「タワー攻略戦(1)」Ⅵ
(……ああ、わかってたさ。そんなこと。)
オレは自分にそう言い聞かせた。吐き気はまだ残っているが、意識は澄んでいく。
カツン、カツン――ヤツの足音が近づく。重く、そしてどこか楽しげだ。あえて姿を消さず、こちらに聞かせつけるように歩いてくる。だが、それこそが致命的な油断だ。
這いつくばったまま部屋の隅を見る。そこには無骨な金属製の小箱。表示こそないが、束になった配線が吸い込まれていく様子から、目的の“ブレーカー”であることは一目でわかる。
プレミアムタワー──名前の通り、この高級ビルは電気で動く巨大な生命体だ。急所を撃ち抜けば、すべての視界を奪える。
(もう逃げる必要はない。むしろ……ありがとうって言いたいくらいだ。)
追ってきてくれたおかげで、オレはここに辿り着けた。
脳の奥に残る鈍痛を押し込め、震えない指先に意識を集中させる。
ポケットから小銃を引き抜いた。
ヤツが警戒を解いた今が唯一の好機だ。
手の血が滑りそうなほど濡れているが、握り直した。
呼吸を整え、狙いを定める。
引き金の前の静寂が、妙に長い。遠くでヤツの声がくぐもって響いている。
だが、ここからは音の世界ではない。決着の瞬間だ。
深く息を吸い、銃口をブレーカーへ向けて、引き金を絞った。
鋭い衝撃とともに弾丸が金属を破り、蓋を突き抜け、内部の回路へと突き刺さる。
火花が爆ぜ、焦げた空気が鼻を刺した。
筐体の中で何かが弾け、金属とガラスが砕ける音が混じり合った。
次の瞬間――タワー全体の電気が落ちた。
完全な闇が、窓のないこの部屋を一瞬で支配した。
オレはうつ伏せの体勢からゆっくりと起き上がる。
体は痛むが、痛みを無視して立ち上がった。肩にズキッとした痛みが走り、肋のあたりにも鈍い響きが残っている。打撲の熱と擦り傷のひりつきがじわじわと主張してくる。だが、立ち止まる余裕などなかった。痛みに構っていたら、それこそ二度と立ち上がれなくなりそうだった。
手をついたコンクリートは氷のように冷たく、落ちた血が薄い膜になって広がる。
膝に触れるたび、骨の奥にまで冷えが染み込む。
(これが最後のチャンスだ。逃したら次はない。)
ゆっくりと息を整える。
闇の中、青い人型兵器が突っ立ったまま動かない。
暗闇への対応はできていない……読み通りだ。
オレは床の凹凸を探りながら、足音を殺して前へ進む。
肩や腕の痛みは酷いが、銃を握る手の冷たさは逆に集中を研ぎ澄ませた。
汗と血で指は滑りそうなのに、不思議と狙いがぶれない。
静かに背後へ回り込み、銃口を人型兵器の後頭部へ寄せる。
照準を合わせて呼吸を止める。
心臓の音だけが耳の奥で脈打った。
(終わりだ——なに!?)
青い機体が唐突に振り返った。
予備動作がまるでない。
滑らかで、完璧で、無駄のひとかけらもない動き。
つるりとした無機物の顔が真っ直ぐこちらを向き、目の窪みから冷たい光が滲む。
背筋が凍る。
「ふん♪」
その瞬間、腹部に重機で殴られたような衝撃。
また蹴られた。
肺の空気が一度に押し出され、声も出ない。
体はくの字に折れ、視界が跳ね上がる。
天井と床が高速でひっくり返り、腕も脚も勝手に暴れながら空気を切る。
風のうなりが遅れて耳に追いつき、痛覚が全身を刺すように広がる。
次の瞬間、背中に硬い衝撃。
壁に叩きつけられ、呼吸が止まった。
崩れ落ちそうになる体を壁に指を食い込ませて支え、歯を砕けそうなほど噛みしめる。
今日だけで三度目の吹き飛ばしだが、今のは格が違う。
体の芯まで揺さぶる、“壊れる音”がしそうなほどの衝撃だった。
視界の端が白く瞬き、鼻には血と鉄の強い匂いが残る。
呼吸は浅く乱れ、喉は金属の味で満たされる。
それでも立つ。立つしかない。
要するに――
オレはさっき、数十メートル吹き飛ばされて、壁に叩きつけられたわけだ。




