)
……チャキッ。
乾いた金属音。
反射的に振り向く。
「っ!?」
そこに立っていたのは――
「おいおい……」
小さな影。
あどけない顔をした幼い少年が、俺に向けて銃を構えていた。
その目だけが、妙に冷たい。
「……マジかよ。」
それは間違いなく――幼い頃の、俺自身だった。
「……。」
無言の幼い俺。
「嘘だろ、俺は幻覚なんて信じて――」
と呟いた瞬間、
パァン。
銃声が炸裂した。
祭りの空気を切り裂き、乾いた音が広場に響き渡る。




