「645メートル上空で」Ⅴ
でも、別に俺は負けていない。
「殺し屋として、相手を殺せれば後はどうでもいい。」
かすれ声でそう吐き捨てると、イーゴリは深くため息をついたような空気を発した。
表情は白い人型兵器の仮面の奥に隠れているはずなのに、明らかに“呆れ”だけが伝わってくる。
「はぁ……やれやれ、何を言っているのかわからないな。死を直面して気でも狂ったのか。」
「つまりな。」
俺は喉が潰れかけた声で続きを言う。
(呆れるのは今のうちだ……事実を言ってやる。)
「別に俺はお前を殺すのに、一人でやる必要は……ねぇ。」
「!」
その瞬間、部屋の空気が一気に揺れた。
風が切り裂かれたような鋭い音と同時に――
……ズブリッ!
青い閃光のような刃が、イーゴリの腹部を背面から貫いた。
「ッァ……あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁっ!!」
イーゴリは俺の首を放し、腹に手を添えて自分の指先についた血を見て絶叫した。
同時に、世里奈に向けられていた白い蔓もほどけ、元の腕へと戻っていく。
俺は自由になった喉を押さえながら、皮肉混じりに言い返した。
「ゴホッ……奇遇だなイーゴリ。俺もさっき、お前に腹に穴開けられたんだよ。」
(ほんとは1対1でぶっ殺してやりたかったけどよ……まあ、いいや。)
「遅れてすまない、進道。」
俺の横の影が揺れ、青い人型兵器がせり上がるように出現した。
(……ん、んんー。見た感じじゃあ……わかんねぇけど、この人型兵器から聞こえる声てきに、サルタナだよな?)
青い人型兵器の中から聞こえてくる声は、紛れもなくサルタナの声だ。
「遅えよ……イーゴリにボコられて体中痛ぇわ。つーかなんだよその格好?」
軽口のつもりで言うと、サルタナは淡々と答えた。
「ああ、これか。……なりゆきだ。」
「いやいや、“なりゆき”で人型兵器に変身とかないぜ!?」
「そう言われても……細かい説明は後だ。」
「うおっ!」
突然サルタナが右手で俺を突き飛ばし、左腕を顔の横まで上げた。
直後、金属のぶつかり合う甲高い音が響いた。
「下がってろ、進道。」
サルタナの左腕が受け止めていたのは、イーゴリの白い脚。
その威力は床をひび割れさせるほどだ。
「……足癖が悪いな、イーゴリ。姉さんを傷つけた責任、取ってもらうぞ。」
サルタナは低く、怒りを押し殺した声で言った。
「私に傷を? 赦さんぞ、犬がっ!!」
イーゴリが怒り狂った声を上げた瞬間、二人の姿がふっと掻き消えた。
次に見えた時には、天井付近で逆さまになりながら殴り合っている。
衝撃で天井の一部が砕け、粉塵が舞う。
(なんちゅう戦いしてんだよ……速すぎて見えねぇ……。)
「す、進くん!」
振り返ると、世里奈が血まみれの白衣の女――サルタナの姉を肩で支えながら立っていた。
「戦闘に巻き込まれたら危険だ。早くここから離れよう!」
ドォオォーン!!
天井が砕け落ち、巨大な瓦礫が俺と世里奈を隔てるように落下した。
「進くんっ!」
世里奈の声だけが届く。生きているようでホッとした。
「……悪ぃな世里奈。先に逃げててくれ。俺も後で追う。」
そう言った直後――
「ぐはっ!」
サルタナが俺の横に落下してきた。
ヘルムが割れ、中からサルタナの額に流れる血が見える。呼吸も荒い。
「ふん、博士の人型兵器を使って……この私に傷をつけるとは。」
白い翼を広げながら、イーゴリが舞い降りてきた。
「死んで詫びろ。」
その言葉に本能が警報を鳴らす。
俺は咄嗟にコルト・ガバメント.45を構え、引き金を引いた。
だが――白い翼が大きく羽ばたき、弾丸をはじいた。
「凡人、君には興味はもうない。」
その声に、脊髄が震えた。
思わず腕を頭の前に交差させ、頭をかばいながら身を低く沈める。
衝撃。
突き蹴りを受け流したが、脳が揺れ視界が歪む。
気づけば、俺はサルタナの隣に倒れていた。
「しっかりしろ進道!」
サルタナが俺を庇うように腕を掲げ、俺の頭上に降り下ろされたイーゴリの追撃の蹴りを腕で受け止めていた。
イーゴリはゆっくり首を傾け、吐き捨てるように言う。
「……やれやれ、こうも害虫を簡単に処分できないとは、君達はなぜそこまで私の苛立ちを呼ぶんだね?」




