「645メートル上空で」Ⅱ
ーSide・サルタナ
オレは階段を一段上がるたびに、足に鈍い痛みが走るのを感じていた。
息が荒い。胸がひゅうひゅうと軋み、肺の奥に刺すような痛みがある。だが、止まれない。足を引きずりながら、鉄階段を握った手すりごとギシギシ揺らし、上へ、さらに上へと進む。
右手には金属光沢のある青色の筒。左手には重く沈んだ黒色の筒。
どちらも、研究エリアで姉さん——オレにとって唯一無二の家族を探す途中で拾ったものだ。
青い筒は、博士が死んだあの部屋に戻ったときに見つけた。爆発の余波で主人を失った人型兵器が、自動的に“待機状態の筒”へと戻っていたのだろう。
黒焦げになった博士の死体のすぐ横に転がっていたその筒は、不気味なほど傷ひとつなく、鈍い青光を反射していた。狂人が作り上げた兵器だと思うと、手にした瞬間から嫌な汗がにじむ。
黒い筒は、博士の個室をかき回していたときに棚の奥から見つけた。
前回の遊園地で使用した試作品の人型兵器だ。嫌な予感はしたが、姉さんを探す手掛かりになるかもと思い、回収した。
手にした瞬間、冷たい金属が指先を締め付け、オレの心臓の鼓動がさらに早まる。
その後、研究エリアのどこを歩き回っても、姉さんの姿は見つけられなかった。
仕方なく五十階まで上り、廊下の端から端まで、部屋の一つひとつをしらみつぶしに探したが——姉さんは、いない。
(……Где?どこにいるんだ姉さん!)
心の中で叫ぶ。焦燥、苛立ち、恐怖。それらが胸の内で渦巻き、頭の中をかき乱す。
階段を踏みしめるたびに、姉さんの笑顔が脳裏によぎる。
階段を踏みしめるたびに、姉さんの笑顔が脳裏によぎり、同時に血に塗れた……もしかしての姉さんの姿が浮かび上がる。
そんなときだった。
階段の下から、怒声が響いた。
「いたぞっ!!」
背筋が凍る。反射的に振り返ると、イーゴリの部下たちが影のように次々と湧き出てきていた。
踊り場、通路の角、鉄格子の隙間——あり得ないほどの人数が、銃を構えてこっちを狙っている。
「……チッ、邪魔だ。」
舌打ちした瞬間、銃声が空気を裂いた。弾丸がオレの顔の横を掠め、頬に熱線のような痛みを走らせる。
続いて肩に衝撃。ジャケットの袖が裂け、血が滲み、赤い筋が冷たく光る。
「……クッ……!」
痛みに足がもつれ、視界の端が黒く染まる。体が、今にも崩れ落ちそうだ。
(……ここで、使うしかないのか?)
青い筒と黒い筒。どちらも博士の人型兵器。
使えば、この状況は切り抜けられる可能性が高い。だが——
博士が黒い筒、試作品を使った遊園地での実験は悲惨だった。
適合しない人間が武器を使った瞬間、思考を奪われ、肉体を乗っ取られ、暴走する。
意識を喰われ、肉体を侵され、最終的には人間としての形すら残らない。
(間違えればオレは……)
「う……っ!」
激痛。弾丸のひとつがオレの脇腹を貫通した。足元が揺れ、世界が歪む。
血の味が口の中に広がり、鉄の匂いと混ざって鼻をつく。呼吸を整えようとしても、胸の圧迫感が邪魔をして吸えない。
だが、血まみれになっても動かねばならない。止まれば、確実に死ぬ。
(……どっちにしろ、何もしなければ死ぬな。)
オレは血が滴る手で黒色の筒を床に置いた。
試作品である黒い人型兵器より、まだ改良された青い人型兵器の方がましだろう——そう判断したのだ。
青色の筒を両手で掴む。端と端を握り、冷たい金属の感触を確かめる。
心臓の鼓動が耳に届く。世界の音が一瞬で失われ、呼吸だけが耳の奥で響く。
逃げ場はない。なら、生き残るために賭けるしかない。
「……ハラショー。хорошо」
覚悟の息を吐き、オレは——
筒を割った。




