「タワー攻略戦(1)」Ⅰ
ーSide・サルタナ
高さ六百四十五メートル。百階建てに加え、地下十階を擁するこの超高層タワー──『ヴィソコクラスナヤ・バシュニャ』ことプレミアムタワー。
その最上層は幹部クラスの居住区とされ、上層階のほとんどは指令センターや迎賓室で占められている。
そしてオレがいまいるのは、地上階層に設けられた研究エリア。
巨大なビルの内部構造は迷路のように複雑で、フロアをつなぐ通路は延々と続く銀色の洞窟だ。
イーゴリの言葉を思い出す。
三十階にいる幹部たち以外、この下層に多くの私兵を配置する余裕はないはず。
だが――油断は命取りだ。
この建物自体が要塞のようなもの。見えないところに罠がいくらでも潜んでいるだろう。
オレが向かうのは、一階の最奥にある「研究第七区画」。
そこに、姉が囚われている可能性が高い。
例の人型兵器がいるかもしれないが……構うものか。
姉を取り戻す、それだけが目的だ。
(……あの男も、オレが来ることを望んでいるはずだ。)
脳裏に、白衣を着た若い博士の姿が浮かんだ。
気味の悪い薄い笑みを浮かべ、いつも何かを隠しているような、道化のような眼差し。
床の照明が靴音に合わせて鈍く反射する。
空調の唸り、ガラス壁の向こうで規則的に点滅する端末の光。
走り抜けるたび、静まり返ったフロアの空気がわずかに揺らぐ。
そんな中で、通路の奥に微かな気配を感じ取った。
息を殺して、立ち止まる。
(……いる)
オレは腰からアサルトライフルを構え、レバーを引いた。
金属が噛み合う乾いた音が響く。
弾倉を確かめ、トリガーに指を添える。
心臓の鼓動が徐々に速くなっていく。
(姉さん、無事でいてくれ。オレが……サルタナが迎えに行く)
次の瞬間、オレは腰の手榴弾を外し、ピンを抜いた。
金属のピンが小さく鳴り、指先をすり抜ける。
手榴弾を軽く放ると、それは通路を転がって角を曲がり──炸裂した。
衝撃波が壁を打ち、炎と煙が一瞬で広がる。
もし誰かが待ち伏せていたなら、跡形もなく吹き飛んだはずだ。
立ち込める煙が通路全体を包み、白と黒の渦が視界を歪ませる。
オレは身を低くして前進した。
研究室の厚い防爆扉が視界に入る。
腰のホルダーから黒い球体を取り出し、表面を軽く叩いて活性化させる。
ベチャッ。
粘着爆弾が扉に貼り付き、わずか数秒後に爆発。
扉がひしゃげ、金属片が宙に舞う。
衝撃で照明が瞬く中、オレはすかさず突入した。
煙の向こうに、動く影が複数。
反射的に引き金を引く。
銃声が密閉空間に反響し、鼓膜を揺さぶる。
弾丸が壁をえぐり、人影が次々と崩れ落ちる。
床に赤い線が走り、ガラスの破片と血液が混ざり合う。
「うわあああああっ!」
絶叫が響く。
敵の一人が恐怖で引き金を乱射するが、照準は定まっていない。
弾丸が金属ラックを弾く音が連続し、火花が散った。
だがオレには一発も当たらない。
本能がすべての動きを先読みしていた。
(姉が見つかるまで、全て喰い尽くす)
胸の奥で野生が蠢く。
血の匂いが呼吸に混じり、身体の奥が熱を帯びていく。
その瞬間、背後から声がした。
「たいした暴れようだねぇ~♪」
「っ!?」
思考より先に身体が跳ねた。
反射的に床を蹴り、脇へ飛ぶ。
一瞬前までオレがいた場所に、何かが立っていた。
煙の中に、青い人影。
照明の反射で青い外装がかすかに光る。
細身のシルエット、金属質の輪郭、だが立ち姿は人そのもの。
機械でありながら、まるで感情を宿したかのような存在感。
「人型兵器か!?」
思わず声が漏れる。
それはわずかに首を傾げ、愉快そうに口角を上げた。
「よく戻ったねぇ……飼い犬に手を噛まれた気分だよ♪」
その声が途切れた瞬間、世界が歪んだ。
青い人影が消えたかと思うと、腹に激痛。
気付いたら三メートル宙に吹き飛ばされていた。




