「タワー攻略戦(2)」Ⅳ
博士は青い人型兵器の内部で、体をぴったり覆う装甲に包まれたままうずくまっていた。
人型兵器の装甲は、内部の彼の体の動きをそのまま反映する。腕を少し動かすと装甲も微かに軋み、足を引きずれば外側にもその揺れが伝わる。視界は完全に潰れ、耳も鼓膜が破れて機能していないため、周囲の状況を把握できる手段はほとんどない。
「あああ……卑怯だぞ! 僕をぉ、僕をもとに戻せぇ!!」
内部からの声が、装甲を通して震えながら響く。手足をばたつかせながら出す博士の震えた声。
その声は、さっきまで蹴りつけてきた狂喜染みた声の持ち主のものとは思えないほど弱々しく、惨めだった。
俺は息を整え、床の冷たさを踏みしめながら静かに立ち上がった。
視界はまだ薄暗く、耳も爆音の余韻で感覚が鈍い。だが、手に握った黒い玉の感触は確かだ。拳を握るたび、血と汗が混ざった濡れた感触が指先に伝わり、逆に集中力を研ぎ澄ませる。
床の微細な振動、壁の硬さ、空気中に漂う金属と血の匂い……すべてを感じ取り、次の行動のタイミングを測る。
「……ハァ、卑怯で結構だ。俺は殺し屋だ。殺しに卑怯なことでもしないと生きていけない。」
と、耳が聞こえない博士に声をかけながらオレはゆっくり腰のポーチから黒い玉を取り出した。
五つ。
それぞれが手のひらの中でひんやりとした金属の感触を持ち、内部でわずかに液体が揺れる感覚がした。
粘着型爆弾。
触れたものに絡みつき、数秒後には小規模ながら確実な爆発を起こす。
小型だが、五つも密着させれば十分にこの人型兵器にダメージを与えられるだろう。
オレは腕を振る。
ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ——。
青い表面に黒い球体が吸い込まれるように密着した。
博士は気づいた。
その気づきは、理由の分からない悪寒として背骨の奥から湧き上がり、そして装甲越しの“何かが触れた”感触として現実へと変わった。
「か、体に何をつけたの!?」
恐怖に声を震わせ、自分の身体に手を伸ばして装甲を触る博士。
視覚も聴覚も奪われているため、外側で何が起きているのかはわからない。
わずかな振動と、密着した装甲が体にくっつく異物の感覚だけが、初めて現実として彼に届いた。
博士は必死に体をよじり、爆弾を振り払おうとした。
だが、その動きはむしろ悪循環だった。
人型兵器は搭乗者の動きを正確に反映するため、身をよじればよじるほど外殻も同じように動き、結果として爆弾との距離は縮まり、さらなる密着を招く。
博士の“逃げようとする動き”は、“逃れられない現実を固定する動き”へと変わっていた。
「いやだ……いやだッ! やめて、やめろ……何を……何をしたのぉ……!」
装甲の中で響く声は、悲鳴というより泣き叫びに近かった。
部屋の天井からは、先ほどの戦闘の衝撃で火花が散り続けている。
割れたパイプからは熱い蒸気が噴き出し、焼けた匂いと薬品の匂いが混じった重い空気が漂う。
俺の肺は痛む。肋骨も折れているのか、深く呼吸するたびに鈍い痛みが走った。
それでも歩く。
博士の声を背に受けながら、俺は冷静に動作を進める。
「じゃあな、ドークタル……地獄で会おう。」
振り返らない。
背中を向け、俺は一歩、また一歩と扉へ向かう。
床の破片が靴底に触れるたび、ジャリッと乾いた音が響き、その振動が痛む足に伝わる。
血で濡れた床は滑りやすく、足元はぐらつく。それでも止まらない。
今、この場で止まることが一番危険だと身体が知っている。
背後では博士が錯乱したように、もがき、叫んでいる。
聞こえないはずの耳で聞こうとするように、首を振る動きが外殻に伝わり、機体はぎこちなく揺れる。
その揺れが、爆弾を表面の装甲へさらに押しつける結果になっていることに、博士は気づいていない。
俺はもう、聞く必要のない声を背に廊下へ出た。
扉の縁を掴む手が震えているのは、疲労か恐怖か、もしくはその両方だ。
ドアが音を立てて閉まる直前、部屋の中の赤い非常灯が博士の青い機体を照らし、その影が歪んで壁に伸びた。
息を整え、痛む体を押さえつつ、一歩ずつ長い廊下を歩く。
そのとき――
轟音とともに爆発が起きた。
廊下の空気が一瞬で震え、爆風が背中を叩き、床が揺れる。




