「進道 進」Ⅰ
俺、進道 進はファミレスの窓側の壁際席に座り、打ちのめされたまま動くことができずにいた。大きなガラス越しには夜の街が広がり、行き交う車のヘッドライトがちらちらと視界を横切っていく。そんな光景が、俺の胸の空虚さを逆に照らし出しているようだった。テーブルの上には、まだ湯気を立てるステーキセットと飲みかけの水のグラスが置かれている。隣の席からは楽しげに笑い合うカップルの声が聞こえてきて、それが鋭く胸を突いた。俺だけが取り残され、違う世界にいるような気分だった。周囲の客たちは食事や会話に夢中で、俺のことなど気にも留めていないだろう。だが、自分の中では確かに世界が終わったかのような衝撃が走っていた。
傍から見ても、単なる男女の別れ話にしか見えないだろう。俺は、自分の魂の三分の一が握り潰されるような鈍い音を、耳ではなく心で確かに聞き取ったのだ。脳の奥底に直接響いてくるような不快な残響。まるで鶏の首を無理やり捻り、骨が軋んで折れるときの生々しい音を、誰かが脳髄に響かせているかのようだった。その苦痛から俺を解放してくれる者は、どこにもいない。
ジャケット姿のまま、机に突っ伏しそうになりながら、俺は必死に体を支えていた。危うく泣きそうになる自分を必死に押しとどめる。ここは人目のある場所。笑い声も食器の触れ合う音も聞こえてくる。そんな空間で、冷血男などと呼ばれた俺が涙を流してしまったら、それはもう致命的だ。プライドをかなぐり捨てることと同じだ。だからこそ、苦しくても耐えるしかなかった。
……そうだ。あんな女、俺と合うわけがない。そう自分に言い聞かせる。心の中では納得なんてできていなくても、口先だけでも言い訳を探さなければ立ち上がれない。強がるしかない。
見栄を張って頼んだステーキセット。普段なら、安いハンバーグランチで済ませるのに、今日は何故か気取ってしまった。そんな料理に手をつけることもなく、俺はゆっくりと椅子を引き、立ち上がった。視界の端に、店員が心配そうにこちらを見ているのが映ったが、気づかないふりをして出口へ向かう。ガラス戸を開けて外に出た瞬間、夜風が頬を撫でる。だが、その冷たささえ今の俺の胸の熱を冷ますことはできなかった。
大丈夫だ、こんなもんは慣れっこさ。これまでだって、似たような経験はいくつもしてきた。だから、ショックでふらつくなんてことはない。そうだ、ないはずなんだ。目の前がぼやけてくるなんてことも……ない。いや、そう思いたいだけだ。本当は膝が笑っている。心臓の鼓動は乱れて、呼吸さえ上手くできない。俺はただ、それを認めたくなかった。
(……いかん、本気で凹んできた。駄目だ、このままじゃ潰れる。よし、飲もう。朝まで飲もう。今の俺を癒せるのは、きらびやかな夜の街しかない。酒と喧騒とネオンの光に包まれれば、少しは紛れるだろう。)
必死に自分に言い聞かせ、足を前に出そうとしたその瞬間だった。
ピピピピッピ!!!
突然、スマホの着信音が鳴り響いた。夜の街の入口に差し掛かろうとしていた俺の耳を突き破るような電子音。心臓が一瞬跳ね上がる。
(誰だ、こんな時に……。)
舌打ちしながらスマホを取り出し、通話ボタンを押す。耳に当てた瞬間、妙に元気な声が飛び込んできた。
『元気ですか一!!』
……なんだそれは。俺は言葉を返す気力もなく、無言で通話を切った。指先が震えていた。胸の奥にたまった苛立ちが、行き場をなくして蠢いている。
(最近のいたずら電話はタチが悪)
ピピピピッピ!!!
間を置かずに、また同じ着信音が鳴り響く。ディスプレイには、先ほどと同じ番号が表示されている。電源を切ろうかと思ったが、指が止まる。いや、待て。本能的に、これはただのいたずらではない気がした。もしかすると……いや、だが……。
(ダメなのか?出ないと、ダメなのか?俺に出ろとでも言うのか……?)
そんな逡巡の末、再び通話ボタンを押した。すると、待ち構えていたかのように、今度は怒ったような声が飛んできた。
『ちょっと進、何で切るかねっ!!』




