「進道 進」Ⅱ
けたたましい声が、まるでスピーカーから直接脳に流し込まれるように頭全体に響き渡った。あまりの大音量に、思わず耳からスマホを離す。それでも声は逃げ場なく脳の奥まで染み込んでくる。
「俺の知り合いにアン〇二オさんはいなかったと思うんだが。」
そうぼやいた俺の言葉に、返ってきたのは聞き覚えのありすぎる女の声だった。
『あんた、実の母親に向かっていないとは何かね。』
……残念ながら、俺の母親だった。よりによって、こんなタイミングで。
「うるせぇな、今つかれてんだ。」
ため息混じりに吐き捨てると、母親の声がさらに勢いを増す。
『あんた……あれでしょ、またフラれたんでしょ。』
「……切るぞ。」
できたばかりの傷口に塩を二度三度と擦り付けてくるような言葉。俺のプライドは、さっき別れ話でズタズタにされたばかりだというのに。これ以上追い打ちをかけてどうする。
『でも今回はよくもった方じゃないの。今どきいい歳して、しかも無職の相手をしてくれるような子は、そうそういないよ。』
痛恨の一撃。母親は悪気なく言っているのかもしれないが、容赦がなさすぎる。ぐうの音も出ない。だから俺は、話題を強引に変えるしかなかった。
「咲は元気か?」
妹の名前を口にする。これは逃げじゃない。いや、逃げではないはずだ。ただ心優しい兄として、可愛い妹の近況を確認しておくべきだと思っただけだ。
『咲?元気だよ。あんた……まぁいいんだけどねぇ。』
母親の声にやれやれとした雰囲気が滲む。スマホ越しでも、その表情が目に浮かぶようだった。俺がまた余計なことを言ってくるのではないかと、半ば呆れ顔をしているのだろう。
「で、何の用だよ。」
とりあえず核心を突く。俺の生活を心配してかけてきたとは到底思えない。案の定、返ってきた答えは拍子抜けするものだった。
『えっ、いや。ひまだった……だぁ一。』
「……」
俺は無言のまま通話を切った。こんな夜中に“ひま”だから電話してくる母親。やはり俺の家族は普通ではない。スマホをポケットに突っ込み、ため息を深く吐く。
「さてと、今度こそこ洒落たバーにでも——」
そう独り言をつぶやいた瞬間、
ピピピピッピ!!!
三度目の着信が入った。胸ポケットの中でスマホが震える。さすがに俺も眉間を押さえる。
(あぁーもう……)
苛立ちが頂点に達し、番号を確認する余裕もなく通話ボタンを押す。スマホを耳に当てるや否や、怒鳴るように言い放った。
「しつけぇぞババァ!仕事はすぐ見つけるから心配すんなっていつも言って……」
『私はまだ30ですらないんだが……』
一瞬、心臓が止まるような感覚に襲われた。耳に届いたその声は、母親のものではなかった。凍りついたように固まる俺。頭の中で赤ランプが点滅する。
これは母親ですか?いいえ、上司です。
『ババァで悪いが進道君、仕事だ。』
「はぁー」
俺はスマホから顔を背け、上司に聞こえないように深くため息をつく。一体、俺の癒しは何処にあるのか……。心の奥で呟きながら、スマホに向き直る。
「すいません。大丈夫です。」
『装備はちゃんと予定の場所にある。手に入れてからファミレスの横にある店の裏に来い。』
「全てお見通しですか。」
苦笑しつつ、目だけ動かして周囲に怪しい人影がないか探す。しかし、上司らしき女性は見つからない。
『探しても無駄だ。君からは見えない所にいる。』
相変わらず考えを掴ませてくれない女だ。声だけでこちらの思考を翻弄してくる。
「顔ぐらい見せてくださいよ。」
『彼女にフラれた男に合うのは危ないからな。』
「……。」
その皮肉がとことん腹が立つ。




