「進道 進」Ⅲ
ファミレスから二百メートルほど歩いたところにある、今はすっかり潰れてしまった酒屋には、人気がまるでなく、訪れる者は皆無だった。昼間ならまだしも、夜の時間帯に差し掛かると、外の街灯の光も弱く、薄暗い店の前に立つだけで不思議な寂しさが胸に染み込む。人気がないせいか、通りをかすめる車や遠くのネオン街の雑音すら、まるで壁がないかのように直に耳に届く。静寂と雑音の混ざり合う奇妙な空間が、今の俺の心境と重なる。
今の俺の心境は、虚無しかない。胸の奥で重くのしかかる感情が、言葉にすることすら許してくれない。しかし何故か、気分は少しずつ晴れてきている。心の奥底に仕舞われていたスイッチが、今まさに入ったのだ。やらなければならないことがある。いや、やるべきことが俺を動かしているのだ。
俺、進道 進は、殺しを求める殺し屋である。そんな自分の存在を改めて意識すると、体の奥底に微かな高揚が湧き上がる。心の奥にある冷たい炎が、いままさに燃え上がろうとしている。
俺は酒屋の合鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込んで回す。ガチャリと音を立てて扉が開くと、懐かしい、しかし時の流れに置き去りにされた空間が目に入った。酒屋の奥には、昔のバーの面影を残す机やカウンターがある。ガラスのコップが散乱し、ほこりが舞い、空気は重く淀んでいた。まるで西部劇をモデルにしたお化け屋敷のようだ。壁の剥がれかけた色合いが、独特の哀愁を漂わせている。夜の闇と古びた店内の空気が、俺の感覚を鋭敏にし、任務に向かう心を引き締めた。
カウンターの向こうにある酒棚を見上げ、俺は目的の物を探す。目に留まったのは、黒いケースだ。大きさはクラシックのヴィオラケースの二倍ほどある。ケースを手に取ろうと一歩踏み出した瞬間、反射的に腰に下げた愛用のコルト・ガバメント.45のグリップを握りしめようとした。しかしここで無駄な動きをする必要はない。やめた。
「そこに隠れてないで出てきてくれませんか?世里奈さん。」
声をかけると、酒棚の横に人影が動いた。暗がりの中から、冷静さを湛えた女性が現れる。世里奈だ。俺の雇い主であり、上司でもある。
「20秒遅刻だ。進道 進君。」
声のトーンは厳しく、しかしどこか余裕を感じさせる。遅刻の理由を言い訳する前に、俺は黙って頭を下げるしかなかった。
「君の遅刻ぐせには嫌気がさす。」
「言い過ぎです。しかもスマホの通話では世里さんと会うところは別の場所では?」
「黙れ。非モテ男のくせに。」
「だから言いすぎですって……ひどいなぁ。」
世里奈は美しい。年齢はスマホの通話で聞いた通りだが、20代後半から30代前半に見える。身長は178センチメートル。バストは控えめに見てもGカップ級以上。男の本能を直撃する、俗に言うナイスボディーを持つ。今、彼女はその身体をキャリアウーマン然としたスーツで包み、冷静な威圧感を漂わせている。漆黒の髪は腰まで届くストレート、黒曜石の瞳は鋭く光を反射し、柔らかそうな唇にはシャネルの紅色ルージュが塗られている。左腕にはワニ革のハンドバッグ。初めて彼女を目にしたとき、胸のボタンが外れかけるハプニングで鼻血を出しそうになったことを、思い出すだけでも微かに動悸が上がる。しかし決して本人の前では見せない。プロとしてのプライドがある。
服のわずかな膨らみで、世里奈がブレザーの内側に拳銃を隠していることも、俺にはわかる。愛用のベレッタだ。プロとしての嗅覚が、服のラインから察知させた。
「場所はここから二キロ先にある八階建てのビルの七階にある暴力団【龍音組】を潰せ。」
「了解。」
俺は黒いケースを持って俺は酒屋を出た。
そしてらケースを持ったまま開かずに目的地まで歩く。 ケースを開かないのは俺が頼んだ物しか入っていないからだ。




